京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

山形明・東京地裁判決(要旨・1997年2月4日・金谷暁裁判長)

【山形明被告に対する東京地裁判決の要旨】
(量刑の理由の要旨)
 本件は、オウム真理教教団の教祖麻原彰晃こと松本智津夫において、順次、教団の敵対者と判断した者三名を殺害することを企図し、同人の指示の下に教団幹部らと共謀の上、教団の武装化の一環として同教団で製造した極めて殺傷力の高い化学兵器であるVXという毒薬を使用して、一名を殺害し、二名に重傷を負わせたという事案(判示第一ないし第三)、教団に対する強制捜査の矛先を変えさせるため、教団幹部らと共謀の上、教団自身が経営する店舗に火炎瓶を投げて発火炎上させたという事案(判示第四)および被告人単独で、国外に逃亡するに際して不正の手段により旅券の交付を受け、出帰国の際にそれぞれこれを行使したという事案(判示第五ないし第七)である。
 判示第一ないし第三の犯行は、VXの製造から殺害の実行に至るまで、教団幹部を含む多くの教団信者を動員して、周到な準備をした上、短期間のうちに連続して敢行された極めて計画的・組織的な犯行であるところ、これらの犯行は、教団にとって邪魔な存在と判断した者を暗殺という方法によって排除しようとしたもので、その動機は余りにも短絡的で反社会性が顕著であって、全く酌量の余地はなく、その犯行の態様も、VXという極めて殺傷力が高く、皮膚に付けば微量でも死に至る危険があり、かつ、その存在がほとんど知られていないことから犯行が発覚しにくいものを凶器として用い、ジョギングを装って被害者に接近し、背後から気づかれないうちに注射器に入ったVXをかけて皮膚に付着させるというもので、極めて巧妙、悪質であり、現に、判示第一および第二の各犯行は、被害発生当時、いずれも原因不明の疾病によるものとして処理されていたところである。そして、その結果たるや、一名は無惨にもその生命を奪われ、かろうじて一命を取り留めた他の二名の被害者についても、いずれも、一時は生命が危ぶまれ、その後も長期間の入通院を余儀なくされる重い傷害を負わされたもので、誠に重大というほかない。各被害者らに全く落ち度はなく、警察のスパイであるとの誤解に基づいて、二十八歳の若さで何のいわれもなく突如貴重な生命を奪われた●●の無念さは想像に難くなく、同人の遺族が極刑を望む旨証言するのも無理からぬところである。また、他の二名の被害者が厳重処罰を望んでいるのも、もとより当然である。さらに、教団においてVXなる化学兵器が製造され、本件の各被害者らが、教団に敵対するとみなされただけで次々と暗殺の対象とされたことに社会の受けた衝撃、不安も深刻である。
 被告人は、これらの犯行に際し、被害者にVXをかける実行役を担当し、いずれの犯行においてもVXを被害者の皮膚に付着させることに成功しているのであって、重要かつ不可欠な役割を果たしており、教団幹部の指示によるものとはいえ、暗殺の実行者としての自己の役割を十分認識した上、繰り返し右各犯行に及んだ被告人の責任は誠に重大である。
 また、判示第四の犯行は、当時予想されていた教団に対する強制捜査の矛先を変えさせる目的でなされたもので、その動機に酌量の余地はなく、計画的で、組織的な、かつ反社会性の強い犯行であり、判示第五ないし第七の犯行は、被告人において主として捜査機関からの逃亡を図ったもので、その動機において酌量の余地は乏しく、弟になりすまして旅券を入手するなど、その態様も巧妙である。
 以上の諸点にかんがみると、被告人の刑事責任は重大である。
 しかし、他方、判示第一ないし第三の犯行については、被告人は、教祖である松本の意を体した教団幹部から指示されるまま実行担当者として各犯行に関与したもので、各犯行の決定および殺害方法の立案には全く関与しておらず、その地位は従属的なものであり、判示第一の犯行は未必的殺意にとどまる上、右犯行のいずれについても自首が成立し、被告人の供述が右各犯行の解明につながったところも少なくないと推測される。また、被告人において、教団から二回脱走を企てたにもかかわらず結局は連れ戻されたり、教団から抜けようとした者に対して制裁を加えているという話を見聞きしたりしたことが、教団幹部の指示に従うという選択をしたことに一定の影響を与えたであろうことも否定できない。判示第四の犯行についても、被告人は教団幹部から指示されていわゆる見張り役として関与したもので、従属的な立場にあった上、右犯行についても自首が成立すると認められ、判示第五、第六の犯行については、教団から逃れるという目的もあったこと、判示第七の犯行については、自首するつもりで帰国したことが認められる。さらに、以上のほか、被告人は、捜査段階から自己の責任を認めて捜査に協力し、既に教団も脱会するなど反省の念が認められること、前科前歴がないことなどの被告人に有利に斟酌すべき事情も認められる。
 そこで、当裁判所は、以上の諸般の情状を総合考慮すると、判示第二の罪については無期懲役刑の選択はやむを得ないものの、右罪について自首による刑の減軽をした上、主文掲記の刑を量定するのが相当であると思料した。

 

 

底本:『オウム法廷4』(1999年、降幡賢一朝日新聞社