京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

山形明・東京高裁判決(要旨・1997年12月17日・佐藤文哉裁判長)

【山形明被告に対する東京高裁判決の要旨】
(検察官および弁護人の論旨)
 検察官の論旨は、被告人を無期懲役刑に処さなかった原判決の量刑は軽過ぎ、弁護人の論旨は、被告人を懲役十七年に処した原判決の量刑は重過ぎるというのである。
(論旨に対する判断)
(1)前記(一 VX三事件=省略)の殺人および同未遂の各犯行は、VXという一般には知られていない猛毒の化学兵器を用い、一般市民を次々と暗殺の対象とした前代未聞の凶悪かつ重大な事犯であり、教祖である松本智津夫が、教団に敵対すると判断した被害者らを、教団武装化の一環として製造したVXを使って殺害することを企て、その担当者として、とくに信頼し得る教団幹部の井上嘉浩、新実智光遠藤誠一中川智正のほか、被告人を自ら選定し、井上の部下をも加えることを指示して敢行させたものである。松本が被告人を実行役に選んだのは、元自衛隊員で、自らの警護をさせていた被告人の能力や経験を買ってのことであった。犯行にあたっては、役割分担に従い、用意周到に準備を重ねた上、万全といえる態勢で臨んでいる。各犯行の計画性、組織性は明らかであり、被告人は、そのような犯行であることを知りながら共犯関係に加わり、三回とも実行行為者として、被害者の頸部を狙ってVX溶液をかけ、いずれも成功している。
 被告人の犯行の動機は、襲撃の指示を教団の絶対的な存在である松本からの命令と受け止め、これに従ったことにあるが、教祖を絶対的な存在と認めるような組織に自らの意思で身を置き、相応の評価と地位を与えられて積極的に活動していた以上、松本らの指示に従ったという点を被告人に有利に斟酌することはできない。しかも被告人は、最後の殺人未遂事件については、襲撃の対象が被害者の会の会長親子であることを知らされていたが、殺人事件については、公安のスパイであると知らされただけであり、最初の殺人未遂事件については、被害者が教団の秘密を握っている人物であると知らされただけであるのに、それ以上の理由を知ろうともせず、指示されるままに被害者を直ちに抹殺しようとした思考も危険で反社会的である。被告人は、いずれの犯行においても一時躊躇を覚えたという事実がうかがえるが、結局、自らを納得させて積極的に松本らの意図を実現させているのであって、犯行の動機に酌量の余地はない。
 犯行の結果も、極めて重大である。死亡した被害者は、当時二十八歳の独身男性であり、会社員として勤務し、健全な社会生活を営んでいた。何らの落ち度もなく、公安のスパイであると誤信された挙げ句、被告人らの凶行により、突如として命を奪われたもので、その無念の情は察するに余りある。傷害を負った被害者二名は、いずれも重篤な中毒症状に陥り、生命の危険にさらされた。殺害された被害者の両親は、被害者の不憫を思い、入院後も意識も戻らず、脳死状態に陥って死亡するに至るのを見守ることしかできなかったことの悔しさや歯がゆさに苛まれ、その後も気持ちの癒えることがなく、他の親族とともに、被告人に対し極刑を望んでいる。また、他の被害者の一人も、被告人に対し厳しい処罰感情を有しており、もう一人は、松本にマインド・コントロールされていた実行犯には、いわば被害者的な面もあるので憎まないとしながらも、被害にあったこと自体に関しては憤り、強い処罰感情を示している。一般社会に与えた衝撃、恐怖心も、計り知れない。
(二 火炎瓶事件、三 旅券法違反=省略)
 他方、被告人が自首し、本件各犯行の真相解明に大きく寄与したこと、被告人が、殺人および殺人未遂の犯行の決定および殺害方法の選定には関与しておらず、上層部の指示に従ったものであること、最初の殺人未遂事件における被告人の犯意が未必的殺意にとどまること、被告人が本件各犯行を真摯に反省していること、これまで前科もなく、教団に入信しなければ本件のような事件を起こす犯罪性がうかがわれないこと、教団を脱会し、今後被害者遺族に慰謝の措置を講じていきたいとの意思を持っていることなど被告人のために酌むべき事情も存在している。
(2)そこで、これらの事情を総合して考察すると、本件は、(一 VX三事件)の犯行のうち殺人事件の罪については無期懲役刑を選択すべきであり、自首の事実がなければ、この罪につき被告人を無期懲役に処し、他の刑は科さないものとすべき事案である。しかし、本件において、被告人が殺人、同未遂事件につき自首したことは、これらの事件の真相解明に大きく寄与し、その動機に責任を取ろうとした面もあることからすると、殺人事件で選択した無期懲役刑については自首減軽をするのが相当であり、被告人を無期懲役に処すべきでないが、その余のすべての罪とともに併合罪の加重をした処断刑期の範囲において、その最高限である懲役二十年を下回る刑に処するのは軽きに失するといわなければならない。原判決が無期懲役刑を選択し自首減軽をしたのは相当であるが、被告人を懲役十七年に処した点において、原判決は破棄を免れない。検察官の論旨は、右の限度において理由があるが、弁護人の論旨は理由がない。

 

 

 

底本:『オウム法廷4』(1999年、降幡賢一朝日新聞社