京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

石井久子・東京地裁判決(要旨・1999年3月16日・植村立郎裁判長)

石井久子被告に対する判決要旨】
〔犯罪事実〕(略)
(事実認定の補足説明)
第一 犯罪事実第一 (証憑湮滅被告事件)について(略)
第二 犯罪事実第二(死体損壊被告事件)について(略)
第三 犯罪事実第三および第四(各犯人隠避被告事件)について
一~五(略)
六 被告人の弁解等
1 被告人は、松本智津夫の男尊女卑の思想などのため、犯罪事実第一の関係での勾留後に保釈されてからは教団の重要なワークから次第に外されていた上、松本の子どもを二度出産し、以後子育てに専念することになって第一サティアンに隔離される生活となってからは、教団の機密事項に関する情報に接する機会がなくなったこと、大蔵大臣といっても名目的なものであって、教団の活動の実態を把握出来なかったことなどからして、教団の違法活動を知り得なかったとし、各犯人隠避事件の故意に欠けていた旨弁解する。
 被告人が出産前に比べて育児に時間をとられることが多くなったであろうことは肯定出来るが、被告人の生活を手伝う複数のスタッフも配置されており、また、一九九五年三月の教団施設に対する強制捜査は、教団にとってはその存亡にもかかわる重大な局面であって、そのような時期に松本が複数の逃走者への高額な逃走資金の交付を被告人に行わせていること自体、被告人がその時点でも教団内で重要な役割を果たしていたことを有力に窺わせているのであって、育児や教団の在り方等に関する被告人の弁解部分は被告人に前記故意がなかったことを直ちに裏付けるものではない。
 そして、被告人は、教団内で前記の地位・立場にあり、犯人隠避に関する前記認定と齟齬しない供述もしていながら、遠藤誠一らに交付した高額な現金の使途について合理的な説明をせず、使途は全く認識していなかった旨述べるだけであるから、被告人の前記弁解とは異なる内容の関係証拠に照らしても、教団の違法活動を知り得ず、犯人隠避の故意に欠けていたとの右弁解は到底信用出来ない。
2 弁護人は、被告人がいわゆるマインド・コントロールによる思考停止状態にあったことも前記故意を欠く要素の一つとして主張する。
 教団では松本の影響力が強く、被告人も長年その影響を受けてきたことは肯定出来るが、被告人の弁解を前提としても、被告人は、九五年四月ころに佐々木香世子からサリンプラントの話をされたときに嘘とは思えなかったことなど同年三月の強制捜査後の比較的早い段階で教団の違法活動について疑いを抱き始めたほか、右強制捜査以前から興味を持った社会的事件についての新聞等を購入するなど弁護人が主張するほど外部からの情報を遮断されていなかったのである。しかも、被告人は、教団の草創期からの信者であって、教団の変貌の過程や実情を十分に知り得る中枢的地位にあったから、被告人がいわゆるマインド・コントロールによる思考停止状態になかったことは明らかであって、弁護人の前記主張は失当である。(以下略)
(量刑事情)
 一 本件は、証憑湮滅(第一の事実)、死体損壊(第二の事実)および二件の犯人隠避(第三および第四の事実)の事案である。
二 まず、証憑湮滅の犯行についてみると、証憑湮滅の対象となった犯罪は、教団施設用地取得のために教団所属の青山吉伸らが敢行した国土法違反等であるが、国土法違反事件自体、取得対象用地面積の広大さや取得価格の高額さ等からして同法の目的を損なうおそれが大きいなど悪質な事案であったのに、松本ら教団関係者は、熊本県の再三の指導説得を無視して隠蔽工作を行い、熊本県から告発を受けた同県警が強制捜査に着手して青山を逮捕した後も、青山らの刑事責任を免れさせるため、右土地取得が負担付贈与に基づくものであるといった虚偽の事実を主張し、これに沿った証拠も偽造するなど教団全体で徹底して争う態度を見せていたから、その一環として敢行された被告人の証憑湮滅行為も、組織的、計画的な犯行と言える。しかも、熊本地裁の公判で教団側が○○(土地の所有者、匿名にした=筆者注)に三千五百万円を融資した日付を約一カ月遡らせて前記主張内容を多少変更させるまでは、本件仮払金申請書が教団側の主張を支える有力な証拠として利用されたから、現に刑事司法作用を害しており、また、害するおそれも大きかったと言える。
 そして、被告人は、教団の経理担当者として事情を了解した上で、教団の危機的状況を適法な方法で打開するのではなく、本件証憑である仮払金申請書に押印するなど証憑の偽造に関与し、教団主張の前記虚偽の事実に沿う形で、右仮払金申請書の作成状況を説明して、これを捜査担当検事に提出したから、教団挙げての偽造工作に積極的に関与して重要な役割を果たしたものといえ、犯行態様は大胆、悪質であって、動機に酌むべき点はない。
三 次に、死体損壊の犯行についてみると、命じられて「逆さ吊り」という危険な形態の修行をしていた教団信者がその修行中に死亡したことが外部に知れると、坂本弁護士一家殺害事件等との関係で教団に対する社会の関心が高まっていた折であっただけに、非常に望ましくないとの判断の下に、右死亡事実を隠蔽しようとして、教祖の松本や村井秀夫等教団幹部らが共謀して、死体の尊厳を全く無視して、秘密畏に敢行したものであって、動機に酌むべき点は全くない。
 犯行態様は、複数人で、あらかじめ用意した精巧な本件焼却装置を用いて右信者の死体を焼き尽くし、残った遺骨も薬品で溶かして捨てるなど死体を跡形もなく徹底的に処分しており、組織的、計画的、巧妙、大胆、徹底的な手口によるものであって、非常に悪質である。
 突然死亡した前記信者の意向を無視してなされたものであって、右信者の無念さはもとより、死亡自体も長期間隠されていた上、前記のような形で遺体も処分されてしまった遺族の憤り、悲しみが大きく、被害感情が厳しいのも当然である。
 被告人は、死体損壊工作自体に加わっていないとはいえ、右信者の異常をいち早く知った教団幹部として、松本へ連絡する傍ら死亡事実の秘匿工作等を行っていて、重要な役割を果たしたと言える。
四 犯人隠避の各犯行についてみると、被隠避者は、LSD、覚醒剤等の薬物生成のほか、組織的に敢行された未曾有の凶悪事犯である地下鉄サリン事件等に関与した遠藤ら教団関係者であって、右の者らの罪状自体極めて悪質であるところ、被告人は、教団経理の最高責任者として、九五年三月二十一日の上九一色村等の教団施設に対する強制捜査の前後という教団の危機的時期に、遠藤らの要請に積極的に応じて、遠藤に対して現金三千万円を、広瀬健一および横山真人に対して現金五百万円と捜査官憲から発覚しにくい自動車をそれぞれ提供し、右提供を受けた遠藤らは、右強制捜査の際は地下鉄サリン事件等への関与の発覚を免れ、ホテル等の宿泊施設を転々とするなどして、同年四月初めあるいは同月中旬ころに上九一色村等の教団施設に戻るまで相当期間の逃走が可能となったのであって、犯行態様は悪質であり、被告人が果たした役割も大きく、動機に酌むべき点はない。
五 これら犯行全体を通してみると、被告人は、最古参の教団幹部の一人で、正大師という松本に次ぐ地位を占め、教団前身の団体のころから主として経理事務を任されるなど松本の信頼が厚く、教団内で大きな役割を果たしながら、松本の指示に異を唱えることなく、教団内の数々の違法行為を放置し、教団の利益のみを重視した身勝手な動機から本件各犯行に及んでいて、法規範軽視の態度が窺われる。
 しかも、第一の事実の関係で保釈中で厳に行動を慎むべき時期に、第二ないし第四の各犯行心及んだばかりか、捜査段階ではいずれの犯行についてもほとんど事実関係を供述せず、公判でも社会的責任を感じるなどとしながらも、各事件の実情等を述べるところは少ないのであって、後記の点を別にすれば十分な反省の情を示しているとは言えない。
 したがって、各犯行自体の罪質、手口、態様その他の前記犯情に加えて、被告人が果たした役割、動機、反省状況等も併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重い。
 なお、第一の犯行は、法定刑が最大でも懲役二年の事案でありながら、九〇年十一月の起訴以来八年余の審理を要したが、被告人らが前記のように徹底的に争っていたこともあって熊本地裁での審理に相当の期間を要していて、しかも、その間に被告人は、第二ないし第四の犯行を犯してこれらの事件の審理も新たに必要とさせたから、このような審理の経過には格別被告人のために斟酌すべき事情は見当たらない。
 また、前記のように、第二の死体損壊の犯行では、信者の死亡自体に関与した者に対する刑事訴追は行われていないが、関係証拠からはそのことに不審とすべき点は全く窺われないのであって、このことも、格別被告人のために斟酌すべき事情には当たらない。
六 他方、第一の犯行では、被告人が提出した仮払金申請書は、捜査官自身偽造の物と当初から考えていた上、教団側が熊本地裁で前記の通り主張内容を変更した後は教団側にとっても有力な証拠とは言えなくなっていたし、被告人は、公判で、青山らの敢行した国土法違反等の犯行自体は認めたこと、第二の犯行では、被告人は、教団信者の死因にかかわっていない上、死体損壊に関与することになったのも偶発的側面があって、その実行行為も担当していないこと、第三および第四の犯行では、被隠避者は容疑者として九五年三月の前記強制捜査の具体的な対象とはなっていなかったことが指摘出来る。
 また、前科前歴のない被告人が本件各犯行に及んだことには教祖の松本の影響が大きかったことは否定出来ないところ、被告人は、教団からの完全離脱を表明し、松本の教えも誤りであったとしてオウム真理教犯罪被害者支援基金に三十万円の贖罪寄附をし、教団に残っている信者の教団からの離脱を支援する旨述べるなど被告人なりの反省の情も述べていること、被告人の帰りを待つ幼い三人の子どもがいること等の事情も認められる。
七 そこで、これらの事情や関係者の処分状況との権衡等を総合考慮して、主文の実刑が相当であると判断した。

 

底本:『オウム法廷7』(2001年、降幡賢一朝日新聞社