京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

井上嘉浩証言・3つのVX襲撃事件(1994年12月2日~1995年1月4日)について(『オウム「教祖」法廷全記録』第5・6巻より)

■第132回公判

「VXかけてポアしろ」

(略)

「ホッホ、ヒュ、ホッホでやればいい」

(略)
証人「山形さんが間違って針を剌してしまったと聞いて、驚いた感じでした」
検察官「被告は何か言いましたか」
証人「『VXということがばれるか』と中川さんに言い、中川さんは『大きな病院だったらばれるんじゃないか』と答えました」
検察官「その後は」
証人「翌日、中川さんから『尊師の指示でHさんの様子をチェックすることになったので、来てくれないか』と話がありました」
 尋問は、オウム真理教被害者の会(現・家族の会)会長のNさん襲撃事件に移った。
(略)
検察官「被告が本当に指示したと思ったんですか」
証人「はい。新実さんが尊師の指示と言ったし、勝手にNさん殺害を計画するはずがないし、全く疑いもしませんでした」
(略)


■第133回公判

「指示のないのに勝手にはしない」

(略)

「偽善の集団だった」

(略)
検察官「Nさんが救急車で病院へ運ばれた結果を報告した時、松本被告は何と言ったのか」
証人「麻原は『そうか、かけたか、病院に行ったか』と言いました」
 井上被告はこの後、松本被告から「入院を電話で確かめろ」と指示され、盗聴を恐れてサティアンの外の公衆電話から病院に確認の電話を入れた状況を述べた。
検察官「入院を確認したことを報告した時、松本被告は何と言ったのか」
証人「『Nは後悔するだろう』と言った。そして『これでカルマ(業)落としになった。ポアできなくても成功だな』と言った」


■第137回公判

「武力で世界をひっくり返す」

(略)
 弁護人は、VX事件をはじめとする教団の武装化に、松本被告が1人で主導的な役割を果たしたのかをポイントに尋問を始めた。
(略)
証人「武装化の技術獲得のための実験です」
弁護人「本当にできるのかな。宇宙空間にガンダムを作るとか、およそ実現不可能な話じゃないですか」
証人「ガンダムの話は聞いていません」
弁護人「ビデオを使ってマインドコントロールで信徒を増やそうとしたのは」
証人「麻原の意図です」
弁護人「井上さんは捜査段階で、VX事件にかかわるようになったのは麻原さんのポアの指示に従わなかったからと供述していますが」
証人「従わなかったのではなく、しぶしぶ『ポアするしかないんですね』と言ったんです」
弁護人「麻原さんの指示に従わなかったことで、殺されそうになったことはあったの」
証人「罵倒されて、代わりに侵入事件をせざるをえなくなりました」
(略)

「指示受けた記憶ある」

(略)
弁護人「『Mは悪行を積んでいる』という話に記憶はありますか』
証人「一字一句までは覚えていないが、松本被告がそう言っていた」
(略)


■第138回公判

「言われたらすぐやるのが前提」

(略)
 井上被告は少しいら立ったように答えた。「中川(智正被告)の部屋で麻原の指示を伝え、注射器の扱い方を聞きました。(山梨県)上九(一色村)から今川(アジト)に戻る途中で注射器の扱い方を練習した記憶が明確にあります」
 さらに、井上被告は松本被告の指示の絶対性について口にした。
弁護人「実行する日はいつにするのかという話は出なかったのか」
証人「出るまでもなく、麻原から言われたら、すぐやるというのが、僕らの前提でした」
 証言通り、(略)
(略)
 結局、井上被告は実行しなかった。「振り向かれた気がした。今となっては気がしたとしか言えない」と説明した。
 弁護人は、マンションに戻って平田服役囚らにどう言い訳をしたか尋ねた。井上被告は気恥ずかしげに答えた。「タイミングが合わなかったと言ったのか、目が合ったと言ったのか、その辺をごまかしたのか、よく覚えてはいません。責められてはいません。その前に私が『もう少し待ってみます』と言いました」
(略)

「板挟みの気持ちに」

(略)
 弁護人は、実行役が井上被告から山形明服役囚に変更された経緯を尋ねる。
 井上被告は「私自身、Mさんに(VXガスを)かけられなかった心境として、自分はできないと思ってしまった。新実さんに相談して変わってもらった」と振り返り、「肩の荷が降りたが、(山形服役囚には)申し訳ないという板挟みの気持ちになった」と心情を吐露した。
 午後5時5分、閉廷。


■第142回公判

「生命の危険な状態」

(略)

「人を殺しまくれ」

 (略)Mさんに対するVXガス事件について反対尋問が始まる。
弁護人「救急車で搬送されたMさんが健康体と分かった。そのことはどのように麻原さんに報告したか」
証人「上九(一色村)に行った時かと思います。『トキシンを注射してポアすればいいんじゃないか』と麻原は僕に言った。やれという指示ではなく、できないか、という感じ」
弁護人「『神々の世界に行くためには、人を殺しまくるしかない』と麻原さんが言ったということですが」
証人「マハーバーラタというインドの叙事詩の宗教的な考えに基づいていると思った。(略)」
弁護人「どう受け止めましたか」
 井上被告はしばらく沈黙した後、「今となっては記憶が……。びっくりした。そこまでやらなければならないのかと。一方で、仏典では逆の話もある。えー、何でという思いも」と答えた。
弁護人「とてもついていけないとは思わなかったか」
証人「それは以前から。(略)」
(略)
弁護人「修行であり犯罪とは?」
証人「当時、僕自身が真剣に修行を目指していた。この社会を変えないと、と思っていた。麻原に尽くそうと努力していた。宗教的な活動だけなら、こうはならなかった。現世の法の枠を越えるものとなった」
弁護人「現世の社会においては犯罪ということですね」
証人「そうです。(当時は)善悪を超えた善なんだと思っていた」
(略)


■第143回公判

新実被告が「明日やるから」

(略)
 1時42分、Hさん事件で見張り役だったとされる井上被告が入廷し、証言台に立った。
弁護人「平成6(1994)年12月11日午後3時ごろ、新実(智光被告)らとホテルで計画について話したというが、新実は『すぐ寝た』と言っている。話はしたのか」
証人「間違いない。新実さんは『おれは明日やるから』と言って寝た」
(略)
弁護人「中川(智正被告)さんが『延期したらどうか』と言ったのでは」
証人「(Hさんの)顔が確認できていなかったので。私も不安がありました」
(略)
弁護人「最終的に決まった経緯は」
証人「新実さんが決めた。注射器しかできないと。麻原の指示は『ポアしろ』でしたが、Mさんで失敗した時も麻原は特に怒りませんでしたから、現場としてほとりあえず(VXを)かければいい、と思いました」
(略)

Hさん死亡に「真っ暗」

(略)
弁護人「レンタカーで大阪府の淀川(河川)敷に行きましたね。中川は予備のVXの注射器(の中身)を地面に注入した」
証人「『おい、おい(いいのか)』と言ったら、中川は『大丈夫だよ』とやけになっていた。注射器は火の中に入れました」
弁護人「上九一色村で中川と2人で麻原に報告しましたね」
証人「第2サティアンの部屋のドアの近くで数分、立ち話した。麻原は、針を刺したことに驚いて『どうなると思う』と聞いた。中川は『大きな病院なら(何者かが刺したと)分かるんじゃないか』と答えた」
弁護人「(襲撃したことへの)麻原の評価がないけど、そんなものですか」
証人「そんなものですよ」
(略)
 弁護人の質問は、井上被告が新実被告からNさん襲撃の指示を受ける場面に移った。
証人「新実と車の中で2人きりで話した。尊師の指示でNさんにVXをかけろ、との内容でした」
弁護人「心境は」
証人「(オウム真理教被害者の会会長の)Nさんを狙うことに驚いた。オウムの犯行だとばれやすい。(略)」
(略)


■第144回公判

「僕たちは捨て駒のようなもの」

(略)
弁護人「Nさん襲撃の動機は、被害者の会の(教団に対する)敵対行動が動機とみていいか」
証人「それもあるが、直接の動機は幹部の信者が(被害者の会に)連れ出されたこと。新実が『もう許せない』と言っていた。反オウムの人を襲撃すると犯行がばれやすいが、麻原が相当怒っているんだと思った」
(略)
弁護人「(94年)12月30日、Nさん襲撃について新実と話し合った時、新実は『今回は(医師の)中川(智正被告)は連れていかない』と言いいましたね。不信感を持ったか」
証人「はい。新実自身も不安を感じていたようでした。でも麻原の指示ですから。不満は言えない」
(略)

「みじめで、切なく、悲しい」

(略)
弁護人「(95年)1月1日の朝、(山梨県上九一色村サティアン付近からサリンの副生成物が検出されたと報じる)読売新聞の朝刊を読んでどう思った」
証人「びっくりした。ここまで来たのかと。すぐに麻原に知らせないと、と思った」
(略)
弁護人「麻原さんに直接会いに行った」
証人「直後に出かけ、(上九一色村の)第2ティアンで麻原と会った。麻原は村井(秀夫元幹部=故人)さんを呼んで、新聞を読み上げさせた」
弁護人「麻原さんはどんな反応をした」
証人「驚いていた。それから村井さんと遠藤(誠一被告)さんに何か指示したが、専門用語でよく分からなかった。ただ、よく覚えているのは『今回は荷物を出さない』と言ったこと。そのころ、強制捜査に備えて荷物を(サティアンから)出していた」
弁護人「荷物とは」
証人「強制捜査で押収されたらまずい物、と思っていた」
弁護人「教団とサリンの関係が疑われると思った」
証人「当然思いました」
(略)


底本:『オウム「教祖」法廷全記録』(2000年、毎日新聞社会部、現代書館)第5巻
『オウム「教祖」法廷全記録』(2001年、毎日新聞社会部、現代書館)第6巻