京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

富永昌宏・東京地裁判決(要旨・1999年7月22日・中山隆夫裁判長)

【富永昌宏被告に対する判決の要旨】
〔量刑の理由〕
 一 被告人の判示第一の犯行は、オウム真理教の信者であった被告人が、教祖である松本智津夫や他の信者らと共謀の上、サリンを使って滝本(太郎)弁護士を殺害しようとしたが、同弁護士に軽度のサリン中毒症を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった事案(いわゆる滝本弁護士殺人未遂事件)、判示第二および第三の各犯行は、地下鉄サリン事件以降、教団に対する捜査網が狭まり、松本の逮捕が現実味を帯びてくる中で、教団に対する強制捜査の矛先を逸らし、松本が逮捕されるのを免れる目的で、他の信者らと共謀の上、多くの死傷者が出ることを認識しながら、新宿駅地下の公衆便所に時限式青酸ガス発生装置を仕掛けたが、発火後間もなく消火されるなどして青酸ガスが発生しなかったため、その目的を遂げず(いわゆる新宿青酸ガス事件)、さらに、その直後に同様の目的で、他の信者らと共謀の上、当時の東京都知事を殺害して治安を妨害しようと企て、書籍爆弾を製造し、同知事あてに郵送して、開披した知事室知事秘書担当参事に重傷を負わせたが、殺害するには至らなかった(いわゆる東京都庁爆弾事件)事案である。
 二 本件各犯行は、個人の犯罪という枠組みを超えて、オウム真理教団による組織的な犯罪であるという特殊性があるので、被告人の各犯行に対する関与の程度あるいはそれに対する評価といった個別的情状は措いて、まず、各犯行全般についての情状を見ることとする。
 1 判示第一の滝本弁護士殺人未遂事件は、「オウム真理教被害者対策弁護団」に所属して、教団を相手方とする民事訴訟代理人を務めたり、カウンセリングによって信者らを脱会させようとして、元信徒であったオウム被害者の会会長の長男とともにカウンセリングを行うなどオウム教団から見て障害となる活動をしていた同弁護士に対し、教祖である松本が教団に敵対する者と位置づけて、その殺害を企て、青山(吉伸)、中川(智正)ら教団幹部らに指示し、これを受けた教団幹部および被告人らかその殺害を実行しようとしたもので、教団にとって目障りな人物がいればその生命を奪うことも許されるという松本を始めとする同教団の唯我独尊的な思考態度の現れである。松本は、ポアという宗教上の概念をもてあそび、自らに都合のよいように変容させた上、手前勝手な正当化の理屈を立て、あるいはヴァジラヤーナの教義の一部分のみを際立たせ、宗教上の救済を図るという名目の下に、本件を引き起こしたもので、誠に身勝手な発想に基づく独善的な犯行としなければならない。
 犯行の手段、態様は、同弁護士の車の運転席側フロントガラスとボンネットとの境目付近にサリンを滴下して、走行中の車内に気化したサリン流入させる方法で、運転中の同弁護士に吸引させて殺害しようとしたものである。サリンは、もともと化学兵器として開発された神経剤の一種であり、ごく少量で多数の大を殺傷する能力を持つ猛毒ガスであるが、本件サリンは多数の死傷者を出した松本サリン事件と同じときに製造されたものであって、その殺傷能力は非常に高く、目論見どおりに事が進めば、同弁護士は高速道路上でサリン中毒に見舞われ、その結果、交通事故を引き起こして、周りを高速で走行する無関係な車両を巻き込み、多数の死傷者を出すことが十分予想されたのであって、危険極まりない犯行である。
 また、犯行実行者である中川ら教団幹部は、犯行に先立ち、実行、送迎、医療担当等のきめ細やかな役割分担をした上、車の内外の空気の流れを調べる実験をしたり、変装用具や治療薬等を用意するなどし、直前には実行役の者にサリン滴下の予行演習をさせるなど、周到に準備を重ねたものであって、組織性、計画性が顕著である。
 被害者は、おそらくは当時の天候等によりサリンの気化が速かったことなどから、幸運にも軽微なサリン中毒症状を呈したにとどまり、特別の治療を経ることもなく、翌日には正常に復しているが、本件犯行が同弁護士の弁護士としての正当な活動を圧殺する目的で敢行されたことに照らすと、同弁護士が首謀者である松本を始めとして、被告人を含む実行行為者に対して厳正な処罰を望むと述べるのは当然のことであり、結果が軽微であったことをそれほどまでに酌量すべきものではない。
 2 判示第二の新宿青酸ガス事件および判示第三の東京都庁爆弾事件は、地下鉄サリン事件を引き起こしたにもかかわらず、教団施設が警察の捜索を受け、信者らが次々と逮捕され、教祖である松本の逮捕がますます現実化しつつある状況の中で、同人、その側近、あるいは教団幹部が、松本の逮捕を免れ、教団の存続を図ろうと狂奔し、社会の耳目を聳動するような事件を引き起こして警察の捜査の目をそちらに引きつけ、教団に対する捜査の矛先を逸らそうとして、連続的に敢行された犯行である。
 いずれの犯行も、松本の包括的な指示の下、更には、自らの逮捕を恐れる同人から急かされる中で、井上(嘉浩)を中心に被告人らにおいて、事件を具体的に計画し、実行されていったものであるが、その過程では、被害を受けるべき多数の人々のことは全く顧慮されず、もとより、その宗教的位置づけも出来ないまま、ただやみくもに、松本逮捕の回避と教団の存続を図ったものとしかいいようがないのであって、そこには、松本を始めとして本件各犯行を実行した被告人を含む井上ら共犯者に、宗教者としての尊厳は微塵も見受けられない。どのように弁解しようと、本件各犯行の実態は、教団として数々の違法行為を行った挙げ句、露見しかかって追い込まれた末の卑劣極まるテロ行為にほかならないというべきである。
 3 このうち、新宿青酸ガス事件は、青酸ガスの発生による無差別殺人を企図したものであり、ここにも松本や教団のためなら手段を選ばずという独善的な発想が現れている。
 同事件において、被告人らは、日光山中に埋めておいた薬品類を掘り起こすなどして原料を用意し、試行錯誤を繰り返しながら青酸ガス発生装置を製作して、二度にわたって実行に失敗しても諦めることなく、周到に役割分担をした上、相互に連携を取り合って犯行に及んだものであり、そこには強い計画性と犯行への異常な執念が看取される。
 また、犯行の手段、態様は、新宿駅地下にあるトイレのゴミ箱に、硫酸による腐食作用を利用した時限式青酸ガス発生装置を仕掛けるというものであり、右装置は、仕組みこそ単純であるが、正常に作動すれば、実験値によるものではあるが、数千人を殺傷することが出来るほど多量の青酸ガスを生じるものである。幸いにして、右装置が仕掛けられた後、何者かによって希硫酸が入ったビニール袋が装置から取り外されてゴミ箱の脇に置かれ、更にこれを発見した清掃作業員によって、装置が分解された状態のまま、トイレの入り口付近に並べて置かれ、やがて時限式発火装置が作動したものの、通行人から発見されて直ちに消火されるという幾つもの幸運が重なって事なきを得たのである。仮に、仕掛けられたままの状態で青酸ガスが発生していれば、副都心の新宿駅地下街のトイレにおいて、特に人出の多い祝日に敢行されたものであり、本件トイレ内の空気は隣接する地下コンコースや地下鉄のホーム上にも流出する可能性があったこと等に鑑みると、いわゆる地下鉄サリン事件をも超える死傷者を生じかねなかった誠に危険この上ない犯行というべきであって、社会に与えた不安感と恐怖心には計り知れないものがある。
 4 次に、東京都庁爆弾事件は、井上や被告人らのもとに、松本から、同人の逮捕が間近に迫っている旨のメッセージが伝えられたことを直接の契機として、前記のとおり、新宿青酸ガス事件と同一の目的の下に、その延長線上の行為として敢行されたものである。
 被告人を含め井上は、出来るだけ大きな騒ぎを引き起こすべく、当時世界都市博覧会中止等の政策で注目を浴びていた青島(幸男)都知事にあてて爆弾を送り付けようと考え、爆薬の中でも威力が大きいとされるRDXを製造し、これを書籍の内部をくり抜いて埋め込み、表紙を開けると爆発するような仕掛けを施した上、同知事と対立していた都議会議員からの郵便物を装って都知事公館に郵送したものであり、多数の者を巻き込んで殺傷するおそれのある非常に危険性の高い犯行といえる。
 その結果、都庁職員である被害者が、職務として、都知事公館から都庁に転送された郵便物の中身を改めるや否や、一瞬にして爆風に包まれ、辺りに肉片を飛び散らせて血だるまになり、左手のすべての指と右手の親指を失ったほか、全身にわたる挫創等悲惨な傷害を負わされるに至った。被害者は、激烈な痛みに耐えて二度にわたる手術を受けたが、現在もなお両手の痺れや違和感に悩まされ、日常生活や仕事の上で多大な不便を強いられているのであって、その肉体的苦痛はいうを俟たず、不自由な身で一生を送らなければならない精神的苦痛には想像を超えるものがある。もとより被害者には何ら落ち度がなく、職務として当然の作業を行ったばかりに、理不尽にもこのような凶行の犠牲となったのであって、公判廷において、痛々しい両手を示しつつ、「犯人がいかに悔いても、私の指は戻って来ません」と述べる姿には、被告人らに対する憤怒の情が峻烈に現れているというべきである。
 もとより、本件犯行の標的とされた青島都知事を始めとする都庁職員や社会全体に与えた不安と混乱にも甚だしいものがある。
 三 以上に見てきたように、本件各犯行は、サリン、青酸ガスおよび爆弾といった殺傷力の高い手段を用いるなど極めて凶悪な組織犯罪であり、これら犯行を犯すに至る経緯や動機には全く酌量の余地はない。そして、被告人は、次々とこれらに荷担し、実行してきたものであって、基本的にその責任は重いと言わなければならない。もっとも、以上の各事件についての全体的な責任は、滝本サリン事件をつぶさに指揮し、新宿青酸ガス事件および東京都庁爆弾事件でも包括的な指示を出していた教祖である松本や、中川、井上らの教団幹部が直接的には問われるべきもので、必ずしも、その全体的な評価のすべてを被告人に帰せしめるべきものでない点もある。そこで、引き続き、被告人に対する個別的情状について見ることとする。
 まず、滝本弁護士殺人未遂事件については、中川、遠藤(誠一)ら他の幹部とは異なり、突然東京から呼び出され、詳しい背景事情や具体的な犯行の手段、態様を十分には把握しないまま、無批判に諾々として犯行への荷担を承諾したものであり、いかに教団内部での価値観ないし価値基準が一般社会と異なっていたとは言え、その軽率さあるいは身勝手さは強く戒められるべきである。さらに、新宿青酸ガス事件および東京都庁爆弾事件については、当時の教団の置かれていた状況、すなわち、教団へのさらなる強制捜査と教祖松本の逮捕が現実化していることを十分認識しながら、積極的に謀議に参加するなど、関与を深めていったものと見ざるを得ないのであって、先の全体的情状についても、その多くについて、被告人は責任を負うべきである。
 さらに、各事件において被告人が果たした役割を見ると、滝本弁護士殺人未遂事件においては、犯行前に被害者の車の駐車位置を確認して実行役の者に知らせるとともに、医療行為を分担した共犯者らが中毒症状に陥った際には代わりに治療薬を注射する手筈になっていたのであり、被告人が他の共犯者らに与えた物理的、心理的影響は決して小さくない。新宿青酸ガス事件においては、清掃作業員によって青酸ガス発生装置が片づけられることのないように、事前に本件トイレの清掃が終わったことを確認した上、実行役の者が逃走に利用する路線バスの発車時刻等を調べて共犯者らに伝えるという、重要な役割を果たしたものであり、東京都庁爆弾事件においては、爆弾を入れた茶封筒の宛名書きをし、これを投函するなど、実行行為そのものを行ったのであって、果たした役割は誠に重大である。
 加えて、被告人は、新宿青酸ガス事件、東京都庁爆弾事件の各犯行当時、地下鉄サリン事件もオウム教団において実行されたものであることを認識していたのであって、その上で、なお、このような犯行に出たことは、違法行為を行うことについて、規範意識が全く麻痺していたと言わざるを得ず、その犯情はよくないというべきである。
 また、被告人の法廷における態度は、真摯に反省・悔悟する姿勢を基本的には見せるものではあるが、なお、弁解がましいと映る供述や他人事であるかのような供述をする傾向もまま見られたことは裁判所として残念なことであると言わざるを得ない。
 そして、これらの事情を併せ考えると、被告人の刑事責任はすこぶる重大であり、被告人に対しては、厳罰をもって臨む必要があるというべきである。
 四 しかし他方、いずれの犯行においても、幸いにして死亡者が出ていないこと、被告人は、首謀者あるいは中心的な立場で各犯行を計画、実行したものではなく、基本的には上層部の命令に従って行動したもので、従属的な立場にあったと認められること、証人として出廷した東京都庁爆弾事件の被害者が目の前にして、改めて自己の責任の非常な重さを痛感し、被害者に対して真摯な謝罪の念を示し、被害弁償に努める旨誓約していること、指名手配となっていることを知りながら、九五年十月八日に自ら警察に出頭していること、これまで前科前歴がなく、教団に出家するまでは医師として勤務していたこと、本来は純粋な宗教心から教団に入信し、出家したものであるが、それを松本や井上らから逆手に取られて利用された側面も否定出来ないこと、現在では松本の説く教義を誤りであると分析、総括した上、教団を脱会していること、母親を始めとする家族が出所後の被告人を温かく迎える気持ちでいること等、被告人のために斟酌すべき事情も存する。
 五 そこで、これらのほか、被告人の身上、経歴等本件に現れた一切の事情を総合勘案し、主文のとおり量刑する。

底本:『オウム法廷11』(2003年、降幡賢一朝日新聞社