京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

端本悟・東京地裁判決(要旨・2000年7月25日・永井敏雄裁判長)

端本悟被告に対する判決の要旨】
〔量刑の理由〕
 一 本件の特質
 本件は、坂本弁護士一家殺害事件、松本サリン事件およびサリンプラント事件という三つの事件で構成されている。右各犯行は、いずれも松本が企図し、教団組織を利用して実行したものであり、被告人としては、松本および教団幹部から命ぜられるままに、教団における出家信者の仕事をこなしたものであって、そこに被告人固有の犯行動機は存在しない。そして、各犯行における被告人の立場は、松本や教団幹部に比べれば、従属的ないし追随的なものであったということが出来る。しかし、松本が企図した本件各犯行は、いずれも我が国犯罪史上に類をみない誠に凶悪な事案であった。もとより、被告人は、本件各犯行について当初からその全貌を知らされていたわけではなかったが、各犯行について企図の概要を認識した後も、共犯関係から離脱することなく、自らの意思で各犯行に加功したものである。その結果、坂本弁護士一家殺害事件では三名の人命が奪われ、松本サリン事件では七名の人命が奪われるとともに四名の人命が危機に瀕し、また、サリンプラント事件では、更に膨大な数の人命を一挙に奪う無差別大量殺戮計画が進行していたものである。これらの各犯行に加わった被告人の刑事責任は、はなはだ重いといわざるを得ない。
 二 坂本弁護士一家殺害事件の犯情
 1 事案の概要
 坂本弁護士一家殺害事件は、被告人が松本らと共謀の上、坂本弁護士とその家族を殺害しようと企て、深夜同弁護士の自宅において、六人掛かりで同弁護士とその妻および長男の合計三名を殺害したという事案である。
 2 犯行の計画性
 被告人らは、あらかじめ謀議を遂げ、犯行時に着用する衣類を購入するなどしかるべき準備を整えた上で犯行に臨んでいる。当初の計画では、帰宅途中の坂本弁護士を襲って殺害することとされていたが、それが不可能と判明するや、たまたま同弁護士方の玄関口ドアが施錠されていなかったことを奇貨とし、同弁護士方の居室内で同弁護士をその家族もろとも皆殺しにすることに計画を変更し、大が寝静まる時間帯まで待機した上、これを決行している。このように、本件は、事前謀議に基づく計画的な犯行であって、被告人自身についても、計画的犯行に加担したとの評価を免れることは出来ない。
 3 犯行の態様
 犯行の態様は、深夜、密かに無施錠の玄関口から坂本弁護士方の内部に至り、寝入っている被害者らの様子を確かめた上、屈強な六名で突然襲い掛かり、異変に気付き必死に抵抗する同弁護士とその妻に対し、こもごも判示のような強烈かつ執拗な攻撃を加えて絶命させ、いたいけな長男に対しても、鼻口を塞ぐなどして絶命させたものである。死因とはなっていないが、坂本弁護士とその妻に対しては、塩化カリウムの注射行為も行われている。人がもっとも安堵出来るはずのその居宅における殺害状況は、誠に凄惨であり、稀にみる凶悪な犯行である。被告人は、坂本弁護士に対し、身体の上に馬乗りとなり、その顎部を目掛けて手拳で立て続けに六、七回強打し、都子に対しても、腹部を膝落としで強打し、更に岡崎が坂本弁護士の頸部を絞め付けている際、その足を押さえるなどしているのであって、実行行為において被告人が果たした役割は大きい。弁護人は、都子に対する膝落としは、被告人が同女に右手薬指を相当な力で噛まれたため、反射的にこれを振りほどこうとして行ったものである旨指摘するが、もともと被告人らが殺害目的で襲撃中に生じた出来事であってみれば、右のような点は、膝落としの攻撃を加えた契機として特段酌むべき性質の事情とは認められない。また、被告人は、龍彦については、都子の「子供だけは」という言葉は聞いたものの、その存在には気付かず、全く手を掛けていない旨を供述しており、弁護人も、この点を指摘しているところ、関係各証拠によっても、右のような被告人の供述を排斥すべきものとは認められない。しかし、坂本弁護士方に立ち入る時点において、被告人を含め共犯者らの間において、もし家族がいるのであれば同弁護士を家族もろとも殺害する旨の犯意が形成されていたことは、本件証拠上明らかであるから、この点は、情状として考慮し得るとしても、おのずから限界がある。
 4 犯行の動機
 本件犯行の動機は、坂本弁護士の活動が教団にとって邪魔であったため、これを亡き者にしようと図ったことにあった。坂本弁護士は、教団へ出家した信者の親から一九八九年五月ころ子供を脱会させたい旨の相談を受けたことを契機として、教団の問題点を看取し、機会あるごとに出家した未成年者が行方不明になっていることや教団の布施と称する寄付制度の不当性などを指摘するようになり、同年十月二十一日には同弁護士の尽力により、出家した信者の安否を気遣う親たちの集まりが被害者の会として組織化されるに至った。松本は、坂本弁護士を中心とする右のような反オウムの運動が、総選挙における立候補を含め、組織の飛躍的な拡大をめざす教団にとって脅威になるものと感じ、本件犯行を企図したものであった。坂本弁護士の活動は、弁護士がその職責として行っていた正当な法律事務の一環であり、これに対し、同弁護士とその家族を殺害して対抗するがごときは、言語道断というほかはない。被告人は、松本らが本件犯行を企図した経過について詳細を知る立場にはなかったものと認められるが、早川から「坂本弁護士をポアする」旨告げられ、同弁護士を殺害することを十分理解した上で、本件犯行に関与したものである。被告人が本件犯行に関与した背景には、教団のためであれば殺人も正当化され、かつそれが殺害される者のためでもあるなどと説く松本の特異な教えが存在しており、被告人が若干の疑念を感じながらも、結局これに同調したという事情があった。しかしながら、その教えは、所詮、宗教的色彩を仮装した身勝手の極みというべきものであり、一般社会において通用しないことは論をまたない。右のような教えに同調して本件犯行に及んだことをもって、動機面で酌むべきものがあるなどとは到底言えない。
 5 結果の重大性
 坂本弁護士は、教団の不正に対抗すべく弁護士として奔走し始めた矢先に、本件犯行により理不尽にも突然生命を奪われることとなった。都子および龍彦は、犯行計画の変更に伴って襲撃の対象になり、同弁護士とともに生命を絶たれることとなった。右三名に非業の死をもたらした本件犯行の結果は、余りにも重大である。遺族の被害感情が厳しいのは、当然である。
 6 犯行後の状況
 被告人らは、犯跡を隠蔽するため、本件犯行の直後に被害者三名の遺体を現場から運び出し、長野県内に龍彦の遺体を、新潟県内に坂本弁護士の遺体を、富山県内に都子の遺体を埋めている。このため、被害者三名の安否を含め、本件犯行の全貌は、その後長期間にわたって容易に解明されないこととなり、遺族および関係者に多大の心痛を生じさせた。被害者三名に対する死体遺棄の罪は起訴されていないから、これを実質上処罰の対象とすべきではないが、本件犯行の犯情としては無視出来ない。
 三 松本サリン事件の犯情
 1 事案の概要
 本件は、夜間、長野県松本市の住宅街において、密かにサリンを噴霧して付近住民の無差別大量殺戮を図り、その結果、サリン中毒により七名の住民を死亡させ、四名の住民に重篤な傷害を負わせたという事案である。
 2 犯行の計画性
 本件に際しては、あらかじめサリン噴霧車が特別に製作されたほか、防毒マスク、偽造ナンバープレート、サリン中毒の予防薬や治療薬、変装用の作業服等が準備されている。また、異なるメンバーによって事前に二回の下見が行われ、邪魔が入った場合に備えて武道に長けた者が警備役として動員されるなどしている。犯行の組織的な計画性が顕著に認められる。
 3 犯行の態様
 本件においては、化学兵器に使用されるサリンが住宅街の駐車場から大量に噴霧され、これが風に乗って付近一帯へと拡散している。当時その周辺にいた者は、誰でも毒ガスの脅威にさらされたと評し得るのであって、攻撃の無差別性が特徴的である。
 4 犯行の動機
 松本が都市部の人口密集地域でサリンの噴霧実験をしようと企てたのは、教団で生成したサリンの殺傷能力を知るためであった。人命軽視も甚だしく、更なる無差別大量殺戮への布石であった点においても、誠に悪質である。また、松本がその標的として長野地裁松本支部の裁判官らを選定したのは、教団に係る民事訴訟の経過等から同支部の裁判官らが教団に敵対しているものと考え、担当裁判官らを殺害して教団に不利な裁判を回避しようと図ったものであった。司法制度を根底から否定する悪質な謀略であるといわざるを得ない。
 5 結果の重大性
 本件犯行の結果は、重大である。死亡した○○○○○○○○(全員の実名を挙げているが省略する=筆者注)の七名は、平穏な日常生活の過程で突如本件被害に遭ったものであり、遺族の受けた衝撃は大きい。また、傷害を負った○○○○○○○○(同)の四名は、それぞれ長期間にわたる加療等を余儀なくされている。被害感情は厳しい。本件は、付近住民に多くの深刻な被害をもたらした事件であり、その真相を早期に解明することが困難であったことともあいまって、社会に大きな衝撃と不安を与えた。
 四 サリンプラント事件の犯情(略)
 五 被告人のために斟酌すべき事情
 被告人は、本件各犯行に従属的かつ追随的に参加したのであって、首謀者ないしこれに準ずるような立場にはなかった。松本らは、被告人が教団の教義を信じ、社会生活を捨てて出家と称する教団中心の生活に入っており、松本らの下で指示されるままに行動する状況にあったことを巧みに利用し、本件各犯行の実行行為者の一人に加えたものであった。被告人には、元来犯罪的な傾向はうかがわれないところであり、松本らから任務として指示されることさえなければ、本件各犯行のような凶悪な犯罪にかかわることはなかったものと考えられる。また、被告人は、現時点においては、本件各犯行について反省しているものと認められる。この点については、公判段階で被告人が松本サリン事件について殺意を否認していることや、被告人が証人として他の公判に出廷した際証言を拒絶した時期があることなどから、いまだ反省していないのではないかとの見方も存在する。しかしながら、事案にかんがみ、多数回にわたって公判期日を重ねつつ、十分に時間をかけて詳細に行われた被告人質問における供述を全体としてみれば、現在被告人が本件各犯行について反省している様子は、これを認めることが出来る。被告人は、九九年十二月十五日付の上申書において、オウム真理教の教義および本件各犯行に関する現在の心境を詳しく述べているが、そこにも被告人の痛切な反省・悔悟の気持ちが現れている。また、被告人は、公判審理を終えるに当たり、最終陳述の手続きにおいて、「麻原ではなくて、自分の感性を信じるべきであった」旨述懐し、後悔と自責の念を改めて述べている。被告人には、これまでに前科前歴はない。犯行時の年齢という観点からすれば、坂本弁護士一家殺害事件の際には、被告人はいまだ二十二歳の若さであった。さらに、被告人の両親および関係者が情状証人として公判に出廷し、被告人のために証言したほか、多くの友人知人らか被告人のために嘆願書を作成しているところである。
 六 被告人の刑事責任
 そこで、以上を前提として、被告人の刑事責任について検討する。 本件各犯行に関する被告人の刑事責任は、それぞれに重大であるが、被告人自身が実際に果たした客観的な役割および被告人の主観的な犯意の内容にかんがみると、被告人については、坂本弁護士一家殺害事件の刑事責任が特に重要である。それに加えて、被告人は、同事件を敢行した八九年十一月以降も、引き続き教団内に身を置いて過ごし、九四年六月には松本サリン事件を敢行し、同年七月ころからはサリンプラント事件に関与している。被告人は、松本らに指示されるまま、次々と善良な人々の殺害計画を行動に移していったのである。このように、坂本弁護士一家殺害事件の後も、被告人が自戒することなく、松本サリン事件およびサリンプラント事件という凶悪な犯行を重ねていった事実は、看過することが出来ない。被告人は、これらの犯行について良心の呵責を感じて葛藤することもあったと言う。しかし、結局のところ、すべては魂の救済のためであるなどと説く松本の身勝手な教えを繰り返し、自分に言い聞かせ、自然に湧き起こる疑念を封じ込めて、被告人は、殺人を犯しても恥じない破滅的な道を突き進んでしまったのである。
 事ここに至るまでには、被告人が早期に真摯な反省・悔悟をする機会は、少なからず存在した。坂本弁護士一家殺害事件は、弁護士とその家族が突然消息不明になるという特異な事案であり、社会の注目を集めながら、真相不明のまま、捜査は長期間にわたって難航していた。被告人は、教団を全面的に信用していたわけではなく、幹部らの言動を批判的な目で見ていたこともある旨供述しているが、同事件の捜査が難航している時期に、被告人が捜査機関に自ら真相を告白するなどして、事案の解明に協力することは、ついになかったものである。特に、九〇年四月には被告人の安否を気遣って富士山総本部まで出向いてきた両親から、脱会して帰宅するよう促されるとともに、坂本弁護士一家が消息不明になって教団との関連が取り沙汰されている旨聞かされたことがあった。この時、被告人は、両親が真相を知ったらどんなに辛い思いをするだろうかと考えて、激しく動揺したというが、被告人の動揺振りを察知した松本から、前世の息子などと言葉をかけられたことも影響して、引き続き教団内にとどまることとし、従前の態度を改めるには至らなかった。結局、被告人は、九五年七月に潜伏先で逮捕されるまで、松本サリン事件およびサリンプラント事件を含め、指示があれば違法行為も辞さない生活を続けてしまったのである。
 本件について、検察官は死刑を求刑しており、これに対し、弁護人は死刑を回避すべき旨を主張している。死刑は、各種刑罰の中でも最も峻厳な究極の刑罰であり、その選択に当たって極めて慎重な態度が要求されることは当然であり、諸般の事情を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも、一般予防の見地からも、真に極刑がやむを得ないと認められる場合に限って、これを選択すべきものと考えられる。弁護人は、被告人のために斟酌すべき事情の一つ一つについて詳細に指摘している。確かに、被告人については、斟酌すべき事情が存在する。しかしながら、弁護人の指摘に十分留意しつつ検討してみても、坂本弁護士一家殺害事件において、被告人が自ら行った行為の内容は、寝静まった坂本弁護士方を殺害目的で急襲し、被告人自ら同弁護士に馬乗りになって手拳で同弁護士を強打し、次いで、被告人自ら坂本都子の腹部を膝落としで強打するなどしたというものであり、結局、共犯者とともに同弁護士一家の三名をその場で絶命させたのである。その行為は、余りにも残虐であり、非道である。右の点をはじめ、坂本弁護士一家殺害事件に関する被告人の刑事責任は、その罪質、態様、動機、結果の重大性、遺族の被害感情、社会的影響、犯行後の情状などいずれの点からみても、極めて重大である。これに加え、松本サリン事件およびサリンプラント事件をも敢行した被告人の刑事責任は、全体として更に重大である。本件各犯行において被告人がした行為の内容は、被告人のために斟酌すべき事情を凌駕しているものといわざるを得ない。罪刑の均衡の見地からも、一般予防の見地からも、本件について厳しく刑事責任を問うのは、誠にやむを得ないところと考える。

〔主文〕
 被告人を死刑に処する。

底本:『オウム法廷11』(2003年、降幡賢一朝日新聞社