京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

早川紀代秀・東京地裁判決(要旨・2000年7月28日・金山薫裁判長)

早川紀代秀被告に対する判決の要旨】
第一編 犯行に至る経緯、犯行概要および犯行後の状況(略)
第二編 罪となるべき事実
第一 ○○殺害事件(略)
第二 坂本弁護士一家殺害事件 (犯行に至る経緯)
 一 坂本弁護士らの身上、経歴
 坂本堤は、一九八二年三月、東京大学法学部を卒業した後、八四年三月、大学時代に身体障害者のためのボランティア活動を通じて知り令った大山都子と結婚し、同年十月司法試験に合格し、八七年四月から、弁護士として横浜法律事務所において活動していた。
 坂本都子は、八二年三月立教大学社会学部を卒業後、法律事務所事務員として働き、その後、坂本堤と結婚し、退職後の八八年八月二十五日、長男龍彦をもうけた。
 二 坂本弁護士の教団に対する活動状況および教団の対応等
 1 坂本弁護士が教団を追及するに至る経緯等
 坂本弁護士は、八九年五月中旬、教団の出家信者の親から、教団に入信して家出をしたままの娘を脱会させたいとの相談を受けたことをきっかけに、同年六月下旬、他の弁護士二名とともに「オウム真理教被害対策弁護団」を結成した。その後、出家した子の脱退を希望する親と会合を開いて情報交換を行うとともに、教団の活動の実態などについて調査したり、出家信者とその親との面会が実現したものの、(教団が)宗教法人となった後は、親子の面会を申し入れても教団は全く応じようとしなくなった。そこで、坂本弁護士らは、教団規則の認証は一年以内であれば取り消しも可能であるため、教団活動の不当性を法的に追及するなどしてその認証の取り消しを求めていく方針をとることにした。
 また、教団においては、「血のイニシエーション」という儀式が行われており、教団の書籍に、京都大学医学部で松本の血を検査した結果、松本のDNAには秘密があることがわかったなどと記載されていたため、坂本弁護士らが同大学に問い合わせた。八九年九月二十日過ぎころ、同大学から、検査した事実はない旨の回答を得たので、坂本弁護士は、青山にこの点を追及し、詳しい資料を持ってきて説明するよう求めていた。
 2 マスコミの報道とこれに対する教団の対応等
 週刊誌「サンデー毎日」編集部では、信者の親たちから、教団活動の実態について取材し、八九年十月第一週発売の号から、「オウム真理教の狂気」と題する特集記事の連載を開始し、教団が未成年者などの若者を出家と称して家出させて親から隔離していること、布施という名目で高額の金員を寄附させていること、信者に松本の生血を飲ませるなどの修行をさせていることなど、教団の行っている宗教的活動の問題点を指摘した。松本は、これを聞知するや、多数の信者を引き連れて、同誌編集部に押し掛け、編集長に抗議したり、その自宅付近で編集長を誹謗するビラを貼るなどした。さらに、松本は、連載を止めるためには、毎日新聞社に直接攻撃を加えればいい、地下の駐車場でトラックに積んだ爆弾を爆発させればいいと指示し、被告人および岡崎が下見に行き、駐車場に入れないことがわかるとサンデー毎日の編集部に入れないかと指示し、同様下見の結果、沙汰止みになった。
 また、他のマスコミも、「サンデー毎日」の記事を受けて、教団活動の問題点を取り上げるようになり、坂本弁護士も同年十月十六日に放送された民間ラジオ番組において、未成年の出家や高額の布施の実態を説明して教団を批判した。教団は、このようなマスコミに対しても抗議のビラを配るなどの抗議行動を行った。
 3 塩化カリウムの準備
 八九年十月二十六日、二十七日ころ、村井は、中川に人を殺せる薬はないかと尋ね、塩化カ屮ウム等をあげられると、元勤めていた病院から持ち出すように指示した。中川は、同月二十九日、同病院から塩化カリウムのアンプル四、五本を持ち出した。村井に濃度が低い旨を説明すると、同年十一月一日ころ、村井は、中川に塩化カリウムの粉末約五〇〇グラムが入った瓶を示して、これを使おうと述べた。
 4 テレビ局の取材とこれに対する教団の対応等
 テレビ局のTBSでは、教団を取り上げた特集番組を組み、八九年十月二十六日、坂本弁護士や信者の親のインタビューを行い、翌二十七日に放映する予定であったが、これを聞きつけた松本は、被告人、青山および上祐に対し、その放映の中止を働きかけるよう指示した。そこで、被告人らは、同月二十六日夜、TBSに抗議に出向き、右インタビューを放映しないように強く抗議して、右番組の放映を中止させたが、その折衝の過程において、坂本弁護士のインタビューを録画したVTRを見て、坂本弁護士が、教団の出家や布施について批判し、松本の「空中浮揚」の超能力には疑問がある、京大医学部で松本の血液について検査した事実はなく「血のイニシエーション」には詐欺の疑いがあるなどと教団を厳しく指弾していることを知り、松本にこれを報告した。
 5 被害者の会の結成
 八九年十月二十一日、坂本弁護士が中心となって、「オウム真理教被害者の会」が結成され、同月二十八日に開催された第一回総会において、教団規則の認証の取り消しを求める運動を行っていくとともに、松本に対し、公開の場で「空中浮揚」を実演するよう要求することなどを決定し、まもなく、この要求を記載した公開質問状を教団に郵送した。
 6 坂本弁護士と青山らとの面談
 このような動きに対し、松本は、青山に対し、坂本弁護士と面談するように指示し、これを受けて、青山は、被告人および上祐とともに、八九年十月三十一日、横浜法律事務所を訪れ、坂本弁護士に対し、「血のイニシエーション」について説明したが、坂本弁護士は、その説明では科学的証明がないとして納得せず、逆に、同「イニシエーション」を受けるための布施は高額であること、被害者の会の目的は信者の子供たちを親元に戻すことにあること、被害者の会から教団を告訴することも考えていることなどを述べた上、「人を不幸にする自由はない。徹底的にやります」などと発言した。
 被告人らは、同日夜、松本へ報告に赴き、青山において右面談の状況を報告するとともに、事務所から持ち帰ったパンフレットに記載されている坂本弁護士のプロフィールを読み上げた。
 三 坂本弁護士ら殺害の謀議
 1 犯行の共謀状況
 松本は、八九年十一月二日深夜から翌三日にかけて、富士山総本部道場に隣接する「サティアンビル」四階の自室に、被告人、村井、岡崎、新実および中川を集め、「サンデー毎日」の編集長を塩化カリウムを注射して殺害する方法を検討したところ、車内に引きずり込んで殺すのは難しいことがわかった。すると、松本は、坂本弁護士が、教団活動に関する批判を公然と行い、徹底的に教団を追及する姿勢を見せているばかりでなく、マスコミに教団活動を批判する情報を提供したり、教団規則の認証の取り消しを求めるなどの活動を行っている被害者の会を指導している中心人物であり、坂本弁護士の存在が将来の教団活動に大きな障害になると考えていたことから、被告人らに対し、「今、問題にしなければならないのは、坂本弁護士なんだ。坂本弁護士の存在が将来の教団活動に大きな障害になる」などと述べ、坂本弁護士の殺害を命じ、被告人ら五名はこれを了承した。さらに、松本は、殺害方法として、駅から帰宅途中の坂本弁護士を襲い、殴って気絶させて自動車内に押し込み、中川が用意した塩化カリウムを注射して殺害することを指示するとともに、坂本弁護士を一撃で気絶させる役割を担当する者として、空手の心得があり、松本の警護役でもあった信者の端本悟を選び、実行役に加えるよう指示した。これを受けて、被告人は、端本に対し、松本からの坂本弁護士殺害の指示を伝えたところ、端本はこれを了承した。
 2 犯行の準備状況
 八九年十一月三日朝、松本の指示を受けた岡崎が、在家信者の弁護士に電話をかけて坂本弁護士の住所を聞き出し、中川が、塩化カリウム飽和溶液を作った後、被告人、村井、岡崎、新実、中川および端本は、自動車二台に分乗し、同日午前九時ころ、富士山総本部を出発した。途中、中川が、杉並区内の教団の道場に立ち寄って、注射器に塩化カリウム飽和溶液を吸入し、村井および端本が、横浜市内の地図を購入し、被告人、岡崎および新実が、教団の選挙用事務所として使用していた一軒家に立ち寄り、そこにいた信者の林泰男に二台の自動車にそれぞれ無線機を取り付けさせ、相互に交信出来るようにした後、杉並区内所在のマンションから変装用かつらおよび眼鏡等を持ち出し、さらに、被告人らは、新宿において、それぞれ犯行時に着用する洋服等を購入し、同日夕方ころ、坂本弁護士方付近に到着した。
 被告人らは、付近の様子などを確認した後、坂本弁護士と面識のある被告人および新実が最寄りのJR洋光台駅付近に、また、村井、岡崎、中川および端本は坂本弁護士方付近にそれぞれ駐車し、坂本弁護士の帰宅を待った。
 3 犯行計画の変更
 被告人は、待ち伏せを開始して数時間を経過しても坂本弁護士が現れなかったことから、同人の在宅の有無を確認するため、端本に電話をかけさせたが、電話口には誰も出なかった。他方、岡崎は、同日午後十時過ぎころ、坂本弁護士方の様子を窺いに行き、玄関ドアのノブに手をかけたところ、ドアが施錠されていないことがわかったので、被告人や村井らにこれを伝えた。
 そこで、被告人は、松本に電話をかけて、坂本弁護士を待ったが現れず、自宅にいる可能性もあることや、玄関の鍵が開いていることなどを報告したところ、松本は、当初の計画を変更し、「もし帰っているなら、家族共々やるしかないじゃないか」などと述べ、坂本弁護士が帰宅していれば、坂本らが寝静まっている深夜に犯行を実行するように指示し、被告人もこれを了承した。被告人が、村井、岡崎および新実に対し、松本の右指示を伝えると、岡崎らはこれを了承し、翌四日午前三時に犯行を実行することとし、中川および端本にもこれらの指示が伝えられた。
 被告人らは、最終電車の終了まで坂本弁護士の帰宅を待ったが、同人が現れなかったことから、二台の自動車内でそれぞれ仮眠をとった後、同日午前三時に犯行を実行することとし、中川および端本にもこれらの指示が伝えられた。
 被告人らは、無施錠の玄関ドアを静かに開けて玄関内に入り込み、まず、被告人が、坂本弁護士ら家族以外に誰もいないことを確認した後、他の者に合図を送ったところ、一斉に右寝室内に押し入った。(以下略)
第三 国土利用計画法違反等事件(略)
第四 サリンプラント建設殺人予備事件(略)
第五 LSD製造事件(略)
第六 犯人隠避教唆事件(略)
第七 建造物侵入事件(略)
第三編~第五編(略)
第六編 量刑の理由
 一 事案の概要(略)
 二 ○○修二殺害事件
 本件は、教団内で修行中に死亡した○○の遺体を秘密裡に処理した前記○○事件に関与した○○が、教団からの脱退を申し出たため、教団施設のコンテナ内の独房に閉じ込め、教団脱退の意思を翻すように迫ったものの、○○の意思が固く、松本を殺すとの発言までしていたことから、そのまま脱退させれば、同人から○○事件が漏洩すると考え、それに関与した者を口封じのため殺害したと解するほかないが、それほどの必要性があったものとはいえず(現に、○○以外に○○事件に関与した者で教団を離脱した者も存する)、教団の利益を唯一絶対とする自己中心的で独善的な思考に基づく犯行であって、動機に酌量の余地はない。
 ○○事件は、○○事件の関与者により敢行されているが、○○事件は、修行中の信者が死亡したことを隠蔽するため、その遺体を焼却後遺骨をすり潰して灰にして湖に捨てたという事案である。教団の幹部が一室に集まり遺骨をすり鉢で灰にしている光景はおぞましい限りである。○○事件は、教団の発展の妨げになるとの理由で遺体を一般信者にも知られぬよう秘密裡に処理したものであり、幹部が違法行為に手を染めた最初の事件といえよう。
 そして、○○事件をみると、もともと宗教的感情を共有していた信者が教団を離れたいと申し出れば、残留するように説得するのは格別のことではないが、独房修行用コンテナ内に監禁することは到底許容されることではない。まして○○が翻意しないからといって殺害するというのは、教団の秘密を絶対に保持しようとの冷酷な組織温存の打算でしかなく、信者に対する情愛はもとより、生命の尊厳に対する畏敬の念の片鱗も窺われない。このように、魂の救済を目的とする教団が、教団の発展を阻害する者に対しては、たとえ信者であっても、殺害を厭わないとの考えの下に、宗教的指導者の松本以下被告人ら幹部が一糸乱れず殺害を実行したことには驚かざるを得ない。そこには、宗教的活動を共にしていた○○に対する共感は何ら窺われず、たとえ信者であっても邪魔者は消せとの冷酷無情さしか見いだせない。宗教者を標榜する幹部が、組織のために殺人という重大な違法行為に手を染めた初めての事件であり、その後の教団の数々の違法行為への桎梏を解き放った点においても重要である。
 その犯行態様も、松本が、被告人ら幹部五名に対し、○○の殺害を命じ、その殺害方法についても具体的に指示した上、これに従った被告人らにおいて、一名が見張りをし、四名が協力しあって実行行為に及んだものであって、組織的犯行である。犯行にあたっては、独房に入れられて手足をロープで縛られ全く抵抗することの出来ない○○に対し、新実がロープを首に巻き付け、四人がかりで左右から引っ張って絞め付け、さらに殺されまいと必死で抵抗する○○の体を押さえ付け、新実が、○○の頭頂部付近および頸部を掴み、強く捻って殺害した。しかも、松本に反抗した者に対しては頭に五寸釘を打つべきであるとして釘まで用意しており、冷酷で残虐な犯行というほかない。
 さらに、被告人らは、○○の遺体をビニール袋に入れてコンテナの外に運び出し、これをドラム缶の中に入れ、護摩壇という炉の上に据え付け、その後、骨になるまで燃やし続けた上、遺灰を付近の地面に撒き散らしたというのであって、そこには人一人の生命を奪ったことへの自責の念や遺体に対する配慮など全く感じられず、無情の極みといわざるを得ない。
 ○○は、解脱を求め教団を信じて出家したものの、松本の欺瞞性に気付き、まさかこのような仕打ちを受けるとは夢にも思わぬまま、脱退を申し出たのに、これがかなわぬどころか松本の指示により幹部の手にかかり、恐怖と苦痛の中、二十一歳の若さで命を奪われたものであって、その無念さは察するに余りある。また、○○の両親は、○○が音信不通になって以来、警察に捜索願を出すなどしてその安否を気遣っていたものであり、六年余りもの間、帰りを待ち続けた挙げ句、息子の殺害を知らされ、その上、遺灰さえ手にすることが出来ないでいるのである。遺族の悲しみ、怒りは大きく、処罰感情も極めて厳しい。しかるに、松本や被告人らからは、両親に対して何ら慰謝の措置が講じられていない。
 被告人は、○○に対し、教団脱退の意思を翻すよう何度か説得を試みてはいるものの、○○がこれに応じるつもりがないことがわかると、松本の指示に忠実に従い、○○殺害の実行を決意し、他の共犯者とともに、○○の頸部に巻き付けたロープを引っ張ったり、抵抗する○○の頭部に釘を打ち付けるための金槌を探すなどの行為に及んでいる上、その後の遺体焼却にも深く関与しているのであって、その刑事責任は重く、他の共犯者に比し、その役割が
軽いとみることは出来ない。
 三 坂本弁護士一家殺害事件
 1 本件は、坂本弁護士が、マスコミを通じての教団批判や被害者の会の指導など教団に対する批判的な活動を積極的に行い、徹底的に教団を追及する姿勢を見せていたことから、その存在が将来の教団活動に大きな障害になるとみて、坂本弁護士を殺すこととし、妻子もろとも殺害に及んだというものである。既にみたとおり、松本や村井は、八九年十月下旬には、薬物による殺人を企図しているが、その対象者が「サンデー毎日」の編集長か坂本弁護士かあるいは被害者の会の関係者であったかは、松本が証言を拒否し、村井が殺害されるなど、直接の関係者の供述が得られず、判然としない。したがって、松本が同年十一月二日の会合以前に坂本弁護士殺害を決意していたかは明らかとはいえない。しかし、右会合において松本が坂本弁護士殺害を指示するや、被告人らはいずれも異口同音にこれに賛同している。○○事件と同様、教団の発展に障害となる者を殺害することに何ら逡巡を示しておらず、教団の利益のためであれば、教団の内外を問わず、人の生命を奪うことを何ら厭わないという教団特有の体質に根差した動機は厳しい非難に値し、酌量の余地は全くない。
 坂本弁護士は、教団の出家信者の親からの相談に応じ、教団と交渉し、被害者の会の発足に尽力したほか、教団活動の問題点を社会に公表するなど、弁護士として当然の活動をしていたものである。このような社会生活上正当な業務を遂行していた者に対し、松本らは自らの非を省みることなく、殺害に及んだものであり、生命に対する尊厳の念を欠いた、余りにも短絡的・独善的な犯行というほかない。
 さらに、当初は、帰宅途中の坂本弁護士一人を狙っていたものの、同人が自宅にいるかもしれないと察知して自宅玄関が無施錠であることを確認するや、坂本弁護士のみならず、その家族をも殺害する計画に変更したものである。坂本弁護士の家族は、教団とは何らかかわりはないのに、坂本弁護士殺害の目的を遂げるためには、家族皆殺しも辞さないとの態度には、教団以外の人の存在価値を認めない唯我独善性が窺われる。
 2 犯行態様についてみると、松本が、被告人らに対し、坂本弁護士の殺害を命じるとともに、その殺害方法について各自の役割分担を割り振るなどして具体的に指示をすると、被告人らは、これに従って、坂本弁護士方の住所の確認、殺害用の薬物、連絡用無線機、付近の地図、変装用の服装や小道具等の用意など準備を尽くした上、坂本弁護士の帰宅を待ち伏せし、同人が現れず、自宅玄関が施錠されていないことを確認するや、右のとおり素早く計画を変更し、坂本弁護士一家や周囲の住民が寝静まっている時間帯を狙って犯行に及んでいるのであって、組織的・計画的犯行である。
 被告人らは、坂本弁護士宅の寝室内に一斉に押し入ると、就寝中の坂本弁護士に、端本が馬乗りとなり手拳で顎部を数回殴打し、岡崎が背後から頸部を絞め付けた。被告人は、両足を押さえ付けていたが、必死に抵抗する坂本弁護士から蹴飛ばされて襖を外した。また、中川は、静脈注射を試みた。他方、新実は、都子に馬乗りとなり、端本がその腹部を足蹴り等し、村井、被告人、中川が頸部を絞め付け、中川は静脈注射を試みた。また、中川は、泣き声をあげる龍彦の鼻口をタオルケット様の物で押さえ付け、その後新実が鼻口を手で押さえ続けた。このようにして、被告人らは、結局三名をいずれも窒息死させているものであって、凶暴で残忍極まりない犯行である。とりわけ、都子が死を目前にしながら「子供だけはお願い」と幼児の助命を哀願したにもかかわらず、これを無視している点には、人倫のかけらも窺われないのであって、冷酷、無惨というほかない。
 3 被告人らは、犯行後、三名の遺体を布団ごと運び出し、長野県、新潟県富山県の山中深くに三名の遺体をそれぞれ埋めたほか、坂本弁護士らの着衣や布団等を焼却処分し、犯行の際に使用した車のシートを張り替え、塗装を塗り直し、さらには、本件犯行時に手袋をしていなかった被告人および村井の指紋を消去する手術を行い、警察の捜査に備えて被告人のアリバイ作りを行うなど、徹底した罪証隠滅工作を敢行している。そして、松本らは、記者会見を開くなどして、坂本弁護士一家失踪事件は、オウムを陥れるための陰謀だとして教団の関与を否定するばかりか、「身内がらみの犯行」とまで喧伝していたのであって、犯行を悔い改めるどころか、罪責を転嫁する態度をとり続けていたのである。
 4 坂本弁護士らは、深夜、このような凶行に遭うとは思いもせずに眠りについていたところを突然襲われ、何か起きたかも理解出来ぬまま一瞬のうちに命を奪われたものであって、死に至るまでに抱いた恐怖感や肉体的苦痛が甚大なものであったことは想像に難くない。坂本弁護士は、高校時代からの夢であった弁護士としての活動をようやく始め、妻との間に長男が生まれたばかりであり、公私共に人生の新たな出発をしたばかりの春秋に富む青年弁護士であり、このような理不尽な犯行によって生涯を閉じなければならなかった無念さは察するに余りある。また、妻都子は、家庭の主婦として幸せな生活を送っていたところ、突然闖入してきた被告人らに襲われ、愛児の助命を求めながら殺害されたものであり、哀れというほかない。さらに、龍彦は生後一年二か月余でその短い人生を断たれており、その結果は痛ましい限りである。三名の遺体は、六年近くもの間、別々の山中に埋められ、発掘されたときには、既に屍蝋化し、一部は白骨化するなど変わり果てた姿となっていたものである。
 坂本弁護士一家の遺族は、六年近くにわたり、突然行方不明となった坂本一家の生還を祈り、懸命に救出のための活動をしながら、帰りを待ち続け、その末にこのような最悪の結果を知らされたものであって、その悲嘆、憤りは計り知れない。遺族らの処罰感情は峻烈であり、現在も被告人ら本件犯行に関与した者に対し極刑を望んでいる。しかるに、松本や被告人らからは、遺族に対して何ら慰謝の措置が講じられていない。
 本件は、事件発生後まもない段階から、弁護士一家が突然行方不明になった事件として、マスコミ等に大きく取り上げられ、遺族や同僚による精力的な救出活動が全国規模で展開されていたものであって、社会に与えた影響も甚大である。
 5 被告人は、松本から坂本弁護士殺害の指示を受けると、忠実な下僕として唯々諾々とこれに従っている。そして、指示どおりの結果を実現するため、現場付近で坂本弁護士が現れないと自ら端本に指示して在宅を確認する電話をかけさせ、犯行の際は、坂本弁護士宅に率先して侵入し、同人ら家族以外に誰もいないことを確認した後、一斉に寝室に押し入る合図を送っている上、坂本弁護士の両足を押さえ付け、中川に注射をするよう指示したり、あるいは、都子の腰を押さえ付けたほか頸部を絞めるなどの行為に及んでいる。また、犯行後も、外れた襖を元に戻したり、村井の落とした変装用かつらを拾うなど冷静に犯跡隠蔽に腐心し、さらには、三名の遺体を山中に埋める作業に、終始一貫して積極的に関与し、実行部隊の中心人物の一人として重要な役割を果たしたものである。
 四 その他の事件(略)
 五 小括
 1 ○○・坂本両事件の罪責
 本件の量刑判断にあたって、○○事件、坂本事件が大きな比重を占めることは明らかであることから、その罪責について検討する。
 両事件は、教団における絶対的な存在であった松本が、人を殺すことであっても「ポア」として正当化され悪業とはならないという教団独自の教義を説き、被告人らにこれを盲信させ、教団の発展のためには、○○や坂本弁護士らを殺害することが必要であり、同人らにとっても地獄の転生から救われる救済となるなどと信じ込ませて実行させたものである。
 しかしながら、このような教義自体、現代社会において到底容認されるものではなく、宗教団体とはいえ、「カエサルの物はカエサルに」の格言が示すように、法規範を遵守することは当然であって、不法が許されるいわれはない。もともと仏教を基盤とする教団が殺人を「ポア」として正当化すること自体疑問であり、ましてこれを実行することを禁圧すべきは明白といわざるを得ない。他面、松本の指示は、これに追従する被告人ら幹部の存在があってはじめて現実化されるのであり、被告人ら幹部が松本の不法な指示に従わなければその実現は阻止されるとの関係にあったものである。換言すれば、松本の指示と被告人ら幹部の忠実な実行者があいまって犯罪が実現されていったのである。
 被告人としては、○○事件において、教団が宗教活動の域を超えていることに気付き、しかるべき対応をとるべきであったにもかかわらず、かえって松本の指示に盲従して犯罪行為に加担している上、両事件においても、唯々諾々とその指示に従っている。いうならば、被告人らは松本と一心同体となり、私情の入り込む余地のない犯罪者集団となり、殺人を敢行しているのである。
 2 弁護人の主張の期待可能性の減少についての検討
 弁護人は、被告人が、松本から○○事件、坂本事件の指示を受けた際、その実行を回避する行動に出ることが物理的に不可能でなかったにせよ、当時の教団の環境、被告人と松本の関係、被告人の心理状態等から、著しく困難であったことは明らかであり、量刑事情としての期待可能性の減少が認められるから、被告人に有利な事情として、十分考慮して然るべきであると主張する。
 被告人が○○・坂本両事件に及んだのは、すべてを見通すことの出来る最終解脱者であって絶対的な存在であると信じていた松本からの指示があったからであり、かつ、その松本が説くように○○や坂本らを殺害することは同人らにとっても救済となるなどと信じ込んでいたとの側面があることは否めない。そして、入信・出家の経緯や教団での活動状況等をみると、被告人が松本の説く利他心や救済といった言葉に共鳴し、松本の説く教義の欺瞞性を見抜くことが出来ず、松本によって神秘体験を得られたことなども手伝って、松本をグルと仰ぎ、絶対的な存在と信じ込み、反社会的な価値基準を受容して両事件に至ったものであり、松本から両事件の指示を受けた際、既に絶対服従の心境にあった被告人としては、これに抗することは思いもよらぬことであったことも、否定し難い。被告人らもこの妄想を共有し、ポアが救済の手段となり得ると狂信して実行したものであり、松本の指示に疑念を抱くことは修行不足の現れであり、絶対的に服従するしか方法はなかったと供述している。
 しかしながら、組織犯罪においては、心服している下位者が上位者の命令に絶対服従することは間々あることであって、そのこと自体、本件に特異な事情とはいえない。被告人としては、観念的な教義上の問答ではなく、具体的な現実世界において特定人の殺害を命ずる松本の指示に対しては、本来人の有している良心を覚醒させ、当然これを不法なものとして拒絶すべきであったのである。しかるに、被告人は、かなりの社会的経験を積んだ後自らの意思と判断で教団に参加し、次第に反社会性の強い教義が説かれ出した後も疑問を抱くこともなく信じ込み、本件当時松本の指示を盲信していたものであるから、前記のような事情は、期待可能性の減少を生じさせるものとはいえない。
 さらに、被告人は、教団を脱退すればポアされると考えていたと供述しているが、○○事件がポアの実行としての最初の殺人事件であることや、既にみたように○○・坂本両事件に関与した岡崎や○○事件に関与した者が教団を脱退していることに照らすと、右供述は首肯し得ない。
 3 被告人の刑責
 このように、被告人は、○○・坂本両事件において、松本の指示の下、忠実な実行者として行動し、犯行後の死体遺棄等の罪証隠滅行為においても、重要な役割を果たしている。また、両事件に関与した共犯者らと比較しても、被告人の加功の程度は、村井、新実、岡崎と遜色はない。その後も幹部として前記のような活動を行っていた被告人と対比すると、岡崎は、坂本事件後の九〇年ころその動機はともかくとして教団から脱退し、その後の教団の犯罪行為には関与していない。したがって、被告人の刑責が岡崎のそれより軽いものとみることは出来ない。
 しかも、被告人は、両事件後も教団の活動に疑問を抱くどころか、松本の救済計画実現のために側近の一人として粉身努力し、教団の違法活動の多くに手を染め、九〇年国土利用計画法違反等事件に関与し、その保釈中の九三年から九四年にかけても、殺人予備、LSD製造といった各犯行に及んでいるものである。また、地下鉄サリン事件が教団の犯行と知った後も、教団存続のため奔走し、小銃密造の犯跡の隠蔽のため建造物侵入罪で逮捕され、松本が身柄拘束された五月十六日、ようやく自己の非に気づいている。このように、被告人は教団へ出家した後、九五年五月まで松本の側近の一人として教団の中枢部におり、教団のためであれば違法行為も何ら厭わない独善的な教義を信奉して○○・坂本両事件をはじめとする判示各犯行に積極的に加功してきたのであり、その刑責は極めて重い。
 六 被告人に斟酌すべき事情
 他方、次のように、被告人のために酌むべき事情も認められる。
 被告人は、本件建造物侵入事件により逮捕された後、ようやく自己の非を悟り、国土利用計画法違反等事件についても従前の態度を改め、事実関係を認めるに至っている。また、共犯者等の他の法廷においても、証言拒絶権を行使することなく、積極的に証言している。その供述内容は、前記のとおり一部措信し難い点も存するが、全体を通観すれば、少しでも犯した罪を償いたいとの気持ちから、自己の知る限りをありのままに供述している部分が大部分といえ、責任転嫁の態度は見受けられない。そして、公判を通じ、被告人を含め教団がなぜ犯罪行為に及んだのか自分なりに熟考し、自らの愚かさ、そして、後悔の真情を語っており、とりわけ、○○・坂本両事件については、極刑を覚悟しながらも供述を続け、被害者や遺族に対する申し訳なさから時に涙を流して謝罪の意を表明している。これらの被告人の態度からは、被告人の真摯な反省・悔悟の情を酌むことが出来る。さらに、被告人が教団から預かっていた現金三百七十万円等を、教団の破産管財人に交付して、慰謝の努力をしている。
 また、被告人は、元来は純朴な人柄であり、大学院卒業後、建設会社に勤めるなどして真面目な社会人として生活し、それなりに社会にも貢献してきたものであること、出家したのは純真な宗教的関心からであり、教団に入らなければ、本件のような犯罪行為に及んだものとは考え難いこと、これまでに前科前歴はないこと、年金生活を送る年老いた両親と妻がいることなどの事情も量刑斟酌すべき事情といえる。
 七 結論
 これまでみてきた本件犯行の罪質、動機、態様、社会的影響、被告人の果たした役割、坂本弁護士一家殺害事件および○○殺害事件の結果の重大性、遺族の被害感情、犯行後の情状等を総合考慮すると、首謀者の手足にすぎなかった被告人の刑事責任も余りに重大であって、被告人のために酌むべき一切の事情を斟酌しても、極刑をもって臨むほかはないといわざるを得ない。

〔主文〕
 被告人を死刑に処する。

底本:『オウム法廷11』(2003年、降幡賢一朝日新聞社