京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

「坂本堤弁護士一家殺害事件 中川智正、新実智光両被告の供述調書の要旨」(『オウム法廷』11巻)

坂本堤弁護士一家殺害事件 中川智正新実智光両被告の供述調書の要旨】
中川智正被告の検事調書
 ●甲F156~157号証
 私は八九年八月二十五日に尊師に勧められて出家した。十月二十六日か二十七日に、「人を殺せる薬があるか」と村井さんから言われた。調達してくると答え、前に勤めていた大阪鉄道病院へ二十九日に行って消化器内科から濃度が低いが塩化カリウムの注射液を持ち出した。
 しかし十一月一日になって村井さんが、五〇〇グラムの粉末瓶を手に入れてきて、これでやってくれ、と言われた。
 十一月二日夜集まったとき、(『サンデー毎日』の)牧太郎氏の話が出た。村井さんか誰かが、殺すのが難しいと言うと、尊師が坂本弁護士はどうか、と言い出した。車にひきずりこんで殺すということで、青山(吉伸)さんに住所を調べさせるなどの無理強いはしてはいけないが、腕力の強い人として、端本君を加えることになった。
 十一月三日朝、村井さんから住所がわかったから準備しろ、と言われた。その後、杉並道場に寄って新宿に行き、服などを購入した。早川さん、新実さんが駅で待機したが、この日は休日だったことから、家にいるのでは、と新実さんに言った。帰宅を待つとともに、押し込む準備の話が出たのは十一時か十二時ごろ。岡崎さんが、玄関の鍵が開いていると調べてきたからで、村井さん、早川さんの話で家に押し入って全員を殺すことにした。
 ●甲F158号証
 尊師に連絡の上と思うが、車の中で仮眠をとってから坂本弁護士宅に向かった。
(後に現場で発見されて問題になる)プルシャは上着のポケットに入れていた。手袋をし、なだれ込むように入った。新実さんは坂本さんの奥さんの上半身にけりを入れたり、突きを入れたりしていたが、ほかのメンバーもそれぞれに首を絞めていた。自分はその間、ボーッと立っていたが、早く終わりたいと思い、子どもはそのまま窒息死するのは仕方がない、と考えて口を押さえた。
 村井さんが奥さんの首を押さえていた。ゼーゼーと喉の音がするので、絞める場所が違うと言うと、「わからん、代わってくれ」と言うので、うつぶせの状態で(パジャマの)襟をつかみ、右方向に引っ張って絞めた。左手で奥さんの左手を押さえると、ほとんど動かなくなった。
 さらに早川さんから早く注射を、と言われたが、(塩化カリウムの)静脈注射は出来なかった。それで坂本弁護士の尻あたりにしたが、効かなかった。誰かが効かない、と言ったが、筋肉注射では効果はないので、その後は無理に首を絞めることになった。(以下略)

新実智光被告の検事調書
 ●乙F1号証
 八九年十一月二日か三日ごろ、弁護士殺害がまとまった。岡崎、村井、早川、中川、そして私か(尊師と)相談した。
 中川が薬剤で殺すことになり、少し前の格闘技大会で勝った端本が加わることになり、私と岡崎が弁護士の住所を調べることになった。
 林泰男に車に無線機をつけてもらった。新宿で変装用の服を買い、ブルーバードで(弁護士の)帰宅を待った。夜遅くなっても見つけられないでいると、岡崎が無線で、玄関が開いている、と言ってきて、午前三時ころに忍び込み、家族がいれば、全員を襲うことになった。
 三時に全員を起こして入った。三人が寝ていることがわかり、自分は一番手前の奥さんが声を出さないようにした。暴れたので誰かが首を絞めた。子どものところから、ゼーゼー音がし、誰かが手で口をふさいでいた。(以下略)
 ●乙F2号証   略
 ●乙F3号証 指示は十一月二日深夜で、三日になっていたかもしれない。瞑想しているとき呼ばれて行くと、岡崎、村井、早川、中川がいて、尊師が(弁護士をこのままにしておくことは)将来大きな悪業を積む、(殺害することは)本人のためにもなる、ということで、尊師の弟子として当然のこととして、指示に従うことにした。ほかの人たちも同じと思う。襲って殴って気絶させ、注射することになった。実行メンバー全員で出発した。(その後、弁護士がすでに)帰宅しているかもしれないということで早川が尊師と連絡を取り、いれば全員をやるしかない、ということになった。(以下略)