京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

『カラマーゾフの兄弟』P316-327   (『ドストエーフスキイ全集』第13巻(1959年、米川正夫による翻訳、河出書房新社))[挑戦1日目]

しょう。
「ところで、聴明な人たちはこう言うかもしれません、――だが、もし二人がぐるだったらどうする? もし二人が共謀で殺して、金を山分けにしたらどうだろう?
「そうです、これは実際、重大な疑問です。第一に、さしあたりその疑念を証拠だてる有力な証跡があります。すなわち、一方は兇行を引き受けて、ありとあらゆる苦心をしながら、一方は癲癇の真似をして、のんきに寝ていたのです、――しかも、それは前もってみなに疑念をいだかせ、主人とグリゴーリイに不安を起させるためなのであります。二人の共謀者はどういう動機から、こうした気ちがいじみた計画を思いついたのか、実に不思議のいたりです? もっとも、これはスメルジャコフのほうから積極的に持ち出した相談ではなく、いわば受身の犠牲的な黙従だったかもしれません。たぶん、スメルジャコフは脅しつけられて、ただ兇行に反対しないだけの承諾を与えたのでしょう。彼は自分が叫び声を立てず、反抗もしないで、ドミートリイに主人を殺させた、――という非難を受けるに違いないと予感したので、ドミートリイが兇行を演じている間、癲癇を装うて[#「装うて」はママ]寝ていることを無理に許してもらった、とこう考えることもできます。『あなたは勝手に殺しなさるがいい、私は高見の見物ですよ』という気持だったかもしれません。けれど、もしそうだとしても、やはりこの発作は家のものを騒がせるから、ドミートリイもそれを見抜いて、こんな相談にのるはずはありません。しかし、私は譲歩して、彼が承知したものとしましょう。そうしたところで、やはりドミートリイが人殺しで、下手人で、張本人であって、スメルジャコフはただ受身の関係者、いや、関係者というよりむしろ、恐怖のため心ならずも黙認したにすぎないのであります。それは裁判官諸君も必ずお認めになることと思います。ところが、一たいどうでしょう? 被告は捕縛されるとすぐ、もっぱらスメルジャコフ一人に責任を嫁し、彼一人に罪を塗りつけています。共謀の罪どころか、ただ彼一人に全部の罪を嫁しています。あいつが一人でやったのです、あいつが殺して、あいつが取ったのです、あいつの仕業なのです、とこう彼は言っています! すぐさま互いに罪の塗り合いをするような共犯者が、一たい世の中にあるものでしょうか、――いや、そんなことは決してありません。それに、注意すべき点は、これはカラマーゾフにとってきわめて危険な所業なのであります。なぜなら、張本人は彼であってスメルジャコフではありません、彼はただ黙認したにすぎない。彼は仕切り板の陰に寝ていたのです。ところが、被告はその寝ていたものに罪をきせるではありませんか。そんなことをすれば、スメルジャコフはひどく憤慨して、自己防衛の念から、急いで真実を打ち明けるおそれがあります。二人とも関係はあるのですが、しかし私は殺したのじゃなくて、恐ろしさに見て見ぬふりをしただけです、と言うかもしれません。彼スメルジャコフは、『法廷はすぐ自分の罪の程度を見分けてくれるに相違ない。だから、よしんば罰を受けるにしても、何もかも自分に塗りつけたがっている張本人よりか、ずっと軽くてすむに相違ない』とこう考えたでしょう。しかし、それならば、彼はいやでも一切を白状したはずですが、そういうことはまるでありません。下手人があくまで彼に罪を嫁して、どこまでも彼をさして、唯一の下手人であると言いはっているにもかかわらず、スメルジャコフは共謀などということを、おくびにも出さなかったのみならず、われわれの審問に答えて、金の入った封筒や合図のことは彼自身被告に教えた、もし自分かいなければ被告は何も知らなかったろう、と言いました。もし実際、彼が共謀者であって、自分にも罪があるとしたならば、審問の際すぐさまやすやすとこのことを、つまり、彼が何もかも被告に教えたということを、白状するはずがないではありませんか? むしろ言を左右に託して、必ず事実を曲げて小さくしようとするはずです。にもかかわらず、彼は事実を曲げもしなければ、小さくしようともしなかった。こういうことをなし得るのは、ただ罪のないものだけです、共謀の罪をきせられるおそれのないものだけです。こうして、彼は持病の癲癇と、この大椿事にもとづく病的な憂欝の発作のために、昨夜、縊死を遂げました。彼は自殺に際して、『余は、何人にも罪を帰せないために、自分自身の意志によって、あまんじて自己の生命を断つ』とこういう独得な口調で遺言をしたためました。下手人は自分であって、カラマーゾフではない、こうちょっと一筆、遺言につけたすに何のさしつかえもないはずなのに、彼はそれをしませんでした。一方には良心の責任を感じながら、一方に対してはそれを感じなかったのでしょうか?
「ところで、どうでしょう? 先刻三千ルーブリの金がこの法廷に持ち出されました。『その金は、ほかの証拠物件と一緒にテーブルの上にのっている、あの封筒の中にはいっていた金です、私が昨日スメルジャコフから受け取ったのです』ということでした。ところが、陪審員諸君、あなた方も先刻の悲惨な光景をご記憶でしょうから、詳しく再叙することをさし控えますが、しかし、あえて二三の意見を述べさせていただきます。私はごくつまらない点を取り上げることにします、――それはつまり、つまらないがために、誰も考えつかないで、忘れてしまうおそれがあるからです。また同じことを繰り返すようですが、第一に、スメルジャコフは良心の呵責にたえかねて、きのう金を渡して、自殺を遂げました(もし良心の呵責がなければ、彼は金を渡しはしなかったはずであります)。むろん、スメルジャコフはゆうべ初めて罪を私に白状した、どこう証人は言いますが、それはそのとおりとしましょう。でなければ、彼が今まで黙っているはずはありません。こうして、スメルジャコフは自白しました。しかし、私はふたたび繰り返しますが、なぜスメルジャコフは自分の遺書に真実を書きつけておかなかったか? 罪なき被告のために、あす恐るべき裁判が開かれることは、彼も知っていたのではありませんか。金だけではまだ証拠になりません。私ばかりではなく、この法廷におられる二人の方も、すでに一週間以前、イヴァン・フョードロヴィッチ・カラマーゾフが、県庁所在地の町に五千ルーブリの五分利つき証券二枚、すなわち一万ルーブリを送って、両替させた事実をご存じのはずであります。私がこんなことを言うのは、誰でもある時期に金を持つということはあり得るわけですから、三千ルーブリの金を持って来たからといって、それが例の金だ、つまり、例の箱もしくは封筒から出した金だ、という証拠にはならないからです。最後にイヴァンは、昨日そういう重大な自白を真の下手人から聞きながら、安閑として打ち棄てておきました。なぜ彼はこのことを、すぐさま報告しなかったのか? なぜ朝まで延ばしたのか? 私はそれを推察する権利があると思います。思うに、一週間前すでに健康を害して、医者や近親のものに向って、幻を見たとか、死人に会ったとか、言っていた彼は、ほかならぬきょう今日、ああまで激烈に勃発した譫妄狂の一歩手前まで来ていたのであります。それが突然、スメルジャコフの死を聞いたので、『あいつはもう死んだ人間だから、あいつに罪をなすりつけて、兄を救ってやろう。さいわい自分は金を持っているから、一つ紙幣束を持ち出して、スメルジャコフが死ぬ前に渡したのだと言ってやろう』とこういう考えを起したものとみえます。あなた方は、たとえ死人であろうと、人に罪をきせるのはよくない、兄を救うためだって蝮を言うのもよくない、とおっしゃるのですか? ごもっともです。が、もし無意識に嘘を言ったとしたらどうでしょう? とつぜん下男の死を耳にして、頭がすっかり狂ってしまったために、実際そのとおりであったように想像したものとしたらどうでしょう? あなた方は先刻の光景をごらんになりましたろう。彼がどういう精神状態にあったか、ごらんになりましたろう。彼はちゃんと立って口をききましたが、しかし、その心はどこにあったとお思いになりますか? 「この狂人の申し立てにつづいて現われたのは、被告がヴェルホーフツェヴァ嬢に送った手紙であります。それは兇行の二日前に書かれたもので、兇行の詳しいプログラムであります。してみれば、われわれはもうほかにプログラムや、その編成者を捜す必要はありません。兇行はちょうどこのプログラムどおり、その編成者によって行われたのです。そうです、陪審員諸君、『書いてあるとおりに行われた』のであります! 中に自分の恋人がいるに相違ないと固く信じた被告が、父親の窓のそばからうやうやしく、臆病に逃げ出すなんて、そんなことは決してありません。どうして、そんなことはばかばかしい、あり得べがらざる話です。彼は入り込んで、兇行を演じたに相違ありません。つまり、憎いと思う恋敵を一目見るやいなや、むらむらと憤怒の焔が燃えあかって、興奮の極、兇行を演じたものと察しられます。それはおそらく銅の杵をもって、一撃のもとに倒してしまったのでしょう。そのあとでよく捜したあげく、女がそこにいないことを知ったのですが、しかし手を枕の下に突っ込んで、金の入った封筒を取り出すことを忘れませんでした。その破れた封筒は今このテーブルの上に、他の証拠事件と一緒にのっています。私がこんなことを言うのは、ここで一つの事情を認めていただきたいからであります。しかも、それは私の考えによると、最も重大な意義をおびているのであります。もしこれが経験のある殺人者、すなわちただの強盗殺人犯であってごらんなさい。はたして封筒を床の上に投げ棄てておくでしょうか? ところが、実際は、死体のそばに転がっているのを発見されたのです。もしこれがスメルジャコフであって、強盗のために殺したとすれば、わざわざ被害者の死骸の上で開封するような面倒をみずとも、すぐそれを持って、逃走したに相違ありません。なぜなら、包みの中に金が入っていることを、確かに知っていたからです――金は彼の目の前で封筒へ入れられて、封印までせられたのであります、――実際、もし彼が封筒を持って逃げてごらんなさい、強盗の行為は誰にもわかりようがありません。陪審員諸君、私はあえてお訊ねします。スメルジャコフがそんなやり方をするでしょうか? 封筒を床の上に棄てて行くでしょうか? いや、こんなやり方をするものは、必ず前後の分別のない、熱狂した殺人者です。盗賊ではなくて、それまで一度も物を盗んだことのない殺人者に相違ありません。蒲団の下から金を取り出しても、それは盗むのではなく、自分のものを盗賊から取り返すのだ、というような態度だったろうと思われます。なぜならば、これがこの三千ルーブリに対するドミートリイの考えで、これがほとんどマニヤになっていたからであります。で、彼は初めて目撃した包みを手にすると、封筒を破って、中に金があるかどうかを確かめ、金をかくしに入れるやいなや、床に落ちている破れた封筒が、後日自分の罪跡を語る有力な証拠品になることを忘れて、そのまま逃走してしまったのです。これというのもみんな、下手人がスメルジャコフでなく、カラマーゾフであったればこそ、そんなことを考えもしなければ、想像もしなかったのであります。まったく、どうしてそんなことが考えていられましょう! 彼は逃げ出した、すると、ふいに自分を追いかけて来る老僕の叫び声を聞きました。老僕が彼を捉えて、引き止めようとしたので、彼は銅の杵で打ち倒しました。被告は惻隠の情に駆られて、老僕のそばへ飛びおりだとのことです。どうでしょう、被告の申し立てによると、その時、彼が飛びおりだのは憐憫と同情のためで、どうかして助けることはできないものかと、それを確かめようとしたとのことです。しかし、その時そんな同情など表していられる場合でしょうか? いや、彼が飛びおりたのは、単に犯罪の唯一の証人が生きているかどうか、それを確かめるためにすぎません。これよりほかの感情も、動機も、この際すべて不自然です! ところが、ここに注意すべきことには、彼はグリゴーリイのために骨を折って、ハンカチでしきりに頭を拭いてやりました。そして、もう死んだということを確信すると、全身血まみれになったまま、茫然自失のていで、また例のところへ、自分の恋人の家へ駈けつけました、――一たい彼はどういうわけで、自分が血まみれになっていることや、すぐ兇行を見抜かれることを考えなかったのでしょう? 被告の申し立てるところによると、自分が血まみれになっていることには、てんで注意をはらわなかったそうであります。それは是認し得ることで、いかにもそうありそうな話です。そういう瞬間、犯罪者にありがちなことです。一方では、実に戦慄すべき悪辣な深慮を示しながら、一方では、大きな手落ちを拵えるものです。彼はそのおり、女はどこにいるだろうと、そればかり考えていたのであります。一刻も早く女のありかを知りたいと思って、女の家へ駈けつけてみると、思いがけなくも、彼女は『もとの恋人』、すなわち『争う余地のない男』と一緒に、モークロエヘ行ったという、驚くべき報知に接したのであります。

   第九 全速力の心理解剖 疾走せるトロイカ 論告の終結

 イッポリートは神経質な弁論家の好んで用いる、厳密な歴史的叙述法を選んだ。つまり、彼らに自分の奔放な衝動を抑えるために、わざと厳重に作られた枠を求めるのである。彼は自分の論告をここまで進めると、とくにグルーシェンカの『もとの恋人』、すなわち『争う余地のない男』に言及しながら、この問題に対して、一種独得の興味ある思想を述べた。それまでありとあらゆる男に対して、気ちがいじみるほど嫉妬を感じていたカラマーゾフが、この『争う余地のないもとの恋人』にぶっつかると、とつぜん急に意気沮喪し、萎縮してしまった。とくにおかしいのは、この予期しない競争者から起る新しい危険に、以前ほとんどいささかも留意しなかったことである。いつも彼はそれをまだ遠い将来のことと思っていた。カラマーゾフは常に現在のみに生きているからである。彼はその危険を虚構とさえ思っていたらしい。しかしながら、彼はその悩める心に、女がこの新しい競争者を隠して、現に先刻も自分をあざひいたのは、つまりこの新来の競争者が彼女にとって、決して想像でもなければ虚構でもなく、むしろ彼女のすべてであり、この世における一切の希望だからである、こういうことを突如として悟った、――突如としてこれを悟ると、彼はたちまちすべてを断念してしまった。
陪審員諸君、どうも私は、被告の心に起ったこの突然の変化を不問に付することができません。被告はどんなことがあろうとも、こうした心機一転をなし得ない人間のように思われますが、彼の心中には俄然、真実に対する要求と、女性に対する尊敬と、女心の権利に対する承認とが生じたのであります! しかも、それは、――彼女のために父親の血で手を染めた、その瞬間の出来事であります! これは流された血がこの瞬間に、復讐を叫んだものとも言えます。なぜなら、彼は自分の霊と、この世における自分の運命とを滅ぼした瞬間に、知らず識らず次のように自問したのであります、――自分は彼女にとって何であったか? 自分自身の魂以上に愛しているこの婦人にとって、この際[#「この際」に傍点]、自分はどんな意味をもっているか? この『もとの恋人』すなわちかつて見棄てた女のもとへ、ふたたび悔恨の意を表しながら帰って来て、彼女に新しい愛を捧げ、潔白な誓いを立てて幸福な生活の復活を約束しているこの『争う余地のない男』に比較して、自分ははたして何ものであるか? また自分は、不幸なる自分は、いま彼女に何を与え得るか? 何を提供し得るか? カラマーゾフはこれを会得したのです。自分の犯罪が一切の路をふさいでしまった、自分はすでに罰せらるべき罪人であって、生活を許さるべき人間でない、それを悟ったのであります! この自覚は彼を圧倒し、彼を粉砕しました。で、彼はたちまち気ちがいじみたある計画を思いつきました。それはカラマーゾフの性格からいって、恐ろしい境遇からのがれる唯一の、避けがたい解決法と思われたに違いありません。この解決法は自殺であります。彼は官吏ペルホーチンのもとへ入質したピストルを取りに駈けだしました。その途中、彼は走りながら、たったいま父親の血に手を染めて奪った金を、残らずかくしから取り出しました。ああ、この際彼は前よりもっと金が必要だったのであります。カラマーゾフが死のうとしている、カラマーゾフが自殺しようとしているのだ。これは誰でもみんな憶えていなければならない! たしかに彼は詩人でありました! だからこそ、彼は自分の命を、まるで蝋燭のように、両端から燃やしたのであります!『あれのところへ行こう、あれのところへ行こう、――そこで、ああ、そこで、おれは世界じゅうを驚かすような大酒宴をしよう。みなの記憶に残って、永く世の語り草になるような、前古未曾有の大酒宴を開こう。粗い叫び声と、もの狂おしいジプシイの歌と踊りのうちに盃を挙げて、自分の崇拝している女の新しい幸福を祝ってやろう。それから、すぐその場で女の脚下に跪いて、その目の前で頭蓋骨を粉微塵にしよう、自分の命を処刑しよう、あれもいつかは、ミーチャ・カラマーゾフを思い出し、ミーチャが自分を愛していたことを悟って、可哀そうだと思ってくれるだろう?』ここには絵のような美しさと、ロマンチックな興奮と、感傷癖と、カラマーゾフ一流の野性的な向う見ずとがあります。けれど、そこにはまだ別のものがあります。陪審員諸君、何ものかがあります。魂の中で叫び、ひっきりなく心の戸を叩き、死ぬほどに胸を苦しめる何ものかがあります、――この何もの[#「何もの」に傍点]かというのは、――ほかでもない、良心です。陪審員諸君、それは良心の裁判です、それは恐ろしい良心の呵責です! しかし、ピストルはすべてを解決するでしょう、ピストルは唯一の出口です、ほかに救いはありません。そして、あの世では、――私はその瞬間カラマーゾフが『あの世には何があるだろう?』と考えたかどうか、またカラマーゾフハムレットのように、あの世ではどうなるだろう? などと考え得るかどうかわかりません。いや、陪審員諸君。あちらにはハムレットがいますが、こちらにはまだ当分カラマーゾフがあるばかりです!」
 ここでイッポリートは、ミーチャの支度の模様や、ペルチーチンの家や、食料品店や、馭者たちとの交渉や、そういう光景を詳しく展開して見せた。証人に裏書きされたさまざまな言動を引いてきた、――こうして、この絵巻は聴衆の確信に烈しい影響を与えた。とりわけ一同を動かしたのは、事実の重畳であった。この興奮し、夢中になり、おのれを護ろうともしない男の罪は、もはや否定しがたいものになった。「もう彼は自分を護る必要がなかったのです」とイッポリートは言った。「彼はもう少しで、すっかり白状しようとしたことが、二度も三度もありました。ほとんど自分の罪を仄めかしさえしましたが、全部は最後まで言いきらなかったのです(ここに、証人の陳述があげられた)。彼は途中で馭者を摑まえて、『おい、お前は人殺しを乗せているんだぜ!』と叫んだことさえあります。が、やはり全部言ってしまうわけにはゆきませんでした。彼はまずモークロエ村へ行って、そこでその劇詩を完成しなければならなかったのです。しかし、不幸なるミーチャを待っているものは何であったか? ほかでもありません、モークロエヘ着くやいなや、『争う余地なき』競走者に、案外あらそう余地があって、女は新しい幸福に対する祝辞と祝盃とを、彼から受けることを望まない、そういうことが初めは漠然と、やがて最後にはっきりと、彼にわかったのであります。しかし、陪審員諸君、諸君は予審によってすでに事実をご存じのはずです。競争者に対するカラマーゾフの勝利は、争うべからざるものとなりました、――ここにおいて、ああ、ここにおいて彼の心中には、ぜんぜん新しい局面が開かれたのであります。それは彼の心がそれまでに経験したもの、および将来経験すべきもの一切の中で、最も恐ろしい局面なのでした。陪審員諸君、私は断言しますことイッポリートは叫んだ。「蹂躪せられたる自然性と罪ふかき心とは、地上のいかなる裁きよりも完全に彼に復讐したのであります! のみならず、地上の裁きと刑罰とは、天性の刑罰を軽減するものであって、かかる場合、魂を絶望の淵から救うものとして、犯罪者の心にとって、なくて叶わぬものであります。実際グルーシェンカが彼を愛していて、彼のために『もとの恋人』、すなわち『争う余地ない男』をしりぞけ、『ミーチャ』を新生活にいざなって、彼に幸福を約束していることを知った時、カラマーゾフがどんな恐怖と精神的苦痛を感じたか、想像することもできないくらいであります。なぜなら、それはどういう時でしたろう? それは、彼にとって一切が終りを告げ、一切が不可能となった時なのであります! ついでながら、私は当時における被告の境遇の真髄を説明する上に、最も重大な事実を述べておきます。すなわち、この女は、――彼の愛は、最後の瞬間まで、――捕縛される瞬間まで、彼にとってとうてい達し得られないもの、非常に渇望してはいながらも、捉えることのできないものであったのです。しかし、なぜ、なぜ彼はそのとき自殺しなかったのか?なぜ彼は一ど思い立った計画を放棄したのか? どうして自分のピストルのありかさえ忘れたのか? ほかでもない、愛に対するこの恐ろしい渇望と、その時すぐその場でこの渇望を満足させ得るかもしれないという希望が、彼を押し止めなのであります。彼は酒席の喧騒に逆上しながら、自分とともに祝盃を上げる恋人のそばに、ぴったり寄り添っていました。彼女は今までにないくらい美しい、魅力に充ちた女として、彼の目に映じました。彼は女のそばを離れようともせず、じっとその姿に見惚れて、女の前でとろけんばかりでした。この烈しい渇望は一瞬、捕縛の恐怖ばかりか、良心の呵責までも、圧倒し去ったのであります! しかし、それはほんの一瞬間でした!
「私は犯人のその時の精神状態を、想像することができますが、彼の心は三つの要素に圧倒されて、奴隷のようにすっかり服従していたのです。第一の要素は、泥酔と、逆上と、喧騒と、踊りの足音と、甲高い歌と、酔っぱらって顔を真っ赤にしながら、歌ったり、踊ったり、彼を見て笑ったりしている女でした! 第二は、恐ろしい大団円はまだずっとさきのことだ、少くとも近くはない、――明日の朝あたりやって来て、摑まえるくらいなことだろう。してみると、まだ幾時間かある、それだけの時間があれば十分だ、恐ろしく多すぎるくらいだ。幾時間かあれば、ゆっくり考える余裕がある、とこう彼は思っていたのであります。おそらく彼は、絞首台に連れて行かれる罪人と同じような気持でいたのでしょう。そうした罪人というものは、まだ長い長い街を通って、幾千という見物人のそばを歩き、それから角を曲って、別な通りへ出る、そしてその通りのはずれに恐ろしい広場がある、とこういうふうに考えるであります! 死刑囚は、かの恥ずべき馬車に乗って、行列を始めた時、自分の前にはまだ無限の生命がある、と思うに相違ありません。私はそう想像します。けれども、やがて家々は過ぎ去り、馬車はますます刑場に近づいて行く、――ああ、しかしそれでも彼はまだ驚かない。次の通りへ曲る角まではまだだいぶ遠い。で、彼はやはり元気よく左右を見まわし、自分を見つめている数千人の冷淡な、もの好きな群衆を眺めています。そして、いつまでも、自分だって彼らと同じ人間だ、という気がするのであります。が、とうとう次の通りへ曲る角まで行きます。ああ! それでも、まだ大丈夫、大丈夫まだ長い通りがある。いくら家が過ぎ去っても、彼はやはり『まだまだたくさん家がある』と思っているでしょう。こうして、最後まで、刑場へつくまでつづくのです。思うに、あの時カラマーゾフもそういうふうだったのでしょう。『まだ、その筋の手は廻りゃしまい。まだのがれる道はあるだろう。なあに、まだ弁解の計画を立てる余裕はある。まだ、抗弁の方法を考え出す暇はある。だが、今は、今は、――今はあれがこんなに美しいんだもの!』と思ったに違いありません。むろん、彼の心は混乱と恐怖に満ちていました。しかも、彼はその金の半分を取りのけて、どこかへ隠す余裕はありました、――でないと、たったいま父親の枕の下から取り出して来たばかりの三千ルーブリが、半分どこへ消え失せたか説明できません。彼がモークロエヘ来たのは初めてでなく、もう前にそこで二昼夜も遊んだことがありますから、この古い、大きな木造の家は、納屋から廊下の隅まで、よく知っていたのです。私の想像によれば、その金の一部分は、補縛される少し前に、どこかこの家の中の隙間か、さけ目か、床板の下か、あるいはどこかの隅か、屋根裏にでも隠したのであります、――なぜか? わかりきっています。大詰めの幕がすぐにも迫って来るかもしれないからです。むろん、彼はその大詰めをいかに迎うべきかを考えてもいなかったし、また考える余裕もなかった。それに、頭の中がずきんずきんして、心は絶えず『彼女』のほうへ引き摺られていたのであります。しかし、金は、――金はどんな境遇におちいっても必要なものです。人間は金さえ持っておれば、どこへ行っても人間あつかいされます。諸君はこうした場合、こんな打算をするのを、不自然だと思われるかもしれません? けれど、彼自身主張するところによると、彼は兇行の一カ月まえ、彼にとって最も不安なきわどい時に、三千ルーブリの中から半分だけ分けて、守り袋に縫い込んだとのことではありませんか。それはむろん事実ではありません、そのことは今にすぐ説明しますが、しかしそれにしても、カラマーゾフにとって、そういう考えは珍しくないことであります。のみならず、その後、彼は予審判事に、千五百ルーブリを袋(そんなものはかつて存在しなかったのです)の中へ入れておいたと言いましたが、それはその瞬間とつぜん霊感によって、この守り袋を考え出したのかもしれません。なぜなら、彼はその二時間まえに半分の金を、まさかのとき自分で持っていてはよくないからというので、ちょっと朝まで、モークロエのどこかへ隠しておいたからであります。
陪審員諸君、カラマーゾフは二つの深淵を見ることができる、しかも同時に見ることができる、ということを思い浮べて下さい! われわれはその家を捜索したが、金は見つからなかったのです。その金は今でもまだ、あそこにあるかもしれませんが、あるいは翌日消え失せて、いま被告の手もとにあるかもしれません。とにかく、彼は捕縛されたとき女のそばにいて、その前に跪いていました。女が寝台の上に横になっていると、彼はそのほうへ両手をさし伸べて、一瞬間なにもかもすっかり忘れつくしていたので、警官の近づいて来る物音さえ、耳に入らなかったくらいであります。彼はまだ少しも答弁を考えていませんでした。彼も、彼の知恵も、不用意のうちに捕えられたのです。
「こうして、彼は自分の運命の支配者たる、裁判官の前に立ったのであります。陪審員諸君、われわれは自分の義務を自覚しながらも、罪人の前にいるのが恐ろしくなることがあります、その人間のために恐ろしく思うことがあります! これは、罪人が動物的恐怖を直覚した瞬間であります。すなわち進退きわまったことを感じながらも、なお敵と戦い、かつこれからさきも、あくまで戦おうと思っている瞬間なのであります。あらゆる自己保存の本能が心中に勃発して、彼は自分を救おうとあせりながらも、さし透すような、不審げな、悩ましそうな目つきをして敵を見つめ、その肚の中を見抜こうとして、その顔いろや思想を研究し、敵がどっちから打ち込むか待ち構えながら、自分の動乱した心のうちに、一時に幾千となく計画を作ってみるが、やはり言い出すのが恐ろしい、うっかり口をすべらしたら大へんだ、という時に生ずる感じであります。これは、人間の心が最も卑しむべき姿をしている時で、魂の彷徨であり、自己保存の動物的渇望であって、――実に恐ろしいものであります。時によると、予審判事すら慄然たらしめ、罪人に同情を起させるほどであります。現にその時、われわれはそれを目撃しました。最初、彼は顛倒して、恐ろしさのあまり自分を裏切るようなことを、二こと三こと口走りました。『血だ! 報いがきた!』などと言いましたが、すぐ自分を抑えました。どう言ったものか、何と答えたものか、――彼には一こう準備ができていませんでした。ただ『親父の横死については罪はありません!』という、口さきばかりの否定が準備されているだけ、それが当座の防壁で、その防壁の向うに、彼はまた椢のようなものを作ろうと思ったのであります。彼はわれわれの訊問にさき廻りしながら、急いで最初の自縄自縛の叫びを揉み消そうとしました。つまり、下男グリゴーリイの死にだけは責任がある、と言うのです。『この血を流したのは、私です。だが、親父を殺したのは、誰でしょう。みなさん、誰が殺したのでしょう? もし私でなければ[#「私でなければ」に傍点]誰でしょう?』と。どうでしょう、訊問に行ったわれわれに対して、あべこべにこう反問するじゃありませんか。どうです、彼は『もし私でなければ』などと、さき廻りして口をすべらしています。これは動物的狡知です、これはカラマーゾフ一流の単純と性急です! おれが殺したのじゃない、おれが殺したなんてことは、考えるだけでも承知しないぞ。『私も殺そうとは思いました、みなさん、殺そうと思うには思いました』と急いで彼は白状しました。(彼は急いでいました、ええ、やたらに急いでいました!)『しかし、それでも私に罪はありません。私が殺したのではありません!』彼はわれわれに譲歩して、殺そうと思ったと言いました。つまり、自分はこのとおり真っ正直な人間だから、下手人でないことを信じてもらいたい、こういったような意味なのです。
「実際こういう場合、罪人はどうかするとひどく軽はずみになって、うかうかものを信じることがあるものです。そこを見込んで、裁判官はいかにも何げないていを装って、『じゃ、スメルジャコフが殺したのではないか?』と、とつぜん無邪気な質問を持ちかけました。すると、はたして予期にたがわず、われわれがさき廻りしてふいに急所を押えたので、被告はひどく腹を立てました。彼はまだ十分に準備ができていなかったし、またスメルジャコフを持ち出すのに、最も好都合な時期を摑んでもいなかったのです。彼は例のとおり、たちまち極端に走って、スメルジャコフに殺せるはずはない、あれは人を殺せるような男ではない、と一生懸命に説き始めました。けれど、それを信じてはいけない、それはただ彼の狡知にすぎないのです。彼は決して、スメルジャコフという考えを抛棄したわけじゃありません。それどころか反対に、もう一ど持ち出そうと思っていたのです。つまり、スメルジャコフのほかには、誰も引っぱり出すものがないからです。しかし、今は好機を傷つけられたから、あとでその策をめぐらそう、と考えたのであります。そこで、彼は翌日か、あるいは幾日かたった後に、いい機会を見て自分のほうから、『どうです、私はあなた方より以上にスメルジャコフを弁護したものです、それはご存じでしょう。しかし、今となって、私は彼が殺したのだと確信しました。むろん、あいつでなくてどうしましょう!』とこう叫ぶつもりだったのです。しかし、しばらくの間、彼は暗黒ないらだたしい否定の調子におちいっていましたが、その間に、激昂と憤怒に駆られて、自分は父親の家の窓を覗いたきりで、うやうやしく立ち去ったなどという、実にばかばかしい途方もない弁明をしました。要するに、彼はまだ事情を知らなかったのです。よみがえったグリゴーリイがどんな申し立てをしたか、その程度を知らなかったのであります。やがて、われわれは身体検査に着手しました。それは彼を憤慨させたけれど、また元気を与えもしました。三千ルーブリの金が全部みつからないで、やっと千五百ルーブリだけ発見されたにすぎないからです。もう疑う余地はありません、腹をたてて無言の否定をつづけている間に、彼は初めて、それこそ生れてはじめて、守り袋のことをひょっくり考えついたのであります。ひろん、彼は自分の虚構の不自然を感じて苦心しました。どうかしてもっと自然に見せかけて、もっともらしい一つの小説を組み立てようと苦心しました。この場合、われわれの最も緊急な任務は、――われわれの最も主要な仕事は、被告に答弁の準備をさせないで、稚気と不自然と矛盾に満ちたことを言わせるために、不意打ちを食わせることであります。いかにも偶然らしく突然に、何か新しい事実なり状況なりを告げて、筱に口をすべらせるのが肝腎であります。ただし、その事実は非常に重大な価値を有していて、しかも、それまで被告がまったく予想さえしなかったような、意外なものでなくてはなりません。その事実はすでに準備されていました。そうです、もうとっくから準備されていたのです。それはほかでもありません、例の戸が開いていた、そして被告はそこから逃げ出したのだという、蘇生した下男グリゴーリイの申し立てであります。被告はこの戸のことを、すっかり忘れていたのです。グリゴーリイが戸の開いているのを見ようなどとは、夢にも思わなかったのであります。したがって、その効果は驚くべきものがありました。彼は飛びあがるなり、私たちに向って、『それはスメルジャコフが殺したんです、スメルジャコフです!』と叫びました。こうして、かねて用意していた一ばん大切な奥の手を出したのですが、それは実にお話にならないほど、不合理な形をとって現われたのです。なぜなら、スメルジャコフは彼がグリゴーリイを打ち倒して逃げたあとでなければ、兇行を演じるわけに行かなかったからであります。で、私たちが被告に向って、グリゴーリイは倒れる前に戸の開いているのを見たのだし、また彼が自分の寝室から出た時にも、仕切りの陰でスメルジャコフが唸っているのを耳にしたのだ、とこう言って話して聞かせると、カラマーゾフはぐっと詰ってしまいました。私の同僚で、明敏な頭脳の所有者である、尊敬すべきニコライ・パルフェノヴィッチが、あとで私に話したことですが、彼はその瞬間、涙が出るほど被告を可哀そうに思ったとのことであります。このおり被告は事態を挽回しようと思って、例の喧しい守り袋のことを急いで持ち出しました。じゃ、仕方がない、一つこの小説をお聞き下さい、というわけです!
陪審員諸君、すでに述べましたとおり、一カ月まえに金を守り袋の中に縫い込んだというこの作り話は、単にばかばかしいのみならず、とうていあり得べからざるごまかしだと思います。この際、これ以上ほんとうらしくない説明は、鉦太鼓でも捜し出せやしません。これ以上に不合理なことは、懸賞で捜しても見つかりっこないでしょう。こんな場合、勝ち誇っているこの種の小説家を、罠にかけて取りひしいでしまうのは、まず何よりもデテールであります。実生活が常に豊富に持っているにもかかわらず、これらの意識せざる不幸な作者によって、いつも無意味な必要のない些事として軽蔑され、かつて一度も注意されることのないようなデテールであります。そうです、彼らはその瞬間、そんなデテールなど考えている暇がありません。彼らの頭はただ大きな全体を作り上げるばかりです。そこで、今こんな瑣末な事柄を訊問するとは何だ! という感じをいだくに相違ありません。しかし、そこが彼らの尻尾を押える手なのです! まず被告に向って、あなたはその袋の材料をどこから持って来ましたか、誰にその袋を縫ってもらいましたか、とこう訊きます。自分で縫いました、と被告は答えます。『では、きれはどこから持ってきたのです?』すると、被告はもう腹をたてて、そんなつまらない事柄を訊くのは、自分を侮辱するようなものだと言います。しかも、それが本気なのです、まったく本気なのです! しかし、彼らはみんなそんなふうなのであります。自分のシャツを引きちぎったのです、と被告は答えます。『なるほど、では、あなたの洗濯物のなかに、その引き裂いたシャツがあるかどうか捜してみましょう。』どうでしょう、陪審員諸君、もし実際そのシャツが捜し出せたなら(もしそのシャツが実際あるものとすれば、どうしたって被告の鞄の中か、手箱の中になければならぬはずですから)、それはすでに一つの事実です、彼の申し立てを裏書きする有力な事実であります。けれど、彼はそういうことを落ちついて考えられないのです、――私はよく覚えていませんが、たぶんシャツから取ったのじゃなくて、かみさんのナイト・キャップで縫ったかもしれません、とこう言います。――どんなナイト・キャップです? ――私がかみさんのとこから取って来たのです。かみさんのとこにごろごろしていたのです、古いぼろきれです。――では、あなたは確かにそう記憶しているのですね?――いや、しかとは記憶していません……人間にとって、むやみに怒るのです。しかし、考えてごらんなさい、そんなことが憶えていられないはずはないじゃありませんか!………人間にとって最も恐ろしい瞬間、例えば刑場へ引かれて行く時などには、かえってこうした些細な事柄を思い出すものです。何もかも忘れていたものが、途中でちらりと目に映じた緑いろの屋根とか、あるいは十宇架にとまっている臼嘴鴉とか、そういうものをむしろ思い出すのであります、実際、彼はその守り袋を縫う時、人目を避けたに相違ありません。針を手にしながら、自分の部屋へ誰か入って来はしないか、誰かに見つけられはしないかと、恐怖のためにあさましい苦心をしたことを、記憶していなければならないはずです、――ちょっと戸をたたく音がしても、すぐ飛びあがって、衝立ての陰へ駈け込んだに違いありません(彼の部屋には衝立てがありました)……
「しかし、陪審員諸君、私は何のためにこんなことを、こんなこまごましい事実を諸君に述べているのでしょう!」イッポリートは、突然こう叫んだ。「ほかでもない、被告が今にいたるまで、このばかばかしい虚構を、頑強に固守しているからであります! 彼にとって宿命的なあの夜以来、まる二カ月の間というもの、被告は何一つ闡明しようとしません。まるで夢のような以前の申し立てを説明するような現実的状況は、一つとしてつけ加えられないのであります。そんなことは些細なことです、あなた方は名誉にかけて、私の言うことを信頼なさるがいい、とこう彼は申します! ああ、それを信ずることができたら、私たちはどんなに嬉しいでしょう。まったく名誉にかけてでも信じたいと渇望しています! 実際、われわれは人間の血に渇した豺狼ではありません。どうか被告の利益になるような事実を、一つでもいいから挙げて下さい、そうしたら、われわれはどんなに喜ぶでしょう。だが、それは五官に感じ得る現実的の事実でなくては駄目です。肉身の弟の主張する被告の表情からきた結論や、また被告が闇の申で自分の胸を打ったのは、必ず守り袋をさしたに相違ない、というような申し立てでは困ります。われわれは新しい事実を喜びます。そして、何人よりもさきに自分の主張を撤回します、すぐにも撤回します。しかし、今は正義が絶叫していますから、われわれはどこまでも以前の説を主張しなければなりません、いささかなりとも撤回することはできません。」
 こう言って、イッポリートは結論に移った。彼は熱病にでもかかったように、流された血のために、――『下劣な掠奪の目的をもって』わが子に殺された父親の血のために絶叫したのである。彼はさまざまな事実の悲惨にして明白な累積を熱心に指摘した。
「諸君は、才幹あり名誉ある弁護士の口から何を聞かれようとも(イッポリートは我慢しきれなかったのである)、また、諸君の心を震撼するような感動に充ちた雄弁が、どれほど彼の口からほとばしり出ようとも、諸君はこの場合、彼が神聖なる正義の法廷にあることを記憶せられたいのであります。諸君はわれわれの正義の擁護者であり、わが神聖なるロシヤと、その基礎と、その家族制度と、その聖なるものとの擁護者であることを、深く記憶せられたいのであります! そうです、諸君は今ここに全ロシヤを代表しておられるので、諸君の判決はただにこの法廷のみならず、全ロシヤに響き渡るのであります。そして全ロシヤはおのれの擁護者、おのれの裁判官として諸君の判決を聞き、それによって励まされもすれば、また失望もするでありましょう。願わくば、ロシヤとその期待に添われんことを。わが運命のトロイカは、あるいは滅亡に向って突進しないものでもありません。すでに久しい以前から全ロシヤの人々は、双手を伸べて叫びながら、狂気のごとく傍若無人な疾走を止めようとしています。よしんば他の国民が、そのまっしぐらに走るトロイカを避けるとしても、それは詩人が望んだように敬意のためではなくして、単に恐怖のためであります、――これはとくにご注意願います。あるいは恐怖のためではなくて、嫌悪の念からかもしれません。まだ人が避けてくれる間は結構ですが、あるいは他日、ふいに避けることをやめるかもしれません。自己を救うために、開化と文明のために、狂暴に疾走する幻の前に頑強な墻壁となってそそり立ち、わが狂おしい放縦な疾走を止めるかもしれません! われわれはこの不安な声をすでにヨーロッパから聞きました。その声はすでに響き始めたのであります。諸君、願わくば、息子の実父殺しを是認するがごとき判