京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

『おとなしい女』その2   (『ドストエーフスキイ全集14 作家の日記上』P509~P520、1970年、米川正夫による翻訳、筑摩書房)[挑戦12日目]

創らざるを得なかったのだ、――だが、実際、わたしはなんだって自分をそしっているのか! システムは真摯なものであった。いや、まあ、聞いてもらおう、人を裁くなら、事柄を知ったうえで裁くべきだ……そこで、聞いてもらおう。
 さて、どんなふうに始めたものだろう、こいつは実にむずかしい。自己弁護をはじめると、――たちまち事がむずかしくなるものだ。さて若い人たちは、例えば、金を軽蔑する、――ところが、わたしはすぐ金をやかましくいいだした。一にも金、二にも金というふうにやった。あまりやかましくなったので、彼女はだんだん無口になってきた。大きな目をして、黙って人の顔を見て、そして口をつぐんでしまう。さて、若い人というものは寛大である。つまり、たちのいい若い人は寛大で、しかも衝動的なものである。ただ忍耐力がなくて、ちょっとでも気に染まぬことがあると、もうさっそく軽蔑をいだくのだ。ところが、わたしは博大さがほしかったのである。わたしは博大さを直接こころへ、こころの目へ接木《つぎき》したいと思った。それがほんとうではなかろうか? 卑近な例をとってみると、例えば、わたしはどんなふうにして、彼女のような性質をもった人間に質店を説明したらよいのだ? もちろん、わたしはまっすぐには切り出さなかった。でないと、わたしが質店のことでゆるしを乞うているような形になったからだ。で、わたしは、いわば矜持の態度で行動し、ほとんど沈黙によって語ったのである。元来、わたしは沈黙によって語る名人である。わたしは生涯、沈黙によって語り通してきた。われとわが身を相手に、数々の悲劇を黙って体験してきた。おお、わたし自身も不幸な人間だったのである! わたしはみんなから見棄てられた。見棄てられて、忘れられたのだ。しかも、だれ一人、まったくだれ一人これを知るものはない! ところが、急にこの十六の小娘が、その後、卑劣な人間どもから、わたしのことをこまごまと聞いて来て、自分はなにもかも知っていると考えた。しかし、最も貴重な真相は、ただわたしの胸の中にのみ依然として残っていたのである! わたしは相変わらず黙っていた。とくに、とくに彼女とは、つい昨日まで口をきかなかった、――なぜ口をきかなかったのか? 矜持を有する人間としてである。わたしがいわずとも、彼女が自分で知ることを望んだのである。ただし、卑劣な人間どもの話によらないで、自分で[#「自分で」に傍点]わたしという人間のことを洞察し[#「洞察し」に傍点]、理解することを望んだのである! 彼女をわが家へ迎え入れる際に、わたしは満腔の尊敬を欲した。彼女が、わたしの前にわたしの受けてきた苦悩のために祈念しながら立つ、それをわたしは望んだのである、――わたしにはそれだけの値うちがあったのだ。おお、わたしは常に驕慢であった、わたしは常に全か無かを望んだ! つまり、わたしは幸福において中途半端がきらいで、すべてを望んだからである、――つまり、それがために、わたしはその時、『自分から察して、尊重するがいい!』という態度をとらざるを得なかったのである。なぜなら、察してもらえることと思うが、――もしわたしが自分で彼女に説明したり、口を添えたり、機嫌をとったり、尊敬を求めたりすれば、――それこそ、わたしは施し物を乞うと同じことになるではないか……しかし、……しかし、なんだってわたしはこんなことをいってるのだろう!
 愚劣だ、愚劣だ、愚劣だ、愚劣だ! そのときわたしは真正面から容赦なく容赦なく(ということを、眼目にしていたのである)、彼女に向かって、若い人たちの寛大さは美しくはあるが、一文の値うちもないと、たった二ことで説明してやった。なぜに値うちがないか? なぜなら、それは安価に手に入るものだからである、生活をしないで得たもので、いわば「生存の最初の印象」だからである。まあ、ひとつきみたちが苦労して働いているところを見ようじゃないか! 安価な寛大さは、いつでも軽々しいもので、命を投げ出すことさえ、――それさえ安価なものだ。なぜなら、ただ血が沸き立ち、力があり余って、熱情的に美を欲しているにすぎないからだ! いや、ひとつ、じみで、困難な、世に聞こえない寛大の功業、光彩がなく、誹謗を伴う、犠牲のみ多くて、かけらほどの名誉もない寛大の功業をとってみたまえ、――自分は地上のだれより潔白であるにもかかわらず、その立派な人間である自分が、世人の前に卑劣漢あつかいされるような功業、――まあ、ひとつこんなのをためしにやってみたまえ、それこそきみはお辞儀をしてしまうだろう! ところが、わたしは、――わたしは生涯、ただそうした功業のみを担ってきたのだ。こういうと、彼女も初めは争った。いやはや、なかなか手ひどく争いもしたが、その後、だんだん口数が少なくなり、ついにはすっかり黙り込んでしまった、ただ注意ぶかい目だけを、恐ろしく大きく見はって聞いているばかり。そして……そしておまけに、わたしはあるときふいに、疑りぶかそうな、無言の、薄気味わるい微笑に気がついた。つまり、この微笑とともに、わたしは彼女をわが家へ迎え入れたのである。もっとも、彼女としては、もうどこへも行くさきがなかったのだけれど……

   4 なにもかも計画で持ちきり

 その時は、わたしたちのうちだれが口火をつけたか?
 だれでもない。第一歩から自然に始まったのである。わたしはまえに、自分は厳格を旨として、彼女をわが家へ迎え入れたといったが、しかし第一歩から早くも軟化してしまった。まだ許嫁《いいなずけ》の頃から、質をとって金を渡す係になるのだと、彼女にいいわたしておいた。が、彼女はその時はなんにもいわなかった(この点に注意してもらいたい)。のみならず、――彼女は熱心に仕事にとりかかったほどである。もちろん、住居、家具、――それらはすべてもとのとおりであった。住居は二間。一つは大きな広間で、そこに帳場がしきられてある。もう一つは同じように大きな部屋で、それはわたしたち共同の居間になっており、また同時に寝室ともなっていたのである。わたしの家の家具は貧弱なもので、叔母の家のほうがいいくらいだった。お厨子には燈明がついていて、それは帳場をしつらえた広間にある。が、わたしの部屋には戸棚があって、その中には数冊の書物が入っていた。行李も一つあって、鍵はすべてわたしが持っていた。なおそこには寝台、椅子、テーブルがある。彼女がまだ許嫁だった間に、わたしは日常の経費、つまりわたしと、彼女と、わたしがこちらへ横取りしたルケリヤと、この三人の食費は一日一ルーブリとして、それを超過してはならぬ、といいわたしておいた。「わたしは三年の間に、三万ルーブリこしらえなければならないが、そうでもしなければ、金は残りゃしないからね」彼女はべつに異議は申し立てなかったのだが、わたしのほうで経費を三十コペイカだけ増すことにした。芝居も同様である。婚約時代に、わたしはさきざき芝居など見ないといったくせに、月に一度は劇場へも行くことにして、しかも上品に平土間に席を取ったものである。わたしたちはいっしょに三度ばかり行った。たしか『幸福の追求』だの『歌う小鳥』だのを見たように思う。(おお、下らない、下らない!)黙って行って、黙って帰って来た。なぜ、いったいなぜわたしたちはそもそもの初めから、黙っている癖をつけてしまったのだろう? 初めはいさかいなどはなかったが、どこまでもだんまり[#「だんまり」に傍点]であった。覚えているが、彼女はその頃いつも何やらそっとわたしを盗み見していた。わたしはそれに気がつくと、さらに沈黙を強めた。もっとも、沈黙で押していこうとしたのはわたしであって、彼女ではなかった。彼女のほうからいえば、一度か二度、衝動にかられて、いきなりわたしに抱きついたことがある。しかし、その衝動は病的なヒステリックなもので、わたしの必要としたのは、彼女からの尊敬を伴った堅固な幸福だったから、わたしは冷やかにそれを受けた。またそれでよかったのだ、いつも衝動のあった翌日は、きっと喧嘩になったから。
 といって、この場合もやはり喧嘩はなかったのだが、沈黙があった。そして、――そして彼女のほうからますますふてぶてしい顔つきを見せるようになった。「叛逆と独立」――これなのであった。ただ彼女にはそれがうまくゆかなかった。さて、あのおとなしい顔がますますふてぶてしくなっていった。うち明けていうと、彼女はわたしが虫唾《むしず》が走るほどいやになってきたのである。わたしはちゃんとそれを研究したのだ。とにかく、彼女が衝動的に自制を失ったということは、なんの疑いもなかった。まあ、早い話が、あんな不潔と貧乏の中からぬけ出して来て、ついこの間まで床まで洗っていたくせに、急にわたしたちの貧乏をせせら笑うではないか! 断わっておくが、それは貧乏ではなくて節約だったのだ。もし必要とあれば贅沢もしたので、例えば肌着とか、清潔という点では、けちけちしなかった。わたしはいつも前から、夫が身のまわりを清潔にしていることは、妻にとってうれしいものだと空想していた。もっとも、彼女が不平だったのは、貧乏ではなくて、わたしの節約の中にある、一見吝嗇と思われる点なのである。「目的があって堅固な性格を持っているということを、見せびらかしたいのだ」と腹の中でせせら笑っていたのである。彼女は急に自分から芝居見物を辞退した。嘲りのかげはますます濃くなってゆくが――わたしのほうはいやがうえに沈黙を深める。
 弁解がましいことはすべきでないだろうか? ここでいちばんかんじんな問題は質店である。失礼ながら――女、ことに十六やそこいらの娘が、絶対に男に服従しないわけにいかないことを、わたしは承知していた。女には独自性がない。これは、――これは公理である。今でさえ、今でさえ、わたしにとっては公理である! なに、広間にあれが冷たく横たわっているからって、それがなんだ、――真理は真理である。この場合よしんばミル(ジョン・スチュアート・ミルのことか)が出て来たって、なんとも致し方がないのだ! ところで恋する女、おお、恋する女は、――愛するものの悪徳、悪行をすら、神のように崇めるものである。女が恋人の悪行のために見いだすような弁解は、男がどんなに苦心したって、自分でさがし出せないくらいである。これは寛大ではあるが、独自性ではない。女を滅ぼしたのは、ただ非独自性というやつだけである。あれがなんだ。わたしはくり返していう、きみがいくらあすこのテーブルの上をさして見せたって、びくともしやしない。いったいあのテーブルの上に横たわっているものが、はたして独自的なものだろうか? おお――おお!
 さてそこで、そのころわたしは彼女の愛を確信していた。なにしろその頃、彼女はわたしの首っ玉にかじりついていたではないか。してみると、愛していたのだ、いや、正確にいえば、愛そうと望んでいたのだ。そうだ、まさにそのとおり、愛そうと望んでいたのだ、愛そうと希求していたのだ。要するに、彼女がそのために弁解をさがさなければならないような悪行すらも、そこには微塵もなかったのである。諸君は質屋とひと口にいう、人もみんなそういう。だが、質屋がいったいどうしたというのだ? もし世にもまれな大きな心を持った人間が、質屋になったとすれば、そこにはなんらかの理由があるわけである。さて、諸君、世の中にはこういう思想がある……つまり、ある種の思想を口に出して言葉で発表すると、恐ろしく愚劣なものになることがある。われながら恥ずかしくなることがある。なぜだろう? なぜでもない。われわれがみなやくざもので、真実にたえ得ないからである。それでなければ、わたしにはもう何もわからない。わたしは今、「世にもまれな大きな、心を持った人間」といった。これは滑稽ではあるが、しかしまたそのとおりだったのである。なにしろ、それはほんとうのことだったのだ、つまり、最も真実味のこもった真実だったのだ! そうだ。そのときわたしは自分を保証するために、この質店を開こうと考える権利を持っていた[#「権利を持っていた」に傍点]のだ。「諸君はわたしを排斥した。諸君、つまり人々は、わたしを侮蔑に充ちた沈黙で追い払った。諸君に対するわたしの熱烈な衝動に対して、諸君はわたしの生涯わすれることのできない侮辱をもって答えたのだ。したがって、今のわたしは諸君と隔絶するために障壁を立てまわし、例の三万ルーブリという金を集めて、どこかクリミヤの南海岸の、山の中の葡萄園へでも行って、その三万ルーブリで領地を買い込み、生涯をおえる権利があったのだ。要は、諸君から遠ざかることなのだが、しかし諸君に恨みを持つようなことはなく、心に理想を持ち、愛する女と、神の授けがあったら家族といっしょに、――近くの村民たちを助けながら暮らすのだ」
 もちろん、いまわたしは独りでこれをいっているからいいようなものの、もしわたしがあの時口に出して、あれにこんなことをこまごまと吹聴したら、それ以上ばかげた話はなかろうではないか? つまり、これがゆえに傲慢な沈黙となったのであり、二人が黙々として暮らしていたわけである。こういった次第で、彼女にいったい何を理解することができよう? 十六という蕾の花、――それで、わたしの弁解や苦悩を聞いたところで、何を理解することができよう? そこにはただ直線的な一本気と、世間知らずと、幼い安価な信念と、「美しい心の」盲目しかない。そこへ持ってきて、何よりいけないのは、――質屋、それでもう万事休すなのだ!(いったいわたしは質屋で悪いことでもしただろうか、彼女にしたって、わたしがどんなふうにしていたか、見ていたはずではないか、いったい余分な利息でも取ったことがあるだろうか?)おお、地上の真実はなんと恐ろしいものであるか! あのかわいいおとなしい女、あの青空のように純な彼女が、暴君であったのだ。わたしの心にとってたえがたい暴君であり、迫害者であったのだ! もしこれをいわなければ、わたしは自分を誹謗することになる! いったい諸君は、わたしが彼女を愛していなかったと思うか? わたしが彼女を愛していなかったと、はたしてだれがいいうるか? ところが、そこに皮肉があったのだ、運命と自然の意地の悪い皮肉があったのだ! われわれは呪われている、総じて人間の生活はのろわれている!(わたしの生活はことにしかりである!)今ではわたしも、自分がこの問題で何か過ちを犯したのだ、ということがうなずかれる! とにかく、そのとき何やら見当違いなことができたのだ。わたしにしてみれば、なにもかも明瞭であった、わたしの計画は大空のごとく明らかだったのである。「厳しく、傲慢で、何|人《ぴと》からも精神的慰安など求めず、黙って苦しんでいるのだ」まったくそのとおりなので、うそはつかなかった、決してうそはつかなかった!「いずれ後になって、あれも自分で、そこに大きな心のあったことに気がつくだろうが、今のところ、それを認めることができないのだ。――そのかわり、いつか気がつけば、十倍もその価値を認め、手を合せて拝みながら、穴があったら入りたいくらいに思うだろう」これが計画であった。が、わたしはそこに何かを忘れていたか、さもなくば見落としていたのだ。そこには何か、うまくやりおおせないことがあったのだ。しかし、もうたくさん、たくさんだ! 今さらだれにゆるしを乞うのだ? すんだことはすんだことだ。人間よ、もっと勇敢であれ、傲慢であれ! お前が悪いのではない!………
 なに、かまうものか、わたしは真実をいおう、真実の前に面と向かって立つことを恐れまい。あれ[#「あれ」に傍点]が悪いのだ、あれ[#「あれ」に傍点]が悪いのだ!………

   5 おとなしい女の叛逆

 いさかいが始まった。彼女が急に自分勝手に金を貸そうという了見をおこし、品物を価格以上に値踏みして、二度もこの問題でわたしといい合いをはじめた、それがもとなのであった。わたしは応じなかった。ところが、そこへあの大尉夫人がからむこととなったのである。
 年とった大尉夫人がロケットを持って来た、――亡夫の贈物で、いわずと知れた記念《かたみ》である。わたしは三十ルーブリ貸してやった。老夫人はめそめそと愚痴をならべ、品物を大切に保存してくれるようにと頼みはじめた、――もちろん、ちゃんと保存しましょうといった。さて、まあ、手短かにいってしまうが、それから五日ばかりして、とつぜん八ルーブリもしないような腕環と取り換えに来た。わたしはもちろん、拒絶した。そのとき老女はきっと、妻の目つきで何事かを悟ったのだろう、とにかく、その後でわたしのいない時にやって来た。すると、妻は彼女にロケットを入れ換えてやった。
 その日のうちにこの始末を知ると、わたしは言葉おだやかに、毅然とした調子で、条理をつくしていって聞かせた。彼女は寝台に腰かけて、右の靴さきで絨毯を軽くこつこつやりながら(彼女の癖だ)、床を見つめていた。その唇には、たちのよくない微笑が浮かんでいる。そのときわたしは少しも声を高めず、おちつきはらって、金はわたし[#「わたし」に傍点]のものであること、わたしはわたし[#「わたし」に傍点]の目で人生を見る権利があることを声明し、彼女を家へ迎える時に、なに一つ隠さずに話したはずだが、といった。
 彼女はだしぬけにおどりあがって、急に全身をわなわなふるわせたかと思うと、――どうだろう、いきなりわたしに向かって地団太を踏みだした。それは野獣だった、発作だった、発作にかかった野獣だった。わたしは驚きのあまり茫然としてしまった。こんな所作はまったく思いもよらないことであった。しかし、わたしはわれを失うようなことはなく、身じろぎさえしなかった。そして、またもや前と同じおちついた声で、今後はわたしの仕事に手を出してもらうまい、と真正面から言明した。彼女はわたしの鼻さきでからからと笑って、ぷいと家を出て行った。
 ここで問題は、彼女は家を出る権利を持たない、ということであった。わたしといっしょでなければ、どこへも出ないというのが、まだ婚約時代からの約束であった。夕方になって、彼女は戻って来た。わたしはひとこともいわなかった。
 翌日もやはり朝から出て行った。翌々日も同様である。わたしは店を閉めて、叔母たちのところへ出向いた。彼らとは結婚の時以来、ぴったり関係を断っていた、――こちらへも呼ばなければ、こちらから出かけても行かなかった。さて、聞いてみると、彼女は叔母たちのところへは行っていなかった。二人は好奇の面もちで、わたしの言葉を聞きおわると、面と向かってわたしをせせら笑った。「あんたなんかには、それくらいのことがあたりまえですよ」とこういうのだ。しかし、わたしは彼らの冷笑を覚悟していた。そこで、老嬢の若いほうの叔母を百ルーブリで買収して、二十五ルーブリ先払いにしてやった。二日たって、彼女がわたしのところへやって来ていうことには、「これにはね、昔あなたの連隊仲間だったエフィーモヴィチとかいう中尉が、かかり合っていますよ」わたしはすっかりあきれてしまった。このエフィーモヴィチという男は、連隊時代にだれよりもわたしに悪いことを仕向けたくせに、ひと月ばかり前にあつかましくも二度ばかり、質入れするような顔をして店へやって来て、忘れもしない、その時さっそく妻を相手に笑ったりなどしたのである。わたしはいきなりやつのそばへ寄って、お互いの関係を思い出したら来られた義理ではあるまい、といってやった。しかし、別段これという考えは頭になく、あまりずうずうしい野郎だと思っただけの話である。ところが、いまとつぜん、叔母の口から、妻はその男と逢引きの約束をしていること、万事は叔母たちの古い知人であるユーリヤ・サムソーノヴナという後家さん、しかも大佐未亡人が計らっている、ということを聞かされたのである。「あなたの奥さんは、今そのひとのとこへ出入りしてるんですよ」というのだ。
 細かいいきさつは端折るとしよう。この一件は、わたしに三百ルーブリからの散財をさせたが、とにかく、二昼夜の間にわたしは手筈をきめて、隣室のぴったり閉まった扉の陰に立って、わたしの妻とエフィーモヴィチとの最初の|rendezvouse《ランデヴー》を立ち聴きすることになった。ところが、こうして手ぐすね引いて待っているその前夜に、わたしと妻との間に一場の短い、しかしわたしにとってあまりに意味深長な場面が演じられた。
 彼女は日暮れ前に帰って来て、寝台に腰をおろし、せせら笑うようにわたしを見ながら、片足で絨毯をこつこつやっている。それを見ているうちに、わたしの頭にはそのときふいに、つぎのような考えが閃いた。この一か月、あるいはもっと正確にいえば、最近の二週間ばかりというもの、彼女はまるで性格が変わっていた、いな、むしろ反対の性格になっていた、といってもいいくらいである。ともすれば、人にくってかかる、荒々しい、無恥とはいえないが混沌とした、みずから混乱を求めるような人間になっていた。好んで混乱の中へ飛び込んで行こうとするのだが、しかしつつましさが邪魔をしていた。こういう女が謀叛を起こすと、いきなり度はずれのことをしてはみるものの、それはわれとわが身に暴虐を加え、われとわが身を追い立てているのであって、自分の純潔と羞恥心とを、だれよりも彼女自身、処理しかねていることが見えすいている。だから、こういう女はときどき、あまり突拍子もないことをやりだすので、かえってはたの者が、自分の観察力を信じかねるくらいである。ところが、淫蕩に慣れた女となると、その反対に、いつもやり方を緩和して、ずっと汚くはあるが、むしろ相手よりも優越しているぞといわないばかりの秩序と、礼節の面を被って、うまくやってのけるのである。
「ねえ、ほんとうですの、あなたが決闘をこわがったので、それで連隊を追い出されたっていうのは?」と彼女はとつぜん、薮から棒に問いかけた。その目はぎらぎら光っていた。
「ほんとうだ。将校団の宣告によって、連隊を出てくれといわれたんだ。もっとも、自分のほうでもその前に、退官願いを出してはおいたがね?」
「臆病者として追ん出されたんでしょう?」
「そうだ。やつらは臆病者という宣告を下したのだ。しかし、わたしが決闘を拒んだのは、臆病者としてではない。彼らの横暴な宣告にしたがって、みずから侮辱を感じてもいないのに、決闘を申し込むのがいやだったからだ。このことは心得ておいてもらおう」と、ここでわたしはとうとう我慢しきれなくなって、「こういう横暴に反対の行動をとって、それから起こるいっさいの結果を甘んじて受けることは、どんな決闘よりもはるかに勇気を示すことになるのだ」
 わたしはついこらえきれなかったのだ。わたしとしては、こんなことをいったために、自己弁護をはじめたような形になってしまった。ところが、彼女はそれが思うつぼだったのだ、この新しいわたしの屈辱が必要だったのである。彼女は毒々しく笑った。
「それからあなたは、まるで宿無しのように、ペテルブルグの町々をうろついて、十コペイカずつの合力を乞ったり、撞球台の下に寝たりしたってのは、ほんとうですの?」
「わたしはセンナヤ(乾草)広場のヴァーゼムスキイの家にも泊まっていたことがある。そうだ、ほんとうだ。それからの、つまり連隊を出てからのわたしの生涯には、多くの恥と堕落とがあったが、しかし精神的の堕落ではない。なぜなら、その当時でもわたし自身が第一番に、自分の行為を憎んでいたんだから。それはただわたしの意志と理性の堕落で、それもただ自分の境遇に対する絶望から出たことなのだ。しかし、それも過ぎてしまった……」
「そりゃそうよ。今はあなたは名士ですものね、――金融家ですもの!」
 つまり、これは質店に対するあてこすりである。しかし、わたしは早くも自己を抑制してしまった。彼女がわたしにとって屈辱的な説明を渇望しているのを、わたしはちゃんと見てとったので、――その手に乗らなかった。折よくお客がベルを鳴らしたので、わたしは広間へ出て行った。それから、もう一時間ばかりたった頃、彼女は急に外出の身支度をし、わたしの前に立ちどまっていった。「でも、あなたは結婚するまでに、そのことをちっともおっしゃいませんでしたわね?」
 わたしは答えなかった。彼女は出て行った。
 さてそこで、翌日、わたしは例の部屋の扉の陰に立って、わたしの運命がいかに決せられるかに、耳をすましていた。わたしのポケットにはピストルが忍ばせてあった。彼女はよそ行きを着て、テーブルの前に腰をおろし、エフィーモヴィチは彼女の前でしきりに芝居をしていた。そして、どうだろう(わたしは自分の名誉にかけていうのだが)、わたしの予感し予想していたのと、寸分ちがわぬことが起こったのである。もっともわたしは、自分がそれを予感し、予想していることを意識してはならなかったのだ。こんないい方で通じるかどうか、わたしは知らない。
 ほかでもない、こういうわけなのである。わたしはまる一時間立ち聞きしていた。そしてこのうえなく純潔崇高な女性と、俗悪で淫蕩な、頭の鈍い、爬虫類のような魂をもった男との決闘に、まる一時間たち合ったのである。いったいどこから、とわたしは愕然として心に思った、――いったいどこからこの無邪気なおとなしい口数をきかぬ女が、こんないろいろのことを知ったのだろう? どんなに機知に富んだ上流社会むきの喜劇作者でも、こうした嘲笑と、純真無垢な哄笑と、悪徳に対する美徳の神聖なる軽蔑の場面を創造することは、不可能であろう。そして、彼女の片言隻句にいかばかりの輝きがあったことか、その敏活な答弁にはなんという鋭さがあり、彼女の非難にはいかに真実がこもっていたことか。しかも、同時に、ほとんど少女らしい単純さが縊れているのだ。彼女は相手の恋のうち明けや、身振りや、申立てを、面と向かって笑い飛ばしていたのである。単刀直入、いきなり仕事にかかるつもりでやって来て、抵抗があろうなどとは考えてもいなかったので、彼は急に腰を折られてしまった。はじめわたしは、それを彼女の単なる手管かと思ったほどである。「自分に箔をつけるためによくやる、淫乱なしかし機知に富んだ女の手管ではないか」しかし、あにはからんや、真実は太陽のごとく輝いているので、疑う余地もなかった。ただわたしに対する衝動的な気まぐれの憎しみから、初心《うぶ》な彼女が思いきって、こんな逢引きを企てたのであろうが、いざ事にあたるが早いか、たちまち目があいたに相違ない。ただ要するに、なんでもいい、わたしを侮辱しようと思ってもがいてみたのだが、こうした穢らわしいことを決行する段になると、そのふしだらにたえがたくなったのである。エフィーモヴィチにせよ、そのほかこうした上流社会のだれにせよ、彼女のように罪のない、純潔な、理想を持った女を誘惑することが、できるわけのものではない。どうしてどうして、ただ嘲笑を買うだけの話である。ありたけの真実が彼女の魂から頭を持ちあげ、憤怒はその心から冷嘲を呼び起こしたのである。くり返していうが、この道化者はしまいにすっかりてれてしまって、ろくすっぽ返事もせず、しかめっ面してすわっていたので、ひょっと卑しい復讐心から彼女を侮辱したりしはすまいかと、わたしは心配したくらいである。またもういちどくり返すが、わたしとして名誉なことに、わたしはほとんどなんの驚きもなしにこの場面を聞きおわった。なんだか、もう馴染みのある事柄に出会ったような気持ちであった。これに出会うためにやって来たような思いであった。わたしはポケットにピストルは忍ばせていたものの、なにものも信ぜず、いかなる非難をも信じないで来たのだ、――それが、真実である! 第一、わたしは彼女をこれ以上の女として想像することができたか? そもそも何がゆえにわたしは彼女を愛したか、何がゆえに彼女を尊重したか、何がゆえに彼女と結婚したか? おお、もちろん、わたしはそのとき彼女がわたしを憎んでいることを、あまり確信しすぎていたかもしれないが、彼女が清浄無垢であるということについても、確信を持っていた。わたしはだしぬけにさっと扉をあけて、この一幕をたち切った。エフィーモヴィチはおどりあがった。わたしは彼女の手をとって、いっしょに行こうといった。エフィーモヴィチはわれに返ると、とつぜん高らかにからからと笑いだした。
「いや、なに、神聖なる夫婦の権利にはぼくも反対はしないよ、帰りたまえ、帰りたまえ! ところで」と彼はわたしのうしろからどなった。「身分ある人間はきみなんかと決闘するわけにはゆかないが、しかしきみの奥さんに対する敬意から、いつでもお相手つかまつろう……もっとも、もしきみが自分から危険を冒して……」
「あれを聞いたかね!」とわたしは一瞬、彼女を閾の上で引きとめた。
 それからは家へ着くまで、途中ひとことも口をきかなかった。わたしは彼女の腕をとって連れて行ったが、彼女はさからいもしなかった。それどころか、彼女は、深い驚愕に打たれており、しかもそれは家へ着いてからもやまなかったのである。家へ着くと、彼女は椅子に腰をおろして、わたしの顔をじっと見すえた。彼女は真っ青な顔をしていた。唇はすぐさま冷笑の色を浮かべたけれど、彼女は早くも厳かな、きびしい挑戦の表情で、わたしを見つめていた。そして最初の瞬間どうやら真剣に、わたしにピストルで射ち殺されるものと思い込んでいたらしい。しかし、わたしは黙ってポケットからピストルをとり出して、テーブルの上においた! 彼女はわたしとピストルを見くらべた(ここで読者の注意をうながしておくが、このピストルはもう彼女に馴染みのものであった。質店を開いたそもそもの時から買い込んでおいたもので、ちゃんと装塡してあった。店を開くにあたってわたしは、例えばモーゼルあたりでやっているように、大きな犬や力の強い下男だのはおくまいと決心したのだ。わたしの店では、下婢が客のために扉をあけることにしている。しかし、われわれのような商売をしているものは、万一の場合、自衛の方法を講じないわけにはゆかないので、装塡したピストルをおくことにしたのである。彼女は家へ来た初めの頃、このピストルにいたく興味を持って、いろいろと質問したので、わたしは彼女にその構造やシステムを説明したうえ、一度などは無理に勧めて、的を射たせたことさえあるのである。これらのことに注意していただきたい)。わたしは彼女のびっくりしたようなまなざしにはなんの注意もはらわず、ろくすっぽ着物も着換えないで、床についた。わたしはぐったり力抜けがしていた。もうかれこれ十一時であった。彼女はなお一時間ばかり、同じ場所にすわりつづけていたが、やがて蠟燭を消して、同じく着のみ着のままで、壁際の長いすの上に横になった。彼女がわたしといっしょに寝なかったのは、これが初めてである、――これも同じく注意していただきたい……

   6 恐ろしい思い出

 今度はあの恐ろしい思い出だ……
 わたしは朝、たしか七時頃に目をさました。部屋の中はすっかり明るかった。わたしは完全な意識をもって一度にぱっと目をさまし、急に目をあけた。彼女はテーブルのそばに立って、手にピストルを握っていた。わたしが目をさまして見ていることは、気がつかなかったのである。ふと見ると、彼女はピストルを手にしたまま、じりじりとわたしのほうへ進みだした。わたしは素早く目を閉じて、ぐっすり眠っているふりをした。
 彼女は寝台のそばまで歩み寄って、わたしの枕もとに立ちどまった。わたしはなにもかも聞いて知っていた。死のごとき静寂がおそってきたが、わたしはその静寂を聞いていた。その時一つの痙攣的な動きが起こった。――わたしは急に我慢しきれなくなり、意志に反して目を開いてしまった。彼女はひたとわたしを、わたしの目を見つめている、ピストルはすでにわたしのこめかみのそばにあった。わたしたちの目はぴったり合った。しかし、わたしたちが互いに眺め合ったのは、ほんの一転瞬の間であった。わたしはもういちど無理に目を閉じた。それと同時に、よしどんなことが自分を待ち受けていようと、もう二度と身じろぎもせず、目もあくまいと、ありたけの精神力をふるって決心した。
 実際、ぐっすり眠っている人がふいに目を開いて、ほんの束の間、頭まで持ちあげて室内を見まわしたと思うと、また一瞬後に意識もなく頭を枕に落として、なに一つ覚えずに眠ってしまうということは、間々あるならいである。わたしが彼女と目を合わせ、こめかみにピストルを感じてから、急にふたたび目を閉じて、熟睡している人のように身じろぎもせずにいた時、――彼女もおそらく、わたしが実際ねむっていて、なんにも見なかったものと想像したのは、大き[#「大き」はママ]にありそうなことである。ましてわたしが見たようなことを見た以上、こんな[#「こんな」に傍点]瞬間にもういちど目を閉じるなんてことは、全然あり得べからざる話ではないか。
 しかし、あり得べからざる話である。しかし、彼女はそれにしても、事の真相をも察知し得たはずである、――この考えが突如としてわたしの脳裡に閃いた。すべて同じ一瞬間の出来事である。おお、思想と感覚のなんという恐ろしい旋風が、刹那に満たぬ間にわたしの脳裡をかすめたことか、まことに、人間の思想の電力性、万歳である! このような場合(とわたしには感ぜられた)、もしも彼女が事の真相を察して、わたしが眠っていないことを知ったとすれば、甘んじて死を受けようとするこの覚悟によって、わたしはすでに彼女を圧倒したので、彼女の手は当然ふるえなければならぬはずである。以前の決心は、新しい異常な印象にぶつかって、粉砕されるはずである。高いところに立っている人間は、なんとなく自然に下のほうへ、深淵の中へ引き込まれるという。思うに、多くの自殺や殺人は、単にピストルがすでに手に取られているというだけの理由で、遂行されるのであろう。そこにも同様深淵があるのだ、すべらずにいられないような三十五度の傾斜があるのだ。かくして、なにものかが否応なくその人間に撃鉄をひかせるのである。しかし、わたしがすべてを見、すべてを知りながら、黙って彼女から死を待っているのだという意識は、――彼女を傾斜の中途で引きとめることができたのかもしれない。
 静寂はつづいた。ふとわたしはこめかみのほとり、自分の髪の毛に、冷たい鉄の接触を感じた。諸君はきくだろう、お前は自分が助かるものと堅く期待していたか、と。わたしは神様の前に出たつもりで、諸君にお答えするが、百に一つのチャンス以外、なんの希望も持たなかった。それならば、なんのために死を受け入れようとしたのか? では、反問するが、自分の心から愛するものにピストルを向けられた後で、人生がわたしになんの価値があるか? のみならず、わたしは自分の全存在の力をもって、二人の間にはこの瞬間、闘争の行なわれていたことを知っていた。それは、生きるか死ぬかの恐ろしい果たし合いである、臆病のゆえに僚友から追われた、あの昨日の臆病者の決闘なのである。わたしはそれを知っていた。そして彼女も、もしわたしが眠っていないという真相を察していたとすれば、それを知っていたのである。
 あるいは、こんなことはなかったのかもしれない、そのときわたしはこんなことなど考えなかったのかもしれない。しかし、なんといっても、こうしたことは、よしんば考えなかったにもせよ、あるべきはずなのであった。なぜなら、わたしはその後の生活の一分一刻も、それについて考えることを仕事にしていたからである。
 しかし、諸君はさらに問題を提出されるであろう、――なぜお前は彼女を悪行から救わなかったか、と。おお、わたしはその後、千度もこの問いを自分に発した、――背筋に悪寒を覚えながら、その瞬間を思い出すたびごとに。しかし、そのときわたしの魂は、暗い絶望に沈んでいたのだ、わたしは滅びかかっていたのだ、わたし自身、滅亡に瀕していたのだ、それなのに、だれを救うことができたというのだ? 第一、そうなってもまだ、わたしに人を救いたい気があったかどうか、そんなことがどうして諸君にわかるものか? そのときわたしが何を感じ得たか、そんなことをどうして知ることができよう?
 とはいえ、意識は沸き立つばかり活動していた。時は刻一刻と過ぎ、静寂は死のようであった。彼女は依然としてわたしの頂上に立っていた、――とふいにわたしはある希望の衝動を感じた! わたしは素早く目を開いた。彼女の姿はもう部屋の中になかった。わたしは寝床から起きあがった。わたしは勝ったのだ、――彼女は永久に敗北したのだ!
 わたしは、サモワールの据えてあるテーブルのほうへ出て行った。うちではサモワールはいつも第一の部屋へ出され、お茶はいつも彼女が入れることになっていた。わたしは無言のままテーブルについて、彼女から茶のコップを受け取った。五分ばかりして、わたしはちらと彼女を見やった。彼女は恐ろしく真っ青な、昨日よりもさらに青い顔をして、わたしを見つめていた。とつぜん、――とつぜんわたしが自分を見ていると気づくや、彼女は青ざめた唇に、青ざめた薄笑いを浮かべた。その目には臆病な疑問が漂っているのだ。『してみると、あれはまだ疑いを持って、この人知ってるのかしら知らないのかしら、見たのかしら見なかったのかしら? と自問しているんだな』わたしは平然と目をそらした。お茶を飲んでから、店を閉めて、市場へ出かけ、鉄の寝台と衝立てを買った。家へ帰ると、わたしは寝台を広間に据えさせ、衝立てでそれを囲わせた。これは彼女のための寝台であったが、わたしは彼女にはひとこともいわなかった。また言葉に出していわなくても、彼女はこの寝台を通じて、わたしが「すべて見、すべてを知って」おり、もはやなんの疑いもないということを理解した。夜、寝る前に、わたしはいつものとおり、ピストルをテーブルの上にほうっておいた。その夜、彼女は黙ってこの新しい自分の寝台に身を横たえた、――婚姻は破棄されて、彼女は「打ち負かされたが、ゆるされなか