京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

『ドストエーフスキイ全集6 罪と罰』(1969年、米川正夫による翻訳、筑摩書房)のP241-P252

てた。
「諸君、いったいなんだって、いすをこわすんです、国庫の損害じゃありませんか!」(ゴーゴリ『検察官』中の有名なせりふ)と、ポルフィーリイ・ペトローヴィチは愉快そうに叫んだ。
 その場の光景は、まずこういったぐあいであった――ラスコーリニコフは、自分の手を主人の手の中に置き忘れて、腹に足りるほど笑い抜いたが、しかしほどというものを心得ているので、少しも早くなるべく自然に切り上げる機会《しお》を待っていた。テーブルを倒したり、コップをこわしたりしたので、すっかりまごついてしまったラズーミヒンは、陰うつな表情でコップのかけらを見やったが、いきなりぺっとつばを吐いて、くるりと窓のほうへからだを向け、一座に背中を見せて立ったまま、恐ろしくむずかしい顔をして窓の外をながめていた。が、そのじつ、何ひとつ目にはいらなかったのである。ポルフィーリイも笑った。そして、笑いたい気持ちもさることながら、しかし見うけたところ、わけを説明してもらいたいらしかった。すみのほうのいすには、ザミョートフがすわっていたが、客のはいって来るのを見ると、腰を持ち上げて立ったまま、微笑に口をゆるめて待っていた。とはいえ、何やら合点《がてん》のいきかねる、というよりうさんくさそうな様子で、この光景をながめていた。ことにラスコーリニコフを見る目には、一種ろうばいの色さえ感じられた。思いがけないザミョートフの同席は、ラスコーリニコフに不愉快なショックを与えた。
『こいつはまた頭に入れとかなくちゃならんぞ!』と彼は思った。
「どうも失礼しました」大げさにもじもじしながら彼は口をきった。「ラスコーリニコフです……」
「どういたしまして、お近づきになれて、じつに愉快です。それに、あなたがたもたいへん愉快そうにはいって来られましたね……だが、いったいどうしたんだ、あの男はあいさつするのもいやなのかね?」とポルフィーリイはラズーミヒンをあごでしゃくって見せた。
「いや、まったくのところ、どうしてああ気ちがいみたいにおこるんだか、わけがわからないんですよ。ぼくはただ途中で、あの男がロメオに似てるといって、そして……それを証明しただけなんですよ。ただそれだけで、ほかには何もなかったように思うんですが」
「この恥しらず!」と、ラズーミヒンはふり向きもしないで叫んだ。
「ふん、たったひと言でそんなに腹を立てるところを見ると、何か非常に真剣な原因が伏在しているわけですね」とポルフィーリイはからからと笑った。 
「なんだ、きさまは! どこまでも予審判事根性だな!………ええ、きさまたちはどいつもこいつも勝手にしやがれ!」とラズーミヒンは断ち切るようにいった。
 と、急に自分でからからと笑いながら、何事もなかったように愉快そうな顔をして、ポルフィーリイのそばへ寄った。
「もうこれで打ち止めだ! きみたちはみんなばかさ。それよりも用件にかかろう。これはぼくの友人のロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフだ。第一には、いろいろきみの話を聞いて、近づきになりたいというし、第二には、きみにちょっとした用があって来たんだ。おや! ザミョートフ!きみは[#「トフ!きみ」はママ]どうしてここにいるんだね? いったいきみらは知り合いなのかい? もう前っから懇意《こんい》なのかい?」
『こりゃまたなんということだ!』とラスコーリニコフは胸を騒がせながら考えた。
 ザミョートフもちょっとまごついたらしかったが、さほどではなかった。
「きのう、きみんとこで近づきになったのさ」と彼はくだけた調子でいった。
「じゃうまく紹介料をもうけたわけだな。じつはね、ポルフィーリイ、先週この男が、どうかしてきみに紹介してもらいたいって、ぼくにやかましくせがんだんだよ。ところが、きみらはぼくを出しぬいてなれ合っちまってさ……ときに、たばこはどこにある?」
 ポルフィーリイ・ペトローヴィチは、ガウンの下にさっぱりしたシャツを着込み、はきくずした上《うわ》ぐつという、くつろいだ服装《なり》をしていた。年かっこうは三十五、六、丈《たけ》は中背よりやや低く、ふとって腹のいくらか出っぱった男で、顔は口ひげもほおひげも立てず、きれいにそりあげて、とくに後ろ頭の丸く突き出した大きな丸っこい頭は、短く刈りこまれていた。少し鼻の低めな丸いぶくぶくした顔は、病人のようにどす黄いろい色をしていたが、かなりいきいきとして、人を食ったような表情さえ帯びていた。とはいえ、この顔は善良な感じを与えたかもしれなかったのだが、ただだれかに目くばせでもするように、しじゅうぱちぱちしている白いまつげのかぶさった目、妙に淡い水のような光をたたえた目の表情が、なんとなくその善良な印象をじゃまするのであった。この目つきは、女らしいところさえある体ぜんたいと妙に不調和で、ひと目見たときに期待しうるものよりは、はるかにまじめなあるものを、その姿に添えているのであった。
 ポルフィーリイは、客が自分に『ちょっとした用』を持っていると聞くが早いか、すぐさま彼を長いすに招じて、自身も一方の端に腰を掛け、即刻用件の説明を待ち受けながら、一生けんめいにまじめな注意をはらって客の顔を凝視した。こうした注意は初めのあいだ、とくに初対面のときなど、相手の心もちを窮くつにして、ばつの悪い感じを与えるもので、とりわけ、自分の用件がさほど大ぎょうな注意をはらわれるほどのものでない、と思っているような場合には、なおさらなのである。けれどラスコーリニコフは、簡単な要領のよい言葉で、自分でも満足するくらい明瞭《めいりょう》的確に、自分の用件を説明した。で、彼はそのあいだにポルフィーリイの人物を、かなりよく観察するだけの余裕さえあった。ポルフィーリイもずっとそのあいだ、一度も彼から目を放さなかった。ふたりに相対して同じテーブルに向かっていたラズーミヒンは、たえずふたりにかわるがわる目を移しながら、性急なほど熱心に、ラスコーリニコフの説明を注意していたが、それはいくらか度を過ごすくらいだった。
『ばか!』とラスコーリニコフは腹の中でののしった。
「それは警察へ届けをお出しにならなきゃいけませんな」ときわめて事務的な調子で、ポルフィーリイは答えた。「自分はこれこれの事件、つまり、あの殺人事件を承知したので、事件の審理を担当した予審判事にたいして、これこれの品が自分のものであるから、それを受け出したいと申し出た……とかなんとか……もっとも警察で適当に書いてくれますよ」
「つまり、そこなんですよ、ぼくは今」ラスコーリニコフはできるだけ当惑らしい様子をした。「じつは金の余裕があまりないので……それくらいのはした金も工面できないしまつなんです……じつのところ、今はただあの品は自分のものであるが、金のできたときに……ということだけを届けたいんですが……」
「それはどちらでも同じことです」とポルフィーリイは、財政状態にかんする彼の説明を冷ややかに聞き流して、そう答えた。「もっとも、なんなら、直接わたしに書面をお出しくださってもよろしい、やはり同じ意味のね。つまり、かくかくの事件を聞いて、これこれの品が自分のものだということを届け出るとともに、かくかくのお願いがあ……」
「それは普通の用紙でいいんでしょうね?」またしてもふところのほうを気にしながら、ラスコーリニコフは急いでさえぎった。
「ええ、ほんとうのありふれた紙でけっこうです!」
 こういってふいにポルフィーリイは、いかにも人を小ばかにしたような様子で目を細め、ぽちりとまたたきでもするように彼を見やった。もっとも、それはほんの一瞬間のことであったから、ただラスコーリニコフの気のせいだったかもしれない。が、すくなくとも、いくらかそんなふうなところがあった。ラスコーリニコフは、なんのためかは知らないが、確かにポルフィーリイは自分にまたたきしたに相違ないと、神かけて誓っても主張することができた。
『知ってやがる!』こういう考えが電光のように、彼の頭にひらめいた。
「すみません、こんなくだらないことでお手数をかけまして」と彼はいくらかへどもどしながら言葉をつづけた。「ぼくの品物というのは、金にすればわずか五ルーブリくらいのものですが、ぼくにとっては、それをくれた人の記念《かたみ》として、かくべつ貴重なんです。で、白状しますと、その話を聞いたとき、まったくぎょっとしてしまいました……」
「道理で、ぼくが昨日ゾシーモフに、ポルフィーリイが入質人を調べてるって、うっかり口をすべらしたとき、きみがあんなにぎくっとしたんだな!」いかにも思惑ありげに、ラズーミヒンが口を入れた。
 これはもうがまんしきれなかった。ラスコーリニコフはこらえかねて、憤怒に燃える黒い目を毒々しげに、ぎらりと彼のほうへ光らせた。と、すぐに、はっとわれにかえった。
「きみはまたぼくをなぶるつもりだな!」たくみにいらだたしさを装いながら、彼はラズーミヒンのほうへふり向いて、「そりゃぼくだって異存ないさ――まったく、きみの目から見れば、あんなくだらないもののために、気をもみすぎたかもしれないよ。しかし、このためにぼくをエゴイストだの、欲張りだのというわけにゃいかないぜ。ぼくの身になってみれば、このつまらない二品だって、けっしてくだらなかないんだからね。もうさっききみに話したとおり、あの三|文《もん》の値うちもない銀時計は、父の記念《かたみ》に残ってる唯一の品なんだからね。まあ、ぼくのことはいくらでも笑うがいいさ。しかし、こんど母がやって来たもんですから」と彼はふいに、ポルフィーリイのほうへふり向いた。「もし母の耳へはいったら」わざと声をふるわせるようにつとめながら、彼はまたもや急いでラズーミヒンのほうへ向き直った。「あの時計がなくなったってことがわかったら、どんなに落胆《らくたん》するかしれやしない! なにぶん女だからね!」
「いや、けっしてそうじゃないよ! ぼくはけっしてそんな意味でいったんじゃないよ! まるっきりあべこべだ!」とラズーミヒンはさも情けなさそうに叫んだ。
『あれでよかったかな? 自然らしく聞こえたかな! 誇張しすぎやしなかったかな?』とラスコーリニコフは内心ひそかにはらはらした。『なぜ「なにぶん女だから」なんていったんだろう?』
「お母さんが見えたんですって?」なんのためかポルフィーリイは聞きなおした。
「そうです」
「それはいつのことでした?」
「きのうの夕方です」
 ポルフィーリイは何やら思いめぐらすように、しばらく黙っていた。
「あなたの品物はどんなことがあっても、なくなるはずはなかったんですよ」と彼は落ちつきはらって冷ややかにつづけた。「なにしろ、わたしはだいぶ前から、あなたのおいでを待ってたんですからね」
 彼は、こういいながら、いっこうなんでもないようなようすで、容赦なくたばこの灰で絨毯《じゅうたん》をよごしているラズーミヒンのほうへ、小まめに灰ざらをさし出した。ラスコーリニコフはぎくりとした。が、ポルフィーリイは相変わらず、ラズーミヒンのたばこに気を取られて、彼のほうは見もしないらしい様子だった。
「なんだってえ? 待ってた! いったい、きみは知ってたのかい、この男があすこ[#「あすこ」に傍点]へ質を置いてたのを?」とラズーミヒンは叫んだ。
 ポルフィーリイは、まともにラスコーリニコフのほうへふり向いた。「あなたのふた品は、指輪も時計も、あの女[#「あの女」に傍点]のところで一つの紙包みになっていました。そして紙の上には、あなたの名まえが鉛筆ではっきり書いてありました。それからあなたから、その品を預った日付も同じように……」
「あなたはじつによくお気がつきますね!………」ラスコーリニコフはとくに相手の目をまともに見ようとつとめながら、いかにもまずいうす笑いをもらしたが、やはりがまんしきれなくなり、ふいにこういいたした。「ぼくがこんなことをいったのは、つまり入質人はきっとたくさんだったでしょうに……それをぜんぶ記憶していらっしゃるのは、容易じゃなかろうかと思ったからなんです……ところが、あなたはそれどころか、ひとりひとりはっきり覚えてらっしゃるし、それに……それに……」
『ばかげてる! 力がない! なんだってこんなことをくっつけたんだろう』
「なに、入質人はもう今じゃたいていみんなわかってるんです。だから、あなたひとりくらいなもんですよ、今までおいでにならなかったのは」やっと見えるか見えないかの嘲笑《ちょうしょう》の影を浮かべて、ポルフィーリイは答えた。
「ぼく少し不快だったものですから」
「それも承知していました。それどころか、何かでたいへん頭を悩ましておられたことも聞きました。いまでもなんだか顔色がお悪いようですね?」
「顔色なんかちっとも悪かありません……それどころか、すっかり健康ですよ!」とラスコーリニコフは急に調子を変えて、ぞんざいな毒々しい口ぶりで、断ち切るようにいった。
 憤怒の念は彼の身内で煮えたぎった。彼はそれを押えることができなかった。
『腹を立てると、うっかり口をすべらすぞ!』こういう考えが再び頭にひらめいた。『だが、なんだってやつらはおれを苦しめるんだろう!………』
「少し不快だったと!」と、ラズーミヒンは言葉じりを取った。「何をごまかしてやがるんだ! ついきのうまで、ほとんど人事不省でうわ言をいってたくせに……ねえ、きみ、ポルフィーリイ、これがほんとうになるかい――やっと足が立つか立たぬからだでいながら、きのうぼくらが、ぼくとゾシーモフがちょっとわき見をしたかと思うと――その間に服を着て、そっと脱け出してさ、かれこれ夜中ごろまで、どこかしらほっつき歩いたんだぜ。しかも、きみ、まるっきり夢うつつなんだからね。こんなことがきみ想像できるかい! じつに珍しい話じゃないか!」
「へえ、まるっきり夢うつつで[#「まるっきり夢うつつで」に傍点]? それはどうも!」なんとなく女じみた身ぶりで、ポルフィーリイは頭を振った。
「ええっ、ばかなことを! あなた真に受けちゃいけませんよ! もっとも、それでなくたって、ほんとうにはしていらっしゃらないが!」ラスコーリニコフは、それこそまったくつらあてに、うっかり口をすべらしてしまった。
 けれど、ポルフィーリイはこの奇怪な言葉を、よく聞き分けなかったようである。
「だって、夢うつつでなけりゃ、どうして出かけたんだい?」とラズーミヒンは急に熱くなった。「なぜ出て行ったんだ!なんのために?……なぜわざわざ秘密にしてさ? え、いったいあの時のきみは健全で理性があったのかい? もう今ではいっさい危険が去ってしまったから、ぼくはあえて忌憚《きたん》なくきみにいうんだよ!」
「きのうは、やつらがうるさくて、うるさくてたまらなかったんだよ」ラスコーリニコフはずうずうしい、いどむような微笑をふくんで、急にポルフィーリイのほうへふり向いた。「で、ぼくは貸間をさがそうと思って、ふたりのそばから逃げ出したんです。もう二度と見つけ出されないように、金をしこたま引っつかんで出たわけです。ほら、あのザミョートフ氏が、その金を見ていますよ。ねえ、ザミョートフ君、きのうぼくは正気だったか、それとも夢うつつだったか、ひとつ論争を解決してくれませんか」
 彼はこの瞬間、ザミョートフを絞め殺しもしかねないような気持ちがした。彼の目つきと沈黙が、いかにも気にくわなかったのである。
「ぼくにいわせると、きみの話しっぷりはきわめて理性的で、むしろずるいくらいでしたよ。ただ、あまりいらいらしすぎるところはありましたがね」とザミョートフはすげなくいいきった。
「今日、署長のニコジーム・フォミッチから聞いたんですが」とポルフィーリイは口を入れた。「きのう、もうだいぶ遅くなって、馬に踏み殺されたある官吏の家で、あの男があなたに出会ったとかって……」
「さあ、げんにその官吏のことだってさ!」とラズーミヒンは言葉じりをおさえた。「ねえ、きみはその官吏の家でしたことだって、いったい気ちがいざたじゃなかったのかい? なけなしの金をはたきあげて、葬式の費用に後家《ごけ》さんにくれてしまったじゃないか? そりゃ、助けてやろうと思ったら――十五ルーブリか二十ルーブリもやればいいじゃないか!まあな[#「いか!まあ」はママ]んにしても、せめて三ルーブリくらいは、自分に残しておくべきはずだのに、二十五ルーブリそっくりほうり出してしまうなんて!」
「だが、もしかしたら、ぼくはどこかで埋めた宝でも見つけたのを、きみが知らないのかもわからんぜ! げんにきのうもあのとおり、大尽《だいじん》ぶりを見せたんだからな……ほら、あのザミョートフ氏も、ぼくが宝を見つけたのをごぞんじだ!……あなた、どうもすみません」彼はくちびるをふるわせながら、ポルフィーリイのほうへふり向いた。「こんなくだらない詮索《せんさく》で、半時間もあなたのおじゃまをして。さぞ、あきあきなすったでしょうね、え?」
「とんでもない、それどころか、それどころか反対ですよ!あなた[#「ですよ!あなた」はママ]がどれくらいわたしに興味を感じさせなさるか、おそらく想像もおつきにならんでしょう。見ていても、聞いていても、じつにおもしろいんですよ……で、正直なところ、とうとうあなたがおいでくだすったのが、わたしは非常にうれしいんです……」
「だが、せめて茶でもくれないか! のどがからからになっちゃった!」とラズーミヒンはどなった。
「いいことに気がついた! 諸君もつき合ってくださるだろう。だが、どうだね……もっと実のあるものをやったら、お茶の前に?」
「さっさといけよ」
 ポルフィーリイは茶をいいつけに出て行った。
 さまざまな想念が旋風のように、ラスコーリニコフの頭の中をうず巻いた。彼はむやみにいらいらしていた。
『問題は何よりも、やつらが隠しもしなければ、遠慮しようともしないことだ! もしまるっきりおれのことを知らなければ、どういうわけで署長とおれの話なんかするんだ? これて見ると、やつらはもう犬の群れみたいに、おれのあとをつけまわしているのを、隠そうとも思ってないんだ! もうあけすけに、面と向かってつばをひっかけてやがる!』彼は憤怒に身をふるわせた。『ぶつならさっさとぶつがいい、ねこがねずみをおもちゃにするようなまねはよしてくれ。それはあまり無礼じゃないか、え、ポルフィーリイ・ペトローヴッチ、おれだって黙ってそんなことをさしちゃおかないかもしれないぞ!………いきなり立ちあがって、やつらのしゃっつらに真相を残らず吐きかけてやるぞ。その時こそ、どれくらいおれがきさまたちを侮蔑してるかわかるだろう!………』彼はやっとのことで息をついた。『だが、もしこれがおれの気のせいだったら? ほんの蜃気楼《しんきろう》にすぎないで、おれがすべてを誤解しているのだったら? 無経験なためじりじりして、この卑劣な役を持ちこたえることができないのだったら? もしかすると、あれはべつに思惑あってのことじゃないかもしれないぞ! やつらがいうのは、みんな平凡な言葉ばかりだが、しかしその中には何かある……あんなことはいつでもいえる言葉だが、しかしどうも何かある。なぜあいつは「あの女のところ」とぶっつけにいったんだろう? なぜまたザミョートフは、おれがずるい[#「ずるい」に傍点]口のききかたをしたなんて、いいたしたんだろう? なぜやつらは、あんな調子で話をするんだろう? そうだ……調子だ……ラズーミヒンも同様ここにいながら、なぜ何も感じないんだろう? いや、この罪のないでくの坊は、いつだって何も感じやしないんだ!また熱[#「んだ!また」はママ]が出てきた!………さつきポルフィーリイは、おれにまたたきしたんだろうか、それとも違うかな? きっとなんでもないんだろう。なんのためにまたたきする必要がある?やつらはおれの神経を刺激したいのか、それともおれをいらいらさせるつもりか? ああ、何もかも蜃気楼なのか、それともやつらは知ってる[#「知ってる」に傍点]のか? ザミョートフまでが生意気な……いや、ほんとうにザミョートフは生意気なのかな? ザミョートフはひと晩で考えを変えたんだ。おれもやつが考えを変えるだろうと予感していた! やつはここを、わが家のようにふるまってるが、そのくせ、初めて来たばかりじゃないか。ポルフィーリイも客とは思っていないとみえ、やつのほうへ背を向けてすわっている。やつらはなれ合いやがったんだ! てっきり、おれのこと[#「おれのこと」に傍点]でなれ合いやがったんだ!きっ[#「んだ!きっ」はママ]とおれたちの来るまで、おれの話をしてやがったんだ!……ところで、あの住まいを見に行ったことを知ってやがるかな? ああ、少しも早くそれを突き止めなくちゃ。おれがきのう貸間をさがすために逃げ出したといったとき、やつは聞き流して問題にしなかったが……とにかく貸間のことをひと口はさんどいたのはうまかった。あとで役に立つ。夢うつつだったっていうわけだからな!………は、は、は! やつは昨夜のことを残らず知ってる! ところが、母の来たことを知らないんだ! あの鬼ばばあめ、鉛筆で日付を書いてるって!………どっこい、そんな手に乗るもんか!………だって、それはまだ事実じゃなくて、蜃気楼にすぎないじゃないか! だめだよ、ひとつ事実を指摘してみせてもらおう! 貸間を見に行った件だって事実じゃない、熱のせいだからな。やつらにいう口実は、ちゃんと心得てるぞ……だが、貸間の一件は知ってるだろうか? それを突き止めるまでは帰らないぞ!なんの[#「いぞ!なん」はママ]ためにここまで来たんだ? ところで、今おれはこんなにじりじりしているが、このほうがどうやら事実らしいぞ! ちぇっ、おれはなんてかんしゃくもちだ! が、これもかえっていいかもしれない。病的な役割だからな……やつはおれに探りを入れてるから、おれをまごつかせにかかるだろう。ああ、おれはなんのためにこんなところへ来たんだ?』
 こうしたいっさいの想念が、いなずまのごとく、彼の頭をひらめき過ぎた。
 ポルフィーリイ・ペトローヴィチはすぐ引っ返した。彼はなんだか急にうきうきしてきた。
「ぼくはね、きのうのきみの宴会以来どうも頭が……それにからだじゅうが、なんだかぜんまいがゆるんだようなぐあいでね」と彼はぜんぜん別な調子で、笑いながらラズーミヒンに口をきった。
「で、どうだった、おもしろかったかい? なにしろぼくはちょうど興の乗ったところで抜けちゃったもんだから!で、だれが勝ったい?」
「もちろん、だれも勝ちゃしないさ。永遠|無窮《むきゅう》の問題と取っ組んで、天空をかけったばかりだ」
「おい、ロージャ、昨日われわれはどんな問題と取っ組んだと思う? 犯罪の有無という問題なんだぜ。しまいには、とてつもない迷論になっちゃったのさ!」
「なにもふしぎはないじゃないか? ありふれた社会問題だよ」とそわそわした調子でラスコーリニコフは答えた。
「問題はそんな形を取っていたんじゃないよ」ポルフィーリイは注意した。
「形は多少ちがう、それはまさにそうだ」ラズトミヒンはいつもの癖で、せきこんで熱しながら、すぐにこう同意した。「いいかね、ロージャ、ひとつ聞いて、意見を聞かしてくれ。ぜひ所望なんだ。きのうぼくらは彼らを相手に苦心さんたんしてね、きみの来るのを待ってたんだよ。ぼくは皆にきみの来ることを話したもんだから……まず最初は社会主義の見地から始まったのさ。その見地たるや周知のごとく、犯罪は社会制度の不備にたいする抗議だというのさ――ただそれっきりで、それ以外にはなんにもないんだ。それ以外にはいかなる原因も受けつけないんだ――まるで何ひとつ!………」
「またでたらめをいってる!」とポルフィーリイは叫んだ。
 彼は目に見えて活気づいてきた。そして、ひっきりなしに笑いながら、ラズーミヒンの顔を見ては、いっそう彼をたきつけるのであった。
「いーっさい受けつけないんだ!」とラズーミヒンはやっきとなってさえぎった。「でたらめじゃないよ!………なんならあの連中の本でも見せてやる。あの連中にいわせると、なんでも『環境にむしばまれた』がためなんだ――それ以外には何もありゃしない! 十八番の紋切型さね! それをまっすぐに推して行くと、もし社会が正常に組織されたら、すべての犯罪も一度に消滅してしまう。なぜなら、抗議の理由がなくなって、すべての人が、たちまち義人になってしまうから、とこういう結論になるのさ。人間の本性なんか勘定に入れられやしない。人間の本性は迫害されてるんだ、無視されてるんだ。彼らにいわせると、人類は歴史的な、生きた[#「生きた」に傍点]過程を踏んで、最後まで発展しつくすと、ついにおのずから正常な社会となるのじゃなく、その反対に、何かしら数学的頭脳から割り出された社会的システムがただちに全人類を組織してさ、一瞬の間に、あらゆる生きた過程に先だって、歴史的な生きた過程などいっさいなしに、それを正しい、罪のない社会にするんだそうだ! だからこそ、彼らは本能的に歴史というものがきらいなのだ。『歴史なんてみんな醜悪で愚劣なものだ』そういって、すべてを愚劣一点ばりで説明している!だからこそ、人生の生きた[#「生きた」に傍点]過程を好まないで、生きた[#「生きた」に傍点]魂などはいらないというのだ! 生きた魂は生命を要求する、生きた魂は機械学に従わない、生きた魂はうさんくさい、生きた魂は退嬰《たいえい》的だ! ところが、社会主義的社会の人間は、少し死人|臭《くさ》いにおいはするけれど、ゴムで作ることができる――しかし、その代り生きていない、その代り意志がない、その代り奴隷《どれい》みたいなもので、反逆もしない! で、その結果は、すべてをただ、共同宿舎(空想的社会主義フーリエの考えた共産体の宿舎)の煉瓦《れんが》を積んだり、廊下や部屋の間取りをあんばいしたり、それだけのことにしてしまった! しかし共同宿舎はできたにしても、共同宿舎に向いた本性がまだできていない。生活がほしい、生きた過程もまだ完成していない、墓場へ行くのはまだ早い!とこう[#「早い!とこ」はママ]叫ぶのだ。ただ論理だけで、自然性を飛び越すことはできない! 論理はただ三つの場合を予想するのみだが、実際にはそれが無数にあるんだからな! その無数の場合を切り離して、すべてをコムフォルト(快適)という一つの問題にかたづけてしまうんだから、問題を解決するのに、これより楽な方法はありゃしないさ! 人を誘惑するに足りるほど明瞭《めいりょう》だ、考える世話がないからね! かんじんなのはここさ――考える世話がない! 人生のあらゆる秘密も、三十二ページのパンフレットで尽きてしまうんだからなあ!」
「さあ、あばれだしたぞ、とうとうとして尽くることなしだ! こいつ手でも押えてやらなくちゃいかんわい」とポルフィーリイは笑った。「ねえ、どうでしょう」と彼はラスコーリニコフのほうへふり向いた。「昨日もやはりこのとおりだったんですよ、六人が声をそろえて……しかもその前にポンス酒を飲んでるんですからね――たいてい想像がつきましょう?――ところで、きみ、そりゃ違うよ、でたらめだ、『環境』というものは、犯罪に重大な意義を持ってるよ。これはぼくが証明して見せる」
「重大な意義を持ってるくらいのことは、ぼくだって知ってるよ。じゃひとつ、ぼくの質問に答えてみたまえ。四十男が、十になる女の子を凌辱《りょうじょく》したとしたら――それも、環境がさせたわざかい?」
「なに、そりゃ厳密な意味でいえば、やはり環境だともいえるさ」と驚くほどものものしい口調で、ポルフィーリイはこういった。「一少女にたいするその種の犯罪は、もちろん、もちろん『環境』で説明ができるよ」
 ラズーミヒンはもう危うく夢中になりそうだった。
「よし、お望みなら、今すぐにでも論証して[#「論証して」に傍点]やるぞ」と彼はわめき立てた。「きみのまつげの白いのは、ただイヴァン大帝(クレムリンにある鐘楼の名称)の高さが三十五サージェン(七四・七メートル)ほどあるがためにすぎないってわけを、明快に、的確に、進歩的に、いや、それどころか、リベラリズムの陰影さえつけて、論証して見せよう? いいか、やるぞ! なんなら、かけだ」
「よしきた! ね、どんなふうに論証するか、ひとつ聞こうじゃありませんか!」
「ええ、くそっ、どこまでも白っぱくれやがる、こん畜生!」とラズーミヒンは叫んで、おどり上がりざま片手をひと振りした。「ちぇっ、きさまなんかと、議論する価値はないや!あれは[#「いや!あれ」はママ]ね、きみ、みんなわざとやってるんだよ、ロージャ、きみはまだよくこの男を知らないんだ! きのうもこいつはみんなを愚弄《ぐろう》したいばかりに、やつらの肩を持ったんだぜ。ああ、きのうこの男のいったことときたら! しかも、やつらはそれを喜んでるんだからな!………この男はこんな調子で二週間ぐらいは持ちこたえられるのさ。去年も、なんのためだか知らないが、坊主になるなんていいだして、ぼくらを信じこましてさ、ふた月も強情をはり通したもんだ! ついこのあいだも、おれは結婚する、式の用意もすっかりできたといって、ぼくらを信じこませにかかった。服まで新調したんだからね。で、ぼくらもほんとうにお祝いまでいいだしたんだよ。ところが花嫁もいなけりゃ、なんの気《け》もありゃしない、何もかも蜃気楼《しんきろう》さ!」
「ほら、でたらめだ! 服はその前にこさえたんだよ。新調の服ができたについて、きみらをかついでやろうという考えがおこったのさ」
「じっさいあなたは、そんなに白っぱくれる名人なんですか?」とラスコーリニコフはむぞうさに尋ねた。
「あなたはそうじゃないと思ってたんですか? 待ってらっしゃい、いまにあなたも一杯くわしてあげますから――は、は、は! いや、なんですよ、あなたにはすっかりほんとうのことをいってしまいましょう。犯罪とか、環境とか、女の子とか、すべてそういう問題に関連して、今ふと思い出したんですが――いや、今までもずっと興味を持っていたんですが、あなたの書かれたちょっとした論文なんです。『犯罪について……』とかなんとかいいましたね、題はよく記憶しませんが、ふた月ばかり前に『ペリオジーチェスカヤ・レーチ(定期新聞)』で拝見の栄を得ました」
「ぼくの論文? 『ペリオジーチェスカヤ・レーチ』で?」ラスコーリニコフは驚いて問い返した。「ぼくはじっさい半年ばかり前、大学をよす時に、ある本のことで論文を一つ書きましたが、そのとき、ぼくはそれを、『エジェネジェーリナヤ・レーチ(週刊新聞)』に持って行ったんで、『ペリオジーチェスカヤ・レーチ』じゃありません」
『ところが、『ペリオジーチェスカヤ・レーチ』にのったんですよ」
「ああ、まったく『エジェネジェーリナヤ・レーチ』が廃刊したので、そのとき掲載されなかったんです……」
「それはそうにちがいありませんが、『エジェネジェーリナヤ・レーチ』は廃刊すると同時に、『ペリオジーチェスカヤ・レーチ』と合併したので、あなたの論文もふた月前に『ペリオジーチェスカヤ・レーチ』にのったわけです。いったいごぞんじなかったんですか?」
 ラスコーリニコフは事実すこしも知らなかった。
「冗談じゃない、あなたは原稿料を請求することもできるくらいなのに! だが、あなたもなんというご気性でしょう!直接自[#「ょう!直接」はママ]分に関係したことまでごぞんじないほど、世間ばなれのした生活をしておられるんですね。だって、それは事実ですよ」
「えらいぞ、ロージャ! ぼくもやっぱり知らなかったよ!」とラズーミヒンは叫んだ。「さっそく今日、図書館へ行って、その号を借りて見よう! ふた月前だね? 日はいつだろう? いや、まあ、どうでもいい、さがし出してやるから!こいつ[#「るから!こいつ」はママ]ぁおもしろい! それでいて、なんにもいわないんだからなあ!」
「でも、あれがぼくのだということが、どうしておわかりになりました? ぼく頭字だけしか署名してなかったのに」
「ふとしたことでね、しかも、つい二、三日まえですよ。編集者から聞いたんです。知り合いなもんですから……非常な興味を感じましたよ」
「たしかぼくは、犯罪遂行の全過程における、犯罪者の心理状態を検討したように覚えていますが」
「そうです。そして犯罪遂行の行為は、常に疾病を伴うものだと、主張していらっしゃる。じつに、じつに独創的な意見ですな。しかし……わたしが興味をいだかされたのは、あなたの論文のこの部分じゃなくて、結末のほうにちょっともらしてあった一つの感想なんです。けれど残念なことに、そこはただ、暗示的に書かれてるだけなので、明瞭《めいりょう》でないんです……ひと口にいえば、お覚えですかどうですか、つまり世の中には、あらゆる不法や犯罪を行ないうる人……いや、行ないうるどころか、それにたいする絶対の権利を持ったある種の人が存在していて、彼らのためには法律などないにひとしい――と、こういう事実にたいする暗示なのです」
 ラスコーリニコフは、この故意《こい》に誇張した自分の思想の曲解に、にやりとうす笑いをもらした。
「ね、なんだって? 犯罪にたいする権利だって? じゃ『環境にむしばまれた』からじゃないんだね?」と何かしらおびえたような表情さえ浮かべながら、ラズーミヒンは尋ねた。
「いや、いや、そうばかりでもないよ」とポルフィーリイは答えた。「問題はだね、この人の論文によると、あらゆる人間が『凡人』と『非凡人』にわかれるという点なのさ。凡人は常に服従をこれ事として、法律を踏み越す権利なんか持っていない。だって、その、彼らは凡人なんだからね。ところが非凡人は、とくにその非凡人なるがために、あらゆる犯罪を行ない、いかなる法律をも踏み越す権利を持っている、たしかそうでしたね、わたしが誤解していないとすれば?」
「いったいどうして、そんなことになるんだ? そんなことはあるわけがない!」と、ラズーミヒンは合点がいかぬというふうで、こうつぶやいた。
 ラスコーリニコフはまたにやりと笑った。彼は、どこへ自分をおびき出そうとしているのか、相手の真意はどのへんにあるのか、たちどころに見ぬいてしまった。彼は自分の論文を思い出し、いよいよ挑戦《ちょうせん》に応じようと決心した。
「ぼくが書いたのは、必ずしもそうでもないんですよ」と彼は率直なつつましい調子でいいだした。「もっとも、正直なところ、あなたはほとんど正確に、あの内容を叙述してくだすった。いや、なんなら、まったく正確に、といってもいいくらいです。(……彼はまったく正確だと承認するのが、真実いい気持ちだったのである。)ただ唯一《ゆいいつ》の相違というのは、ほかでもありません、ぼくはけっしてあなたがおっしゃったように、非凡な人は常に是が非でも、あらゆる不法を行なわなければならぬ、かならずそうすべきものだと主張したのじゃありません。そんな論文は発表を許されなかったろう、とさえ思われるくらいです。ぼくはただただ次のようなことを暗示しただけなんです。すなわち『非凡人』は、ある種の障害を踏み越えることを、自己の良心に許す権利を持っている……といって、つまり公《おおやけ》の権利というわけじゃありませんがね。ただし、それは自分の思想――ときには、全人類のために救世的意義を有する思想の実行が、それを要求する場合にのみかぎるのです。あなたはぼくの論文が明瞭を欠くようにおっしゃいましたね。それならできるだけはっきりと説明する労をいとわないです。あなたもどうやらそれがご希望なんでしょう? こう想像してもまちがいじゃないですね。なら、やりましょう。ぼくの考えによると、もしケプレルやニュートンの発見が、ある事情のコンビネーションによって、ひとりなり、十人なり、百人なり、あるいはそれ以上の妨害者の生命を犠牲にしなければ、どうしても世に認めさせることができないとすれば、その場合にはニュートンは、自分の発見を全人類に普及するため、その十人なり百人なりの人間を除く[#「除く」に傍点]権利があるはずです。いや、そうしなければならぬ義務があるくらいです……しかし、それかといって、ニュートンがだれかれなしに手当たりしだいの人を殺したり、毎日市場でどろぼうしたりする、そんな権利を持っていたという結論は、けっして出て来やしません。それから、ぼくの記憶しているところでは、こんなふうに論旨を発展さしたように思います。つまりあらゆる……まあたとえば、全人類的な立法者なり建設者なりは、太古の英雄をはじめとして、引き続きリキュルゴス、ソロン、マホメット、ナポレオンなどといったような人たちは、皆ひとり残らず、新しい法律をしいては、その行為によって、従来世人から神聖視されてきた父祖伝来の古い法令を破棄した、その一事だけでもりっぱな犯罪人です。したがってむろん彼らは、おのれを救いうるものはただ血あるのみ、という場合になると(たといその血が時として、ぜんぜん無辜《むこ》なものであろうと、古い法令のために勇ましく流されたものであろうと)、流血の惨にすらちゅうちょしなかったのです。これら人類の恩恵者、建設者の大部分が、とりわけ恐ろしい流血者であったということは、注目に価するくらいじゃありませんか。ひと口にいえば、人はだれ