京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

『ドストエーフスキイ全集6 罪と罰』(1969年、米川正夫による翻訳、筑摩書房)のP409-P432

の拍子に)、ナポレオンならこんなことでちゅうちょするどころか、それが非モニュメンタルだなんてことは夢にも考えなかったろう……いや、そこに何をちゅうちょすることがあるのか、それさえまるでわからなかったにちがいない、とこう考えついたときには、ぼくは無性に恥ずかしくなったくらいだ。もしほかに道がないとすれば、彼はむろん、いっさい何も考えこんだりなどせず、きゅっという暇もないうちに絞め殺してしまったに相違ない! そこでぼくも……考えこむのをよして……絞め殺したのだ……権威者の例にならってさ。これはじっさい、このとおりだったのだ! お前、おかしいかい? そうだ、ソーニャ、ここで何よりおかしいのは、これがまったくそのとおりだってことなんだよ……」
 ソーニャはおかしいどころではなかった。
「あなた、それよかありのままを話してくださいな……たとえ話なんか抜きにして」彼女はいっそうおどおどして、やっと聞こえるくらいの声で頼んだ。
 彼は、そのほうへふり向いて、沈んだ目つきでその顔をながめ、その両手を取った。
「そうだ。こんどもまたお前のいうとおりだ、ソーニャ。これはみんなばかげたことだ、ほとんどただのおしゃべりにすぎない! じつはね、お前も知ってるだろうが、ぼくのおふくろはほとんど無一物なんだ。妹はたまたま教育を受けていたので、よその家庭教師などしてまわらなきゃならないめぐり合わせなのだ。で、ふたりの望みは、すっかりぼくひとりにかかっていたわけだ。ぼくは勉強していたのだが、大学の学資をつづけられなくなって、退学しなくちゃならなくなったんだよ。よしまたあのままつづけていたにしろ、十年か十二年たつうちに(それも事情がうまく転回してくれれば)、どうやらこうやら、どこかの教師か官吏になって、年千ルーブリくらいの俸給《ほうきゅう》にありつけるようになるだろう……(彼は暗記したものでも復習するような調子で話した)。ところがその時分には、おふくろは苦労と悲しみでやせ細ってしまうだろう。で、ぼくはけっきょく、おふくろを安心させることができないわけだ。ところで妹……いや妹にはもっと悪いことが起こるかもしれない!………してみると、ぼくはなんだってもの好きに、一生涯すべてのもののそばを素通りして、いっさいのものからも顔をそむけ、母を忘れ、妹の恥辱《ちじょく》を忍ばなけりゃならんのだ? いったいなんのためだ? 彼らを葬って、その代りに新しいもの――妻や子をもうけた後、またそれをも同じように無一文で、一片のパンもない境遇に残していくためなのか? で……で、つまりぼくは決心したのだ。ばばあの金を没収して、最初何年間かの学資にあて、母を困らせないで、大学にいる間の勉強を安全にしたうえ、大学を出てからの第一歩にも使おう――しかも、そいつをすべて大きく根本的にやって、ぜんぜん新しい形で社会へうって出てさ、新しい独立不羈《どくりつふき》の道に立つ!………まあ……まあ、これでみんなだ……そりゃ、もちろん、ぼくがばばあを殺したのは――それは悪いことをしたにちがいない……だが、もうたくさんだ!」
 なんとなく力ない語調で、やっと話の終わりまでこぎつけると、彼はがっくり首をたれてしまった。「ああ、それは違います。それは違います」とソーニャは悩ましげに叫んだ。「いったい、そんなことがあっていいものですか……いいえ、それは違います、それは違います!」
「お前は自分でそんなことはないと思うんだね!………でもぼくは真剣に話したんだよ、真実を!」
「まあ、それがなんの真実なものですか! おお、神さま!」
「だって、ぼくはただしらみ[#「しらみ」に傍点]を殺しただけなんだよ、ソーニャ、なんの益もない、けがらわしい、有害なしらみ[#「しらみ」に傍点]を」
「まあ、しらみ[#「しらみ」に傍点]ですって!」
「そりゃぼくだって、しらみ[#「しらみ」に傍点]でないことは知ってるさ」と妙な目つきで彼女を見ながら、彼は答えた。「だが、もっとも、ぼくはでたらめをいってるんだよ……ソーニャ」と彼はいいたした。「ぼくはもうずっと前から、でたらめばかりいってるんだよ……あれはみな見当ちがいだ。じっさいお前のいうとおりさ。それにはぜんぜん、ぜんぜん、ぜんぜん別な原因があるんだ!………ぼくはもう長いこと、だれとも話をしなかったもんだからね、ソーニャ……ああ、ぼくは今やたらに頭が痛い」
 彼の目は熱病やみのような火に燃えていた。彼はほとんど熱に浮かされないばかりであった。不安げな微笑がそのくちびるの上にさまよっていた。興奮した気持ちのかげから、もう恐ろしい無力が顔をのぞけるのであった。彼がどんなに苦しんでいるか、ソーニャにはよくわかっていた。彼女もやはりめまいがしかけていた。それに、彼の話しぶりも、なんとなく奇妙だった。なんだかわかるような気もするけれど、しかし……『しかし、どうなのだろう! いったいどうなのだろう! おお、神さま!』彼女は絶望のあまり両手をもみしだいた。
「いや、ソーニャ、あれは見当ちがいだ!」とつぜん新しい思考の屈折にショックを受けて、興奮を感じたように、彼は急に頭を上げて、またいいだした。「あれは見当ちがいだ!それよりいっそ……こんなふうに想像してみてくれ(そうだ! じっさいこのほうがいい!)ぼくが自尊心の強いうらやましがりやで、いじわるで、卑劣な執念《しゅうねん》ぶかい人間で……そのうえ気ちがいの傾向があるとしてもいい――こういう男だと想像してみておくれ。(もう一切合財《いっさいがっさい》、一時にひっくるめてしまえ! 発狂ということは前にも人がいっていたよ。ぼく気がついていた!)今ぼくはお前に、大学の学資がつづけられなかったといったろう。ところがね、ことによったら、つづけられたかもしれないんだよ。大学に納めるだけのものは、母が送ってくれたろうし、くつだとか、服だとか、パンだとかを買う金は、ぼく自分でかせげたろうと思う。確かに、かせげたよ! 家庭教師の口がちょいちょいあって、一回五十コペイカずつもらえたんだからね。ラズーミヒンだって働いている! ところがぼくは、いじになって、働こうとしなかったんだ。そうだ、いじになったんだ[#「いじになったんだ」に傍点](これはうまい言葉だ!)ぼくはそのときくも[#「くも」に傍点]みたいに、自分の巣のすみっこへ引っ込んでしまった。お前はぼくの部屋へ来たから、見て知ってるだろう……ねえ、ソーニャ、わかるだろう、低い天井や狭くるしい部屋は、魂も頭毛押しつけてしまうものだ! おお、ぼくはあの犬小屋を、どんなに憎んだかしれやしない! が、それでもやはり、そこから出ようとしなかった! わざと出ようとしなかった。幾日も幾日も外へ出もしなければ、働こうともしなかった。ものを食う気にさえならなく、しじゅう臥《ね》てばかりいた。ナスターシヤが持って来れば食うし、持って来なければそのまま一日過ごしてしまった。わざといじで頼まなかったのだ! 夜はあかりもない暗やみの中に臥《ね》たまま、ろうそく代をかせごうともしないんだ! 勉強しなくちゃならないのに、本は売り飛ばしてしまい、テーブルの上のノートや手帳などには、今でも厚くほこりが積もっている。ぼくはそれより臥《ね》てて考えるのが好きだった。そして、のべつ考えていた……そしてね、しじゅういろんな変てこな夢ばかり見ていたのさ! どんな夢かって、そんなことはいったってしようがない! ところが、そのころからそろそろ頭に浮かびかかったのだ、その……いや、これもそうじゃない! ぼくはまた見当ちがいなことをいいだした! じつはね、ぼくそのころしじゅう、自分で自分に尋ねていたんだ――なぜ自分はこんなにばかなんだろう? もし人がみんなばかで、自分がそのことを確かに知っているなら、なぜ自分だけでも、もう少し賢くなろうとしないんだ? ところが、そのあとでぼくは悟ったんだよ、ソーニャ――だれもかれもが賢くなるのを待っていたら、それこそあまり長すぎるだろうってね……それからまたぼくは悟ったんだ――そんな時はこんりんざい来やしない、人間はどうにも変わるもんじゃないし、だれだって人間を作りかえられるものでもない、そんなことに手間をつぶす値うちはない! そうだ、それはそのとおりだ! これが彼らの法則なのだ……法則なんだよ、ソーニャ! それはまさにそのとおりだよ!……そこで、こんどぼくは知ったんだ――頭脳と精神のしっかりした強い人間は、彼らの上に立つ主権者なのだ! 多くをあえてなしうる人間が、群衆にたいして権利を持つんだ!より[#「んだ!より」はママ]多くのものを無視しうる人間は、群衆にたいして立法者となるのだ! だれより最も多く敢然と実行しうる人間は、それこそ最も多く権利を持つことになるんだ! これは今までもそうだったし、これから先もずっとそうだろう! ただ盲目《めくら》にはそれが見わけられないんだ!」
 ラスコーリニコフはそういいながら、ソーニャの顔を見てはいたけれど、もう彼女にわかるかどうかということを、少しも気にかけなかった。激しい熱情がすっかり彼を捕えてしまったのである。彼は一種の暗い歓喜に包まれていた(じっさい、彼はあまり長くだれとも話をしなかったのである!)。ソーニャは、この陰鬱《いんうつ》な教典が彼の信仰となり、法律となっているのを悟った。
「ぼくはそのとき悟ったんだよ、ソーニャ」と彼は感激にみちた調子で語をついだ。「権力というものは、ただそれを拾い上げるために、すすんで身を屈することのできる人にのみ与えられるのだ。そこにはただ一つ、たった一つしかない――すすんでやりさえすればいいのだ! そのとき、ぼくの頭には生まれて初めて、一つの考えが浮かんだ。それはぼくより前にだれひとり、一度も考えたことのないものだ! だれひとり! ほかでもない、世間の人間はこれまでだれひとりとして、このばかげたもののそばを通りながら、ちょっとしっぽをつかんで振りとばすことさえ、すすんでしようとするものがなかったんだ、また今だってひとりもいやしない。これがとつぜん、ぼくの目に、太陽のごとく明瞭《めいりょう》になったのだ! で、ぼくは……ぼくは……それをあえてしたく[#「あえてしたく」に傍点]なった、そして殺したのだ……ぼくはただあえてしたくなっただけなんだ、ソーニャ、これが原因の全部なんだよ!」
「ああ、お黙りなさい、お黙りなさい!」とソーニャは両手をうち鳴らして叫んだ。「あなたは神さまから離れたのです。それで神さまがあなたを懲らしめて、悪魔にお渡しになったのです!………」
「ああ、思い出したよ、ソーニャ、それはぼくが暗やみの中で臥《ふ》ていたとき、のべつ頭に浮かんだことなんだよ。じゃ、あれは悪魔がぼくを誘惑したのだね? え?」
「お黙りなさい! ひやかすのはおよしなさい、あなたは瀆神者《とくしんしゃ》です、あなたは、なんにも、なんにも、わからないんです! ああ、どうしよう! この人はなんにも、なんにもわからないんだわ!」
「お黙り、ソーニャ。ぼくはちっともひやかしてなんかいやしない。ぼくはちゃんと自分で知っている――ぼくは悪魔に誘惑されたんだ。お黙り、ソーニャ、お黙り!」と彼は陰鬱《いんうつ》な調子で執拗《しつよう》にくりかえした。「ぼくは何もかも知っている。そんなことはみんなもうあのとき、暗やみの中に臥《ふ》ているとき、さんざん考え抜いて、幾度も自分で自分にささやいたことなんだ……そんなことはみんな、ぼくがごくごく細かいところまで、自分自身で議論し抜いたことなんだ。みんな知ってるよ、みんな! ぼくはもうそのときから、こんなおしゃべりにあきあきしちゃったんだ。すっかりあきはてたんだよ! ぼくは何もかも忘れて、新しく始めたかったんだよ、ソーニャ。おしゃべりがやめたかったんだよ! まさかお前は、ぼくが無鉄砲にばかみたいなことをした、などと思いはしないだろうね? ぼくは知者として行動したんだよ。ところが、それがつまりぼくを破滅さしたんだ! お前まさかこんなことを考えはしないだろうね――ぼくが自分で自分に向かって、おれは権力を持っているかどうか? などと自問したり反省したりする以上、つまり、それを持たないわけだということが、ぼく自身にわかっていなかったのだなんて、まさかお前、そんなことを考えやしないだろうね。それから『人間はしらみ[#「しらみ」に傍点]かどうか?』などという問いをみずから発する以上、人間はぼくにとってしらみ[#「ぼくにとってしらみ」に傍点]じゃない、ただこんな考えを夢にも頭に浮かべない人にとってのみ、なんら疑問なしに進みうる人にとってのみ、初めて人間はしらみ[#「しらみ」に傍点]であることを、ぼくが知らないと思っているのかい?……ああぼくは、ナポレオンならあんなことをやったかどうかという問題で、あんなに長いあいだ悩み通したんだもの、自分がナポレオンではないことを明確に感じたわけなんだ……ぼくはそういった空虚な反省の苦しみを、とうとう持ちこたえたんだよ、ソーニャ。そして、そんなものをすっかり肩から振り落としたいと思った。ぼくはね、ソーニャ、理くつぬきで殺したくなったのだ。自分のために、ただ自分のためだけに殺したくなったのだ! ぼくこのことについては、自分にさえうそをつきたくなかったんだ! ぼくは母を助けるために殺したのじゃない――ばかな! また金と権力を得て人類の恩人になるために殺したわけでもない。ばかばかしい! ぼくはただ殺したのだ、自分のために殺したのだ。自分だけのために殺したのだ。それから先は、だれかの恩人になろうと、一生涯くも[#「くも」に傍点]のようにあらゆる人間を網に引っかけて生き血を吸うようになろうと、その瞬間、ぼくにとっては同じことでなければならなかった!………ぼくが殺人を犯したときに、必要だったのは金じゃない、金よりもっとほかのものがほしかったのだ……それは今ぼくにみんなわかっている……ね、ぼくのいうことをのみ込んでおくれ。ぼくはたとえ同じ道をたどって行くとしても、もう今後はけっして殺人などくりかえしやしない。ぼくは別のことが知りたかったんだ。別のことがぼくの背中を貫いたんだ。ぼくはそのとき知りたかったんだ、少しも早く――自分も皆と同じようなしらみ[#「しらみ」に傍点]か、それとも人間か、それを知らなければならなかったんだ。おれは踏み越すことができるかどうか? 身を屈して拾い上げることを、あえてなしうるかどうか? おれはふるえおののく一介《いっかい》の虫けらか、それとも権利[#「権利」に傍点]を持つものか……」
「人を殺す? 人を殺す権利を持ってるんですって?」とソーニャは両手をうち合わした。
「ええっ、ソーニャ!」と彼はいらだたしげに叫び、何か言い返そうとしたが、急にさげすむように口をつぐんだ。「話の腰を折らないでくれ、ソーニャ! ぼくはただ一つのことを、お前に証明しようと思ったんだ。ほかでもない、あのときは悪魔がぼくを引きずって行ったのだ。そして、悪魔のやつ、あとになってから、『お前はあんなまねをする権利を持っていなかったんだ、なぜって、お前もみんなと同じしらみ[#「しらみ」に傍点]にすぎないのだから』とぼくに説明しやがったんだ! 悪魔がぼくを愚弄したんだ。だからこそ、ぼくはいま、お前のとこへやって来たのだ! さ、お客さまの取り持ちをしておくれ! もしぼくがしらみ[#「しらみ」に傍点]でなかったら、どうしてお前のとこへやって来るものか! じつはね、あのとき、ぼくがばばあのとこへ行ったのは、ただ試験する[#「試験する」に傍点]ために行ってみただけなんだ……それを承知しといてもらおう!」
「そして殺したんでしょう! 殺したんでしょう!」
「だが、いったい、どんなふうに殺したと思う? 殺人てものは、あんなふうにするものだろうか? ぼくが出かけて行ったように、あんなふうに人を殺しに行くものだろうか……ぼくがどんなふうに出かけて行ったか、それは、いつか話して聞かせよう。いったい、ぼくはばばあを殺したんだろうか? いや、ぼくは自分を殺したんだ、ばばあを殺したんじゃない! ぼくはいきなりひと思いに、永久に自分を殺してしまったんだ……あのばばあを殺したのは悪魔だ、ぼくじゃない……もうたくさんだ、ソーニャ、たくさんだ! ぼくをうっちゃっといてくれ」ふいに痙攣《けいれん》的な悩みに身をもだえながら、彼はこう叫んだ。「ぼくをうっちゃっといてくれ!」
 彼はひざの上に両ひじついて、くぎ抜きで締めつけるように、両の手で頭を抱きしめた。
「ああ、なんという苦しみだろう!」悩ましい悲鳴がソーニャの胸からほとばしり出た。
「さあ、これからぼくは、どうしたらいいんだろう、いってくれ!」急に頭を振り上げ、絶望のあまり醜くゆがんだ顔を向けて彼女を見ながら、彼はこう尋ねた。
「どうしたらいいって!」と彼女は叫ぶなり、いきなり席をおどりあがった。と、今まで涙でいっぱいになっていた彼女の目が、急にらんらんと輝き始めた。「お立ちなさい! (と彼の肩をつかんだ。彼はほとんど驚愕《きょうがく》に打たれて彼女を見ながら、からだを持ちあげた。)すぐ、今すぐ行って、四つ辻《つじ》にお立ちなさい。そして身をかがめて、まず、あなたがけがした大地に接吻《せっぷん》なさい。それから、世界じゅう四方八方へ頭をさげて、はっきり聞こえるような大きな声で、『わたしは人を殺しました!』とみんなにおっしゃい! そうすれば、神さまがあなたに命を授けてくださいます。行きますか? 行きますか?」彼女は発作にでも襲われたように、全身わなわなとおののかせ、男の両手をつかんでひしと握りしめ、火のような目で彼を見つめながら、こう問いかけた。
 彼は驚愕に打たれた。というよりむしろ、彼女の意外な感激にあっけにとられたほどである。
「お前は懲役のことでもいってるのかね、ソーニャ? 自首しろとでもいうの?」と、彼は陰鬱な調子で尋ねた。
「苦しみを身に受けて、それで自分をあがなうんです、それが必要なんです」
「いや! ぼくはあんな連中のところへなど行きゃしないよ、ソーニャ」
「じゃ、どうして、どうして生きていくつもりなんですの?」とソーニャは絶叫した。「そんなことが、いまできると思って? ねえ、お母さんにどんな話をなさるおつもり?(ああ、あの人たちは、この先どうなるんだろう?)まあ、わたしは何をいってるんだろう! あなたはもうお母さんも、妹さんも捨てておしまいになったんですわね。もうちゃんと、捨ててしまったんです、捨ててしまったんです。おお、なんてことだろう!」と彼女は叫んだ。「だって、この人はもう何もかも自分で承知してるんだもの! でもどうして、どうして人を離れて生きていけます! あなたはこの先どうなるんでしょう!」
「赤ん坊じみたことをいうのはおよし、ソーニャ」と、彼は低い声でいった。「いったいぼくは、やつらになんの罪があるんだい! なんのために自首に行くんだ? やつらに何をいおうってんだ? そんなことは、みんなただの幻でしかないよ……やつら自身からして、幾百万の人を滅ぼして、しかも、善行のつもりでいるんじゃないか。やつらは、ごまかし者の卑劣漢だよ、ソーニャ!………ぼくは行かない。それに、いったい何をいうんだい? 人を殺したが、金をとる勇気がなく、石の下へ隠しました。とでもいうのかね?」と彼は皮肉なうす笑いを浮かべながら、つけたした。「そんなことをしたら、やつらのほうがぼくを笑って、こういうだろう。
『ばか、なんだって取らなかったんだ? 卑怯者のばか野郎!』やつらはなんにも、なんにもわかりゃしないよ、ソーニャ、わかるだけの資格がないんだよ。なんのために、ぼくが行かなきゃならないんだ! ぼくは行きゃしない。赤ん坊じみたことはおよし、ソーニャ……」
「あなたはお苦しみになってよ、お苦しみになってよ」死にもの狂いな哀願の表情で、彼のほうへ両手をさしのべながら、彼女はくりかえした。
「ぼくはことによったら、まだ[#「まだ」に傍点]自分で自分を中傷していたか略しれないな」と、彼はもの思わしげに、陰鬱な調子でいった。「もしかしたら、ぼくはまだ[#「まだ」に傍点]人間で、しらみ[#「おやじ」に傍点]じゃないかもしれない。あまり急いで自分を責めすぎたかもしれない……ぼくはも少し[#「少し」に傍点]たたかってやる」
 不敵な微笑が彼のくちびるにしぼり出された。
「まあ、そんな苦しみを持って暮らすんですの! しかも一生涯、まる一生涯!………」
「そのうちになれるよ……」と彼は気むずかしい、もの思わしげな調子でいった。「じつはね、話があるんだ」と彼は一分ばかりして、またいいだした。「泣くのはもうたくさんだ、用事にかからなきゃ。今日ここへ来たのは、ぼくが今お尋ね者になって、捕えられかかっていることを、お前に知らせるためなのだ……」
「ああ!」とソーニャはおびえたように叫んだ。
「え、なんだってそんな声を出すんだい! お前は自分のほうから、ぼくが懲役《ちょうえき》に行くのを望んでるくせに、こんどはそんなにびっくりするなんて? だがね、お聞き、ぼくはあんなやつらに屈《くっ》しやしないから。ぼくはもっとたたかってやるんだ。そうすりゃ、やつらはどうすることもできやしない。やつらにはほんとうの証拠がないんだ。ぼくはきのう、とても危ういはめに落ちて、もうだめかと思ったくらいだが、今日はまた事情が一変したんだ。やつらの持っている証拠は、皆どうにでもとれるようなものばかりだ。つまりやつらの起訴材料を、ぼくは自分に有利なようにふり向けることができるんだ、わかったかい? ほんとにふり向けて見せるとも。ぼくはもう要領を覚えちゃった……しかし、監獄へはかならずぶち込まれるだろう。もしある事件が起こらなかったら、今日はぶち込まれていたかもしれないんだ。いや、まだ今日これからぶち込まれるかもわからないんだ……だけど、そんなことはなんでもないよ、ソーニャ。しばらくいたら、また出してくれるよ……だってやつらは一つだってほんとうの証拠を持っていないんだから、またこれから先も出て来やしないんだから。そりゃきっとうけ合うよ。ところで、今やつらの持ってるような証拠では、人間ひとり台なしにするわけにいかないんだ。いや、もうたくさんだ……ぼくはただお前に知っていてもらおうと思って……妹や母にはなんとかして、ふたりが信じないように、びっくりしないようにするつもりだ。もっとも、こんど妹の身の上は保証されたらしいから……したがって母も同様だ……さあこれでおしまい。しかし、それにしても、用心しておくれ、もしぼくがぶち込まれたら、お前、監獄へ面会に来てくれる?」
「ええ、行きますとも! 行きますとも!」
 彼らはさながらあらしのあとに、ただふたり荒寥《こうりょう》たる岸へ打ち上げられた人のように、わびしげに悄然《しょうぜん》とならんで腰かけていた。彼はソーニャをじっと見つめていた。そして彼女の愛がいかばかり豊かに、自分の上に注がれているかを感じた。とふしぎにも彼はとつぜん、それほどまでに愛されているということが、苦しくもせつなく感じられた。そうだ、それは奇妙な恐ろしい感触だった! ソーニャのところへ来るみちみち、彼は自分の希望と救いが、挙げてことごとく彼女にあるような感じがしていた。彼は自分の苦しみを一部だけでも、軽くしてもらうつもりでいたが、今や忽然《こつぜん》、彼女の心がことごとく自分に向けられたのを知ると、彼は急に前よりも限りなく不幸になったのを感じ、意識したのである。
「ソーニャ」と彼はいった。「ぼくが収監されても、いっそ来てくれないほうがいいな」
 ソーニャは答えなかった。彼女は泣いていた。幾分か過ぎた。
「あなた十字架を持ってらっしゃる?」ふと思い出したように、思いがけなく彼女は出しぬけに問いかけた。
 彼は初め、問いの意味がわからなかった。
「ないでしょう、ね、ないでしょう?――さあ、これを持ってらっしゃい、糸杉で作ったものよ。わたしにはまだ真鍮《しんちゅう》のが残ってますの、リザグェータのくれたのが。わたしリザヴェータと十字架の取り換えっこをしたんですの。あの女《ひと》がわたしに十字架をくれて、あたしがあの女《ひと》に肌守りのお像をあげたんですの。わたしこれからリザヴェータのを掛けるから、これあんたにあげるわ。さあ、取ってちょうだい……わたしのですもの! わたしのですもの!」と彼女は哀願するようにいった。「だって、いっしょに苦しみに行くんですもの、いっしょに十字架を負いましょうよ!………」
「おくれ!」とラスコーリニコフはいった。彼女を落胆させたくなかったのである。けれどすぐにまた、十字架を取ろうとさし伸べた手を引っ込めた。
「今はいけない、ソーニャ。あとにしたほうがいい」彼女を安心させるために、彼はそういいたした。
「そうだわ、そうだわ、そのほうがいいわ、そのほうがいいわ」と彼女は夢中になって受けた。「苦しみに行くときにね、その時かけてらっしゃい。その時わたしのところへ寄ってね、わたしが掛けてあげますから。いっしょにお祈りをして行きましょう」
 この瞬間、だれかが三度ドアをノックした。
「ソフィヤ・セミョーノヴナ、はいってもいいですか?」とだれやら確かに聞き覚えのある、ていねいな声が聞こえた。
 ソーニャはおびえたように戸口へかけよった。白っぽい毛をしたレベジャートニコフ氏の顔が、ぬっと部屋の中をのぞき込んだ。

     5

 レベジャートニコフは心配らしい様子をしていた。
「わたしはあなたをたずねて来たのです、ソフィヤ・セミョーノヴナ。どうも失礼しました……ぼくはきっとあなたがおられるだろうと思いましたよ」といって、彼は急にラスコーリニコフに話しかけた。「いや、なに、べつになんにも考えやしなかったんですよ……そんなふうなことは……しかし、ぼくはつまりこう考えたんです……じつはお宅でカチェリーナ・イファーノヴナが発狂したんですよ」彼はラスコーリニコフのほうをうっちゃって、とつぜんソーニャに向かってぶっきらぼうにいった。
 ソーニャはあっと叫んだ。
「といって、つまり、少なくとも、そうらしいんです。もっとも……ぼくらはどうも、どうしていいかわからないもんで。つまりこういうわけなんですよ! さっきあの女《ひと》が帰って来た――というより、どこからか追い出されて来たらしい。おまけに、少しなぐられたらしいんです……少なくとも、そう思われるんですよ……あの女《ひと》はセミョーン・ザハールイチの長官のところへかけつけたんですが、主人はるすだった。長官はやはりどこかの将軍のところへ、食事に招かれたんで……ところがどうでしょう、あの女《ひと》は、その食事をしているところへ飛んで行った……そのもうひとりの将軍のところへね。そして、どうでしょう――とうとう強情をはり通して、セミョーン・ザハールイチの長官を呼び出したもんです。おまけに、まだたしか食事中のところをね。それからどうなったか、すぐに想像がおつきになるでしょう。もちろん、あの女は追っ払われたんだが、当人の話では、あの女《ひと》は長官をさんざん罵倒《ばとう》して、おまけに何やらぶっつけたんだそうです。まあそれは大いに想像しうることですがね……どうしてあの女《ひと》が取り押えられなかったのか――それがふしぎなくらいですよ! 今あの女《ひと》はみんなに話してるんです、アマリヤ・イヴァーノヴナにもね。しかし、どうもわかりにくい。わめいたり、もがいたりしてるんで……ああそうだ、あの女《ひと》はこんなことをわめきながらいってたっけ――今じゃもうみんなに捨てられたから、自分はこれから子供をつれて、手まわしオルガンを持って町へ出て、子供たちに歌わせたり踊らせたりする、そして自分も同じようにして金を集めながら、毎日将軍の窓の下へ行ってやるんだ……『そして、官吏の父を持った由緒《ゆいしょ》正しい子が、往来を乞食《こじき》みたいにして歩くところをあいつに見せてやるんだ!』なんかいって、子供たちをぶつもんだから、子供たちはわいわい泣きだすしまつです。リョーニャに『一軒家』の歌を教えて、男の子には踊りを教える、ボーレチカも同様なんです。それから、着物という着物を引き裂いて、それでもって役者のような帽子を子供たちに作ったり、自分は楽器がわりにたたくんだといって、金だらいを持ち出そうとしたり……人のいうことなんか、てんで耳に入れることじゃない……まあ考えてもごらんなさい、なんということでしょう? もうまったく、ひどいものです!」
 レベジャートニコフは、もっとしゃべりつづけそうだったが、ようやく息をつぎながらその話を聞いていたソーニャは、いきなりマンチリヤ(小外套)と帽子を引っつかみ、走りながら身支度をすると、部屋の外へかけ出した。ラスコーリニコフはそのあとから飛び出した。レベジャートニコフもそれにつづいた。
「確かに気が狂ったんですよ!」彼はつれだって通りへ出ながら、ラスコーリニコフにこういった。「ぼくは、ただソフィヤ・セミョーノヴナを驚かしたくないばかりに、『らしい』といったんですが、もう疑う余地はありません。肺病患者にはこうした結節が、脳へ出て来るそうですからね。残念ながらぼくは医学のほうのことを知らないんで。もっとも、ぼくはあの女《ひと》をなだめる試みはやってみたんですが、何ひとつ耳をかそうともしないんですよ」
「あなたは結節のことをあの女《ひと》にいったんですか」
「いや、はっきり結節といったわけでもないんですよ。それに、あの女《ひと》はなんにもわかりゃしないんですからね! しかし、ぼくがいいたいのはこうなんです。人ってものは、本質的になにも泣くわけがないのだと、論理的に説得してやると、泣くのをやめるものですよ。これは明瞭《めいりょう》なことです。あなたのご意見はどうです、やめないほうですか?」
「それじゃ、生きていくのがあまりに楽になりすぎますよ」ラスコーリニコフは答えた。
「待ってください、待ってください。もちろん、カチェリーナ・イヴァーノヴナにはかなり理解しにくいでしょう。しかし、あなたはご承知ないかもしれませんが、パリではもう単なる論理的説得の方法で、狂人を治療しうるという学説が現われて、まじめな実験が行なわれているんですよ。最近になくなったえらい学者のある教授が、その方法で治療しうると想像したのでね。その人の説によると、狂人には特別なオルガニズムの障害があるわけじゃない。精神|錯乱《さくらん》は、いわば論理的|誤謬《ごびゅう》、判断上の錯誤《さくご》、事物にたいする不正確な見解にすぎないという、これが根本なんです。その教授は徐々に論駁《ろんぱく》して、どうでしょう、ついに好結果を得たという話です! もっともこのさい、教授は霊魂をも利用したので、この治療の結果は、もちろん疑問の余地を有しています……少なくとも、そう思われますよ……」
 ラスコーリニコフは、もう前から聞いてはいなかった。自分の家の前まで来ると、彼はレベジャートニコフに一つうなずいて、門内へはいってしまった。レベジャートニコフはわれに返って、あたりを見まわすと、先のほうへかけ出した。
 ラスコーリニコフは自分の小部屋へはいり、そのまん中に立ち止まった。『なんのためにおれは、ここへ帰って来たのだろう?』彼は例の黄ばんだ傷だらけの壁紙や、ほこりゃ、例の長いすなどを見まわした……内庭のほうからは何かの鋭い物音が、絶えまなく聞こえていた。どこかで何かくぎでも打っているようなふうである。……彼は窓ぎわへ行ってつま立ちしながら、異常な注意集中の表情で、内庭の中を目でさがしてみた。けれど、内庭はがらんとして、たたいている人の姿は見えなかった。左手の離れには、そこここにあけ放した窓が見え、窓じきりの上には、貧弱なぜにあおい[#「ぜにあおい」に傍点]の植わったはちが置いてあった。窓の外には洗たく物が干してある……こんなものはみなそらで知っていた。彼はくるりと向き直って、長いすに腰をおろした。
 彼はこれまでかつてあとにも先にも、これほど恐ろしい孤独を感じたことがなかった!
 そうだ、彼はソーニャを前よりさらに不幸にした今となって、ほんとうに彼女を憎むようになったのかもしれない。こういうことを彼はもう一度感じた。
『おれはなんのために彼女の涙をねだりに行ったのだろう?なん[#「ろう?なん」はママ]のために彼女の生命をむしばむのが、ああまでおれに必要だったんだろう? おお、なんという卑劣なことだ!』
「おれはひとりきりになるんだ?」彼はふいにきっぱりとこういった。「あの女も監獄へ面会になんか来やしまい!」
 五分ばかりすると、彼は頭を上げて、妙に、にやりと笑った。それは奇怪な想念であった。
『ことによったら、ほんとうに懲役のほうがいいかもしれない』という考えが、ふいに浮かんだのである。
 彼は、頭にむらがってくる漠《ばく》とした想念と相対して、どれだけのあいだ、自分の部屋にじっとしていたか、覚えがなかった。ふいにドアがあいて、ドゥーニャがはいって来た。彼女は初め立ち止まって、ちょうどさきほど、彼がソーニャを見たように、しきいの上から彼を見つめていたが、やがて部屋の中へはいり、昨日自分の席となっていたいすに、彼と向き合って腰をおろした。彼は無言のまま、なんの想念もないように、ぼんやり彼女をながめた。
「怒らないでちょうだい、兄さん、わたし、ちょっと寄っただけなの」とドゥーニャはいった。
 彼女の顔の表情はもの思わしげであったけれど、きびしいところはなかった。そのまなざしは澄んで、落ちついていた。彼はこの女もやはり愛をもって、自分のとこへ来たのだなと悟った。
「兄さん、わたしはもう何もかも、何もかも[#「何もかも」に傍点]知ってるのよ。ドミートリイ・プロコーフィチがすっかり説明して、話してくだすったの。兄さんはばかばかしい、けがらわしい嫌疑を受けて苦しめられてるんですってね……でも、ドミートリイ・プロコーフィチは何も心配なことはないのに、ただ兄さんがやたらに気にして、恐怖観念に襲われてるんだって、そうおっしゃったわ。だけど、わたしそうは思いません。兄さんがどんなに憤慨して、からだじゅうの血を沸きかえらせてらっしゃるか、ようくわかります[#「ようくわかります」に傍点]。この口惜しさが永久に跡を残しやしないかと、それをわたしは心配するんですの。兄さんがわたしたちを捨てておしまいになったことでも、わたしは非難めいたことをいいません、そんな生意気なこと、できませんわ。まえにわたしが兄さんを責めたのはゆるしてちょうだいね。わたし自分でもそう感じますわ――もし自分にそういった大きな悲しみがあったら、わたしもやはりいっさいの人から身を隠したでしょうよ。お母さんにはこのこと[#「このこと」に傍点]はひと口も話しません。けども、兄さんのうわさは、しじゅうするようにします。兄さんのおことづけというていさいで、もうやがていらっしゃるだろうと、そういっておきますわ。お母さんのことは気に病まないでちょうだい。わたし[#「わたし」に傍点]がうまく安心させてあげます。だけど、兄さんはあまりお母さんを苦しめないでね。――せめて一度でいいから来てちょうだい。あれがお母さんだってことを思い出してちょうだい! 今わたしが来たのはね(とドゥーニャは立つ用意を始めた)、ただこれだけのことがいいたかったからですの。もしひょっとわたしが何かの役に立つことがあったら、でなければ……わたしの命でも、なんでも……入り用なことがあったら……そしたらわたしを呼んでくださいね、いつでも来ますから。じゃ、さようなら!」
 彼女はくるりと踵《きびす》をかえして、ドアのほうへ行きかけた。「ドゥーニャ!」と、ラスコーリニコフは呼びとめて立ちあがり、そのそばへ近づいた。「あのラズーミヒンは、ドミートリイ・プロコーフィチは、じつにいい男だよ」
 ドゥーニャはぼっとかすかに赤くなった。
「それで?」ちょっと待ってから、彼女はこう尋ねた。
「あの男は事務家で、勤勉で、正直な、そして強く愛することのできる男だ……じゃ、さようなら、ドゥーニャ」
 ドゥーニャはすっかりまっ赤になったが、やがて急に不安げな面もちになった。
「兄さん、まあそれはなんのことですの。いったいわたしたちはほんとに、永久に別れでもするんですの、だってわたしに……そんな遺言みたいなことをいったりして?」
「どっちにしても同じことだ……さよなら……」
 彼はくるりと背を向けると、彼女から離れて窓のほうへ行った。彼女はしばらく立ったまま、心配そうに兄を見ていたが、やがて不安に胸を騒がせながら出て行った。
 いや、彼は妹に冷淡だったのではない。一瞬間(いよいよ最後の瞬間)、彼は妹をひしと抱きしめて、いとまを告げ[#「いとまを告げ」に傍点]、何もかもいってしまおう[#「いってしまおう」に傍点]とさえ思った。しかし、彼は妹に手を与えることすら、思いきってできなかったのである。
『今おれが抱きしめたということを、あとになってあれが思い出したら、おぞけをふるうかもしれない。そして、おれが妹の接吻を盗んだというだろう!』
『ところであいつ[#「あいつ」に傍点]に、持ちこたえられるだろうか、どうだろう?』と、彼は五、六分してから、こう心の中でいいたした。『いや、持ちこたえられまい。あんな連中[#「あんな連中」に傍点]には持ちこたえられるものじゃない! あんな連中はけっして持ちこたえられたためしがない……』
 彼はソーニャのことを考えたのである。
 窓からは冷気が流れて来た。外はもはや前ほどあかあかと日が射していなかった。彼はいきなり帽子を取って、外へ出た。
 彼はもちろん、自分の病的な状態をいたわることができなかったし、またいたわろうともしなかった。けれど、この絶えまなき不安な内部の恐怖は、何かの結果を残さずに終わろうはずがなかった。彼がまたほんとうの大熱にかかって、床についてしまわないのは、つまりほかならぬこの絶えまなき内部の不安が、彼の足をささえ、意識を保っていたがためかもしれない。が、それはなんとなく人工的、一時的のものにすぎなかった。
 彼はあてもなくさまよい歩いた。太陽は沈みかかっていた。近ごろは彼はある特殊な憂愁を覚えるようになっていた。そこには何もかくべつ刺すようなものも、焼けつくようなところもなかったが、そこからは何かしら絶えまのない、永遠の感じがただよってきて、かの冷たいいっさいから生気をうばう、憂愁の、救いなき長い年月が予感された。『方尺の空間』における無気味な永遠性が予感された。たいてい、たそがれ時になると、この感触はひとしお激しく彼をさいなみ始めるのであった。
「何かしら、日没などに左右されるような、この愚劣きわまる、純然たる肉体的衰弱をかかえてるんだから、よっぽど気をつけなけりや、どんなばかをしでかすかしれやしない! リーニャのところはおろか、ドゥーニャのとこへだっても懺悔《ざんげ》に行きかねないぞ!」と彼は僧々しげにつぶやいた。
 彼を呼ぶものがあった。ふりかえって見ると、レベジャートニコフが飛んで来ている。
「どうでしょう。ぼくはあなたのとこへ行ったんですよ。あなたを捜してるんです。どうでしょう、あの女《ひと》は自分の計画を実行して、子供を連れて出ちゃったんですよ! ぼくはソフィヤ・セミョーノヴナといっしょに、やっとのことで捜し出したんです。見ると、自分はフライパンをたたいて、子供たちを踊らせてるんですが、子供たちはしくしく泣いてるというしまつでね。四つ辻《つじ》や小店の前に立ってやってるんで、やじ馬連がそのあとを追っかけまわしているんですよ。さあ行きましょう」
「で、ソーニャは?………」とラスコーリニコフはレベジャートニコフのあとから急ぎながら、心配そうに尋ねた。
「ただもう無我夢中です。いや、ソフィヤ・セミョーノヴナじゃない、カチェリーナ・イヴァーノヴナのほうです。もっとも、ソフィヤ・セミョーノヴナも夢中ですがね。が、カチェリーナ・イヴァーノヴナのほうは、まるっきり無我夢中なんです。ぼくは断言しますが、まったく気が狂っちゃったんですな。警察へ連れて行かれるに決まっているが、もしそうなったらどんなショックを受けるか、およそ想像がおつきでしょう……あの人たちは今××橋のそばの悧り割の所にいます。ソフィヤ・セミョーノヴナの住まいからあまり遠くないとこ、ついそこです」
 橋からごく近い掘り割で、ソーニャの住んでいる家から二軒と隔てぬところに、ちょっと人だかりがしていた。ことに男の子や女の子がかけ集まっていた。カチェリーナのしゃがれた、かきむしるような声が、早くも橋のあたりから聞こえていた。それはじっさい、やじ馬連の興味をひくにたる奇怪な見ものだった。いつもの古ぼけた着物をきて、ドラデダーム織のショールをかぶり、見ぐるしいかたまりになって、わきのほうへずっているこわれた帽子を頭にのせたカチェリーナは、まったく正真正銘の逆上状態になっていた。彼女は疲れて息をきらせていた。その弱りはてた肺病やみらしい顔はふだんよりひとしお苦しそうに見えた(それに肺病患者というものは、家の中にいるときよりも外光の中で見るほうが、ずっと病人くさく、醜く見えるものである)。けれど、彼女の興奮状態はなかなか静まらなかった。彼女は一刻一刻とますますいらだたしげになっていった。彼女は子供たちに飛びつくようにして、どなりつけたり、さとしたり、人の大ぜいいる前で踊りかたや歌いかたを教えたり、なんのためにこんなことをするのかいい聞かせたりしたが、子供たちののみ込みが悪いのに業を煮やして、彼らをたたくのであった。それから、中途でやめて、群衆のほうへ飛んで行き、ちょっとでも小ぎれいななりをした人が、立ちどまって見物しているのを見つけると、すぐにその男をつかまえて、『素姓の正しい、貴族といってもいいくらいな冢』の子供らが、なんという身の上になったものかと、くどき始める。もし群衆の中に笑い声や、からかうような言葉を聞きつけると、いきなりその無作法ものに食ってかかり、ののしり合いを始めた。ある者はじっさいに笑ったし、ある者は小首をひねっていた。とにかく、おびえて小さくなっている子供たちを連れた狂女を見るのは、だれにしてもおもしろかったのである。レベジャートニコフの話したフライパンはなかった。少なくともラスコーリニコフは見かけなかったけれど、フライパンをたたく代りに、カチェリーナはポーレチカに歌をうたわせ、リョーニャとコーリャを踊らせるときには、そのかさかさしたてのひらを打ち合わせて、拍子をとっていた。同時に彼女は自分でもいっしょにうたおうとしたが、そのつど、こみ上げるせきに妨げられ、第二句あたりでとぎれてしまった。そのためにまた業を煮やして、情けないせきをのろいながら、涙さえ流した。わけても何より彼女を逆上させたのは、コーリャとリョーニャの泣き声とおどおどした様子だった。じっさいレベジャートニコフの話したとおり、子供たちに大道芸人ふうのいでたちをさせようという試みもあったのである。男の子はトルコ人のつもりで、何やら白に赤のまじったターバンを巻いていたが、リョーニャには衣裳がなかったので、ただ頭に亡夫の紅い毛糸の帽子(あるいはナイトキャップといったほうがいいかもしれない)をかぶせて、それに、カチェリーナの祖母の持ち物で、今まで家宝として箱の中へしまってあった、白い駝鳥《だちょう》の羽根の切れっぱしがさしてあった。ポーレチカはふだん着のままである。彼女はとほうにくれて、おろおろと母を見まもりながら、しばしの間もそばを離れなかった。彼女は涙をかくすようにしていたが、毋の発狂を察して、不安げにあたりを見まわしていた。往来と群衆は恐ろしく彼女を脅かしたのである。ソーニャは絶えず、家へ帰るようにと、泣き泣き頼みながら、カチェリーナのそばを離れずについて歩いていた。けれど、カチェリーナはいっこう聞こうとしなかった。
「およし、ソーニャ、およし!」彼女はせきこんで息を切らし、ごほんごほんせき入りながら、早口にこう叫んだ。「お前は、自分でも何を頼んでるんだか、わかっていないんだろう、まるで子供だね! わたしはもうさっき、お前にそういったじゃないか――あの酔っぱらいのドイツ女のところへは、二度と帰りゃしないって。わたしは世間の人に、ベテルプルグじゅうの人に見せてやるんだよ。忠実に正直に一生お公の勤めをし、勤務中に倒れたといってもいいくらいの父親を持った、素姓の正しい子供たちが、物ごいをして歩くところを見せてやるんだよ(カチェリーナは、早くもこうした幻をつくりあげて、それを妄信《もうしん》してしまったのである)。あのやくざな将軍めに見せてやる、見せてやるとも。それに、お前もばかだねえ、ソーニャ。この先わたしたちは、どうして食べていくんだえ。わたしたちはもうずいぶんお前をいじめたんだから、この上あんなことはしたくない! あら、ロジオン・ロマーヌイチ、あなたですか?」とラスコーリニコフを見つけて、そのほうへかけ寄りながら、彼女は叫んだ。「どうぞね、あなたお願いですから、このおばかさんにいい聞かしてやってくださいな――これより利口なやりかたはないってことを! 手まわしオルガンひきだってかせぎがあるんですもの、わたしたちなんかすぐに見わけてもらえます。乞食《こじき》にまで成りさがっていても、もとは素姓のいい、気の毒な家族だということを、知ってくれるに決まってます。あの将軍のやつなんかは、いまに免職になるから、見てらっしゃい!わた[#「ゃい!わた」はママ]したちは毎日あいつの窓の下へ行ってやります。そのうちに皇帝さまがお通りになったら、わたしはそのおん前にひざをついて、子供たちを前のほうへ突き出してお目にかけながら、『父よ、お守りください!』と申しあげる。皇帝さまはみなし子の父で、お情け深くいらっしゃるから、見ててごらんなさい、きっと守ってくださいます。あの将軍のやつなんか……リョーニャ! Tenez vous droite!(からだをしゃんとして)コーリャ、お前はすぐもう一度踊るんだよ。何をめそめそしてるの? まためそめそ始めた! え、いったい、お前は何がこわいんだえ、おばかさんだね! ああ情けない、ほんとうにこの子らをどうしたらいいでしょう、ロジオン・ロマーヌイチ? あなたはごぞんじないでしょうけれど、ほんとにわからずやで困ってしまいますよ! ああ、こんな者をどうしたらいいんだろう!………」
 彼女は自分でもほとんど泣かないばかりに(しかし、それでも、のべつやみまなく。早口にしゃべり立てるじゃまにはならなかった)、しくしく泣いている子供たちを彼に指さして見せた。ラスコーリニコフは帰宅をすすめようと試みながら、彼女の自尊心に働きかけるつもりで、手まわしオルガンひきと同じように町をうろつき歩くのは、りっぱな女学校長たるべき彼女として、はしたないことだ、とまでいってみた。
「女学校、は、は、は! そんなおとぎ話は、いくら美しくたってだめですよ!」とカチェリーナは叫んだが、笑ったかと思うと、すぐさま、はげしくせき入るのであった。「いいえ、ロジオン・ロマーヌイチ、夢はもう消えてしまいました! わたしたちはみんなに捨てられたのです!………あの将軍め……ロジオン・ロマーヌイチ、じつはねえ、わたしあいつにインキつぼをほうりつけてやったんですよ――ちょうど小使部屋のテーブルの上にあったんですの、皆が署名していく紙(わたしも署名しましたわ)のそばにあったんですの、それをほうりつけて、さっさと逃げ出してやりましたよ。ああ、なんてさもしいやつらだろう! なんてさもしいやつらだろう! でも、勝手にしやがれだ。わたしは今から自分でこれたちを養っていきます。だれにも頭なんか下げやしない! もうあの子に苦労をかけるのはたくさんです! (彼女はソーニャをさして見せた。)ポーレチカ、いくら集まったの、お見せ! え? みんなでたった二コペイカ? なんてきたない連中だろう! 舌を吐き出しながら、人のあとを追っかけて歩くだけで、なんにもくれやしない! ふん、何をこのでくの坊は笑ってやがるんだ? (と彼女は群衆の中のひとりを指さした。)これというのも、みんなこのコーリャがわからずやだからです。世話ばかりやかすからです!お前はなんだい、ポーレチカ? さあ、わたしにフランス語でお話し、rarlez moi francais (わたしにフランス語でお話し)だって、わたしが教えてやったじゃないか、お前はいくつか文句を知ってるじゃないか!………でなけりゃ、お前たちが上品な家庭の子供で、教育があって、そんじょそこらの手まわしオルガンひきとは違うんだってことが、わかりっこないじゃないか。わたしたちは町なかで『ペトルーシカ』(指人形の芝居)をやって見せるのじゃなくて、上品なロマンスをうたうんですよ……ああそうだ! ところで、わたしたちは何をうたったらいいんだろう? あなたがじゃまばかりお入れになるもんだから、わたしたちは……ねえ、ロジオン・ロマーヌイチ、わたしたちがここに立ち止まったのは、何かいい歌を選り出すためなんですよ――つまり、コーリャにも踊れそうなものをね……だってね、お察しでしょうけれど、わたしたちは用意なしにこんなことをやってるんですものね。だから、すっかり練習をして申し合わせをしたうえ、ネーフスキイ通りへ行くつもりですの。あすこへ行けば、上流社会の人がずっとたくさんいますから、わたしたちをすぐ見わけてくれます。リョーニャは『一軒家』を知っています……今だれもかれも『一軒家』『一軒家』で、猫《ねこ》も杓子《しゃくし》もうたいますが、わたしたちは、もっとずうっと高尚なものをうたわなくちゃなりません……さあ、お前は何を考え出したえ、ポーリャ、せめてお前でもお母さんを助けてくれたらねえ! わたしは覚えというものがなくなってしまったんだもの。さもなけりゃ、いろんなものを思い出すんだけど! だって『軽騎兵は剣《つるぎ》によりつなんか、うたうわけにゃいかないからねえ! ああそうだ、フランス語で『Cinq sous(サン スウ)』をうたおうよ!ほら[#「うよ!ほら」はママ]、お前たちにもわたしが教えてあげたじゃないか、教えてあげたじゃないか。それに第一、フランス語だから、お前たちが上流の子供だってことがすぐわかって、そのほうがずっといじらしく聞こえるよ……それから『Malborough s'enva-t-en guerre(マルボルーの大将は戦争をしに行った)でもいいねえ! これはほんとの子供の歌で、貴族の家じゃどこでも子供を寝かす時にうたうものなんだから」

[#ここから2字下げ]
Malborough s'en va-t-en gurre
Ne-sait quand reviendra……
  マルボルーの大将は戦争をしに行った
  いつ帰ってくるのやら……
[#ここで字下げ終わり]

 と彼女はうたいかけたが、「いや、これよかやっぱり『Cinq sous(サン スウ)』のほうがいい! さあ、コーリヤ、両手を腰にあてて、早くさ、リョーニャお前も向こう側へまわってお行き、わたしとポーレチカが歌をつけて、拍子をとってあげるから!

[#ここから2字下げ]
Cinq sous, cinq sous
Pour monter notre menage……
  たったの五銭、たったの五銭
  それが暮らしの命綱……
[#ここで字下げ終わり]

ごほん、ごほん、ごほん! (彼女は身もだえしながらせき入った)。着物を直しておやり、ポーレチカ、肩がさがったじゃないか」と彼女は、ようやくせきの切れまに注意した。「こうなったら、お前たちはいっそうお行儀に気をつけて、上品にしなくちゃいけませんよ。みんなが由緒《ゆいしょ》ある家の子だと気がつくようにね。わたしはあの時そういったんだけど――チョッキを少し長めにして、そのうえ、ふた幅に裁つようにって。それを、ソーニャ、お前があのとき『短く、短く』って口を出すもんだから、子供がこんなみっともないかっこうになってしまったじゃないか、……ああ、またお前たちはだれもかれも泣いているね! なんのためなの、ばかだねえ! さあ、コーリャ早くお始め、さ、早く、早くったら――ええ、ほんとに、なんてやりきれない子供だろう!………

[#2字下げ]Cinq sous, cinq sous……

また兵隊が来たよ! いったい何の用だい?」
 なるほど、ひとりの巡査が群衆を押し分けて来た。が、それと同時に、官吏の略服に外套《がいとう》をまとい、首に勲章をつけた(それがカチェリーナには愉快でたまらなかったらしいし、巡査の心もちにも影響を与えたのである)、五十かっこうのりっぱな紳士が近づいて、無言のままカチェリーナに緑色の三ルーブリ紙幣を与えた。彼の顔には心からの同情が現われていた。カチェリーナはそれを受けて、うやうやしく、というより儀式ばった会釈《えしゃく》をした。
「あなた、どうもありがとうございます」と彼女は高飛車《たかびしゃ》にいいだした。「わたしたちが、こんなことをするようになった訳と申すのは……お金を預っておくれ、ポーレチカ。ね、ごらん、このとおり不幸に沈んでいる哀れな貴婦人をさっそく助けてくださる、高潔な腹の大きいかたがあるもんだよ。あなた、これが由緒ただしい、貴族といってもいいくらいの家に親戚知己《しんせきちき》をもった、みなし子だってことはおわかりでございましょうね。それをあの将軍のやつは食堂にすわり込んで、山鳥なんか食べていましてね……わたしがじゃましたといって、地だんだ踏むじゃありませんか……わたしは、そう申したんでございますよ。『閣下、なくなったセミョーン・ザハールイチを、よくごぞんじなのでいらっしゃいますから、どうぞみなし子たちをお守りください。卑劣も卑劣も、またとないほど卑劣なやつが、夫《たく》の生みの娘の顔にどろを塗ったのでございますから……しかもあの人の死んだ日に……』ああ、またあの兵隊が! どうぞ助けてください!」と彼女は官吏に向かって叫んだ。「なんだってあの兵隊はひとにつきまとうんだろう? もうメシチャンスカヤ街でも、ひとりやって来たものですから、ここへ逃げて来たんですのに……さあ、お前、なんの用があるんだい、ばか!」
「往来でこんなことは禁じられておるんです。不体裁《ぶていさい》なことをしちゃいけません」
「お前こそ無作法者じゃないか! わたしは手まわしオルガンひきと同じわけだよ、お前の知ったことじゃありゃしない!」
「手まわしオルガンひきなら鑑札がいります。ところが、あなたは自分勝手にそんなことをして、人だかりなんかさしているんですからな。お住まいはどちらです?」
「なに、鑑札だって?」とカチェリーナはわめき立てた。「わたしは今日、主人の葬式をしたばかりなんだよ。なんの鑑札どころかね!」
「奥さん、奥さん、まあ気を落ちつけなさい」と官吏は口を入れた。『さあ、行きましょう、わたしがあなたがたを送ってあげます……こんな人だかりのしているところでは不体裁ですから……あなたはからだもほんとうでないし……」
「どういたしまして、どういたしまして、あなたはなんにもごぞんじないのです!」と、カチェリーナは叫んだ。「わたしたちはネーフスキイ通りへ行くんですもの――ソーニャ、ソーニャ! まあ、いったいあの子はどこへ行ったんだろう? やっぱり泣いてるんだ! お前たちはみな、そろいもそろって、どうしたというんだね!………コーリャ、リョーニャ、お前たちはどこへ行くの?」と彼女はぎょっとしたように叫んだ。「まあ、なんてばかな子供たちだろう! コーリャ、リョーニャ、いったいあの子たちはどこへ行くんだろ それはこうだった。往来の人だかりと、気の狂った母親のとっぴなしぐさに、すっかりふるえあがっていたコーリャとリョーニャは、巡査が彼らをつかまえて、どこかへ連れて行こうとするのを見ると、いきなりいい合わせたように、手に手を取ってかけ出したのである。哀れなカチェリーナはけたたましい悲鳴をあげ、そのあとを追っかけて行った。息を切らせながら、泣き泣き走って行く彼女の姿は、見ぐるしくもあれば痛ましくもあった。ソーニャとポーレチカも、つづいてかけ出した。
「つれて帰っておくれ、あの子たちをつれて帰っておくれ、ソーニャ! ああ、なんてばかな、恩知らずな子供たちだろう!………ポーリャ! ふたりをつかまえておくれ……お前たちのためを思えばこそ、わたしは……」
 彼女は一生けんめいに走る勢いでつまずいたと思うと、どうとばかりその場へ倒れた。
「まあ、けがをして血だらけ! ああ、どうしよう!」とソーニャはひと声叫んで、彼女の上に身をかがめた。
 人々ははせ集まってそのまわりにひしめき合った。ラスコーリニコフとレベジャートニコフは、まっ先にかけよった。官吏も同じく急いで来た。巡査もそのあとからついて来たが、事がめんどうになりそうだなと直覚して、片手を振りながら、『やれやれ!』とつぶやいた。
「どいた! どいた!」と彼は四方から詰めよる群衆を追いのけようとした。
「死にかかってるぞ!」とだれかがわめいた。
「気が狂ったんだよ!」ともうひとりがいう。
「ああ、とんでもない!」とひとりの女が十字を切りながらいった。「その娘っ子とがき[#「がき」に傍点]はつかまったのかしら? ああ、あすこに連れられて来る、姉っ子がつかまえたんだよ……きかん坊だねえ!」
 けれど、カチェリーナをよく調べてみたとき、彼女はソーニャの考えたように、石にぶっつかってけがをしたのではなく、歩道をあけに染めた鮮血は、彼女の胸から吐き出されたものだとわかった。
「これはわたしも知っております、見たことがあります」と官吏はラスコーリニコフとレベジャートニコフに向かって、しどろもどろにいった。「こりゃ肺病ですよ。こんなふうに血がどっと出て、のどがつまるんですな。親戚の女にありましたよ、つい近ごろ見せられましたよ。さよう、コップにかれこれ一杯半くらい……しかも、とつぜん……しかし、いったいどうしたもんでしょうな、いまに死んでしまいますよ」
「こっちへ、こっちへ、わたしのうちへ!」とソーニャは祈るようにいった。「わたしはちょうど、ここに住まっているのですから!………ほらあの家、ここから二軒目ですの……さ、わたしのところへ、早く早く!………」一同に飛びかかるようにしながら、彼女はいった。「お医者を呼びにやってください……ああ、どうしよう!」
 官吏の尽力で、事はうまくはこんだ。巡査までがカチェリーナを運ぶ手伝いをした。彼女はほとんど死んだような有様で、ソーニャのところへかつぎ込まれ、ベッドの上にねかされた。出血はまだやまなかったが、当人はだんだん正気に返りかけたらしかった。部屋の中へは、ソーニャのほかに、ラスコーリニコフとレベジャートニコフ、それに例の官吏と、群衆を追い払った巡査が、一どきにはいって来た。群衆の中の幾人かは、戸口のところまでついて来た。ポーレチカは、ふるえながら泣いているコーリャとリョーニャの手をひいて来た。カペルナウモフの家のものも集まって来た。当の亭主はびっこで目っかちで、こわい髪やほおひげが針のように突っ立った、奇妙な風体《ふうてい》の男だった。たんだか永久におどしつけられたような顔をした女房も、年じゅうびっくりしているので化石したような顔をし、口をぽかんとあけた子供たちも、いくたりかやって来た。こうした連中の中に、とつぜんスヴィドリガイロフが姿を現わした。ラスコーリニコフは、彼を町の群衆の中に見たおぼえがないので、どこから来たのか合点がいかず、驚いたように彼を見つめた。
 医者や僧侶《そうりょ》の話が出た。官吏は、ラスコーリニコフに向かって、こうなったらもう医者はむだだろうとささやきながらも、迎えにやる指図をした。カペルナウモフが自分でかけ出したのである。
 その間に、カチェリーナはやや落ちついて、喀血《かっけつ》も一時とまった。彼女は病的な、けれども心の底までしみ込むような目で、哀れなソーニャをじっと見つめていた。彼女は義母の額から玉の汗をハンカチでふきながら、わなわなふるえていた。やがてカチェリーナは、起こしてくれといいだした。人人は彼女を両側からささえながら、べッドの上にすわらせた。
「子供たちはどこ?」と彼女は弱々しい声で尋ねた。「ポーリャ、お前ふたりを連れて来たかえ? ほんとにばかな子供たちだよ……え、なんだってかけ出したの……ああ!」
 血はまだ彼女のかわいたくちびるに、いっぱいこびりついていた。彼女はあらためて見るように、ぐるりと目をくばった。
「なるほど、お前は、こんなふうに暮らしてるんだね、ソーニャ! わたしはまだ一度も来たことがなかったが……思いがけなく見られることになった……」
 彼女はさも苦しげにソーニャを見た。
「わたしたちはすっかりお前の生血を吸ってしまったねえ、ソーニャ……ポーリャ、リョーニャ、コーリャ、ここへおいで……さあ、これでみんなだ、ソーニャ、どうぞこの子たちを引き取っておくれ……手から手へ渡すよ……わたしはもうたくさんだ!………芝居もこれで幕切れだ! ああ!………もう臥《ね》させておくれ、せめて死ぬだけでも静かに死なせて……」
 人々はふたたび彼女をまくらにつかせた。
「え? 坊さん? いらない……わたしたちにどこにそんな余分なお金があるのかね?……わたしには罪障《ざいしょう》なんかありません……でなくたって、神さまは許してくださる……わたしがどんなに苦しんだか、神さまはちゃんとごぞんじでいらっしゃる……でも許してくださらなけりゃ、それもかまわない!」
 不安な失神状態がしだいに強く彼女を領していった。ときおり彼女は身ぶるいして、あたりを見まわし、ちょっと一瞬、一同を見わけたが、すぐに意識はうわ言にかわった。彼女は苦しげにしゃがれた息をした。何か、のどでごろごろいっているようなふうだった。
「わたしはあの人にいいました。閣下……」ひと言ずつで息をつぎながら、彼女は叫んだ。「あのアマリヤ・リュドヴィーゴヴナめ……ああ! リョーニャ! コーリャ! お手々を腰にあてて、早く、早く、グリッセ、グリッセ(すべり足)、パー・ド・バスクバスク風の足づかい)、足で拍子をとって……すっきりした、かわいい子になるんですよ。

[#ここから2字下げ]
Du hast Diamanten und Perlen……
  ダイヤモンドや真珠ばかりか……
[#ここで字下げ終わり]

その先はどうだったっけ? そうだ、これをうたったらいいよ……

[#ここから2字下げ]
Du hast die sschonsten Augen
Madchen, was willst du mehr?……
  この上もなく美しいひとみを持って
  乙女よ、この上なにをお望みか?
[#ここで字下げ終わり]

 ふん、そりゃそうでなくってさ! was willst du mehr――なんてことを考えつくものだろう、まぬけめ!………ああそうだ、まだこんなのがあったっけ。

[#2字下げ]真昼の暑さ……ダゲスタンの……谷間にて

……ああ、わたしは、これがどんなに好きだったろう……わたしはこのロマンスがたまらなく好きだったんだよ、ポーレチカ!………これはお前のお父さんがね……まだ許婚《いいなづけ》のころによくおうたいになったんだよ……ああ、あのころは!………これだ、これをうたったらいいんだ! おや、どうだったっけ、どうだったっけ……ああ、わたし忘れちまった……ねえ、思い出さしておくれ、どうだったっけ?」
 彼女は激しく興奮しながら、身を起こそうとあせった。とうとう彼女は、ひと言ひと言、叫ぶようにしては息をつぎながら、何やら刻々|募《つの》っていく驚愕《きょうがく》の表情で、はらわたを断つような恐ろしいしゃがれ声でうたい始めた。

[#ここから2字下げ]
真昼の暑さ!………ダゲスタンの!………谷間にて!………胸に鉛の弾丸《たま》を持ち!………(レールモントフの詩の「夢」)
[#ここで字下げ終わり]

「閣下!夢」ふいに彼女はさめざめと涙にくれながら、胸を裂くような悲鳴とともに、こう叫んだ。「みなし子たちをお助けくださいまし! なくなったセミョーン・ザハールイチの饗応《もてなし》をおぼしめして!………貴族といってもいいくらいの!……ああ!」彼女はとつぜん、われに返って、何かぎょっとしたようにあたりを見まわしながら、ぴくりと身をふるわしたが、すぐソーニャに気がついた。「ソーニャ、ソーニャ!」ソーニャが前に立っているのに驚いたように、彼女はつつましやかな優しい声でくりかえした。「ソーニャ、かわいいソーニャ! お前もここにいたの?」
 人々はもう一度彼女を起こした。
「もうたくさん!………お別れをしていいころだよ!………さようなら、ソーニャ、お前も苦労したねえ!………みんなでやせ馬を乗りつぶしたんだ!………もう精も根もつきはーてーた!」と彼女は絶望したように憎々しげにひと声叫ぶと、どうとばかり、まくらの上に頭を落とした。
 彼女はふたたび意識を失った。けれど、この最後の昏睡《こんすい》状態は長くつづかなかった。彼女のやせ衰えた青黄いろい顔は、あおむけにがっくりたれ、口はいっぱいに開いて、足は痙攣《けいれん》的にぐっと伸びた。彼女は深い深い息をついて、ついにこときれた。
 ソーニャは、むなしい骸《むくろ》の上に倒れ、両手でひしと抱きかかえ、やせ細った胸に頭を押しつけたまま、じっと身動きもしなかった。ポーレチカは母の足もとに身を投げると、しゃくりあげて泣きながら、しきりに接吻《せっぷん》するのであった。コーリャとリョーニャは、まだ何事が起こったのかわからなかったが、何か非常に恐ろしいことを予感して、互いに両手で肩をつかみ合い、互いにじっと目をすえ合っていたが、いきなりそろって一時に口をあけ、わっと大声に泣きだした。ふたりともまだ衣裳をつけていた――ひとりはトルコターバンを巻き、いまひとりは駝鳥《だちょう》の羽根飾りのついたおわん帽子をかぶったまま。
 いつの間に、どうして出たのか、例の『賞状』が、ふとベッドの上に、カチェリーナのそば近くころがっていた。それはすぐそこの、まくらもとにあった。ラスコーリニコフはそれに気がついた。
 彼は窓のほうへ離れて行った。レベジャートニコフがそのそばへ飛んで来た。
「死にましたなあ!」とレベジャートニコフはいった。
「ロジオン・ロマーヌイチ、あなたにひと言申しあげなけりゃならんことがあるのですが」と、スヴィドリガイロフが寄って来た。レベジャートニコフはすぐに場所を譲り、気をきかして姿を消してしまった。スヴィドリガイロフは、びっくりしているラスコーリニコフを、なおも奥まったすみのほうへ引っぱって行った。
「こんどのいっさいのめんどうは、つまり葬儀|万端《ばんたん》のことは、わたしが引き受けます。なに、ただ金さえあればいいんでしょう。ところが、この前もお話したとおり、わたしにはいらない金があるんですから。わたしはこのふたりの雛《ひな》っ子と、ポーレチカを、どこかなるべく気のきいた孤児院へ入れてやります。それからソフィヤ・セミョーノヴナが、すっかり安心するように、三人が成年に達するまで、ひとりあたり千五百ルーブリずつということにしてやりましょう。それにソフィヤ・セミョーノヴナも、どろ沼から引き出してあげます。だって、いい娘さんですものね、そうじゃありませんか? で、どうか、あなたからアヴドーチヤ・ロマーノヴナに、あの女《ひと》の一万ルーブリはこういうふうに使ったと、お伝えを願いたいのです」
「いったいあなたはなんの目的で、そんな慈善の大盤《おおばん》ぶるまいをするんです?」とラスコーリニコフは尋ねた。
「ええっ! 疑り深い人だ!」とスヴィドリガイロフは笑いだした。「そういったじゃありませんか、その金はわたしにゃ不用なんだって。それに、単に人道上からいっても、あなたはこれだけのことすら許さないとおっしゃるんですか、え? だってあの女は(と彼は死骸のあるほうを指さした)、どこかの金貸しばばあみたいに、『しらみ[#「しらみ」に傍点]』だったわけじゃありませんからね。そうじゃありませんか、『じっさい、ルージンが生きて卑劣なことをすべきか、それともあの女が死なねばならぬか?』ですよ。もしわたしが助けなかったら、『たとえばポーレチカだって、やはり同じ道を行く』ことになるじゃありませんか……」
 彼は意味ありげに目くばせ[#「目くばせ」に傍点]でもするような、陽気な、いたずらっ子らしい顔つきで、ラスコーリニコフから目も放さず、これだけのことをいい終わった。ラスコーリニコフは、ソーニャにいった自分自身の言葉を聞き、みるみる真青になって冷水を浴びせられたような気がした。彼はたちまち一歩うしろへしりぞいて、驚いたような目つきで、スヴィドリガイロフを見つめた。
「ど、どうして……あなたは知ってるんです?」かろうじて、息をつぎながら、彼はささやくようにいった。
「だって、わたしはここに、壁ひとえ隔てて、レスリッヒ夫人のところに、下宿してるんですからな。こっちはカベルナウモフ、あっちにはレスリッヒ夫人、わたしの古い親友ですよ。だから隣同士なので」
「あなたが?」
「わたしが」からだをゆすって、笑いながら、スヴィドリガイロフは言葉をつづけた。「で、親愛なるロジオン・ロマーヌイチ、誓っていいますが、わたしはあなたに驚くほど興味を感じだしたんですよ。ねえ、わたしはそういったでしょう――われわれはきっとうま[#「うま」に傍点]が合うだろうって、ちゃんと予言しといた――ところが、はたしてこのとおりうま[#「うま」に傍点]が合った。いや、わたしがどんなに調子のいい人間か、今におわかりになりますよ。見ておってごらんなさい、わたしとなら、なに、いっしょに暮らしていけますよ……」

第六編

      1

 ラスコーリニコフにとって、ふしぎな時期が襲って来た。ふいに霧が目の前に立ちこめて、出口のない重苦しい孤独の中へ彼を閉じ込めてしまったようなぐあいである。ずっと時がたったあとで、この時期のことを思いおこしてみると、その当時、意識がもうろうとしていたらしく、しかも、途中いくたびか切れ目はあったものの、それが最終の破局までつづいていたのに、彼は自分でも気がついた。彼はそのころさまざまなこと、たとえば起こった事の期間とか時日とかで考えちがいしていた――それを彼ははっきりと確信することができた。少なくとも、その後、何かのことを思いおこして、その思い出したものを自分にはっきりさせようとつとめたとき、彼は多く第三者から受けた情報にたよりながら、いろいろ自分のことを知ったのである。彼は一つの事件を別の事件とごっちゃにしたり、またはある事件を、自分の想像のなかにのみ存在する出来事の結果みたいに思いこんだりした。時とすると、極度な恐怖にさえ変わる病的な悩ましい不安に襲われることもあった。かと思うと、これまでの恐怖にうって変わった、ゆるみきった倦怠《けんだい》が彼を領する数分、数時間、いや、あるいは数日さえもあったように覚えている――それはある種の瀕死《ひんし》の病人に起こる、病的な無関心状態に似た倦怠だった。概して、この最近数日間というもの、彼は自分でも自分の状態を明瞭《めいりょう》に、完全に了解するのを避けようと苦心していたようなふうであった。とくに猶予なく解明を要するある種の緊急な事実が、かくべつ彼の心に重くのしかかった。それを忘れたら、彼の立場としていやおうなしに、完全な破滅を招来するおそれがあることでも、彼はある種のわずらわしさをのがれて自由になれたら、どんなにうれしいかと思った。
 ことに彼の心を騒がせたのはスヴィドリガイロフであった。彼の心はスヴィドリガイロフの上にしばりつけられていた、といってもいいくらいである。カチェリーナの臨終の時、ソーニャの住まいでスヴィドリガイロフのいった言葉――彼にとってあまりにも恐ろしい、あまりにも明白に語られた言葉を聞いて以来、彼の平常の思想の流れは、かき乱されたようなぐあいになった。しかし、この新しい事実が極度に彼を騒がしたにもかかわらず、ラスコーリニコフはなぜか事態の解明を急ごうともしなかった。ときどき彼はどこか遠くの寂しい場末で、みすぼらしい安料理屋のテーブルに向かって、ひとり瞑想《めいそう》に沈んでいる自分をふと見いだして、どうしてこんなところへ来たのか、ほとんど合点のいかない有様でいながら、急にスヴィドリガイロフのことを考え出すのであった。すると、ふいに、一時も早くあの男と話し合って、できるだけきっぱり解決してしまわねばならぬという不安な意識が、明瞭すぎるほどはっきり浮かんできた。一度など、どこか市の関門の外に出たとき、彼は今ここでスヴィドリガイロフを待っているので、ふたりはここで会見する約束になっていたっけ、などという妄想《もうそう》を起こしたことさえあった。かと思えば、またある時は夜明け前に、どこか藪《やぶ》の中の地べたで目をさまし、どうしてこんなところへさまよって来たのかと、われながら訳がわからなかったこともある。もっとも、カチェリーナが死んでから二、三日の間に、彼はソーニャの住まいで、すでに二度もスヴィドリガイロフと会っていた。彼はそこへなんのあてもなく、ちょっと一、二分のつもりで寄ってみたのである。彼らはいつも簡単にひと言ふた言口をきき合っただけで、一度もかんじんの点には触れなかった。ちょうど、それについてはある時機まで待つという黙契が、ふたりの間に、しぜんと成立しているようなぐあいであった。カチェリーナの遺骸はまだ棺にはいったままだった。スヴィドリガイロフは葬式の世話で奔走《ほんそう》していた。ソーニャも同じく忙しそうにしていた。最後に会ったとき、スヴィドリガイロフはラスコーリニコフに向かって、カチェリーナの子供たちは自分がかたをつけた。しかも、うまくかたをつけた、自分は多少いい手づるがあるので、適当の人をいくたりか見つけたから、その助力をかりて、三人のみなし子をみんな、彼らにしごくにつかわしい孤児院へさっそく入れること