京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

T(教団「厚生省」所属)・東京地裁判決(要旨・1996年3月27日・山田利夫裁判長)

【T(教団「厚生省」所属)被告に対する判決からの抜粋】
(主な争点に対する判断)
 一、二    (略)
 三 幇助意思の有無
 1、2    (略)
 3 供述の信用性
(中略)ところで、被告人は、本件サリン混合液の生成以前に、VXの生成に当たって有機リン系の毒ガスと知りながらこれに関与しており、サリンも極めて高い殺傷能力を有する有機リン系の化学物質であって、松本サリン事件で用いられたことを知っていたものである。なお、被告人の九五年六月十三日付検察官調書によれば、VXの生成に関与したときには、これをサリンだと思い込んでいたというのである。また、本件サリン混合液生成に際しては、遠藤誠一から作動中のドラフト内に絶対に顔を入れるなと注意されたり、遠藤がビニール袋を頭からかぶって酸素ボンベの酸素を吸うのを見たりしている。このような状況にある被告人が、滴下している液体がイソプロピルアルコールであると分かったことから、生成しようとしているものがサリンであると察知したというのは、自然な思考の流れである。
 そして、サリンが極めて殺傷能力の高い毒ガスであり、現実に松本サリン事件で多数の死傷者が発生したのを知っていた被告人が、教団施設周辺に警察が来ているという緊迫した中で、遠藤から今日中に造ると言われたことのほか、当時教団が一般社会に対する敵対意識を深め、教団代表者の意思に基づけば殺人も「ポア」として正当化する教義を有していたことと相まって、近いうちにこれが教団による殺人行為に使用されるであろうとの認識を有したというのも、よく納得できるところである。以上のとおりであるから、被告人の捜査段階における前記供述は十分信用することができる。(中略)
 4 まとめ
 以上のとおり、被告人は、遠藤からあらかじめサリンを生成することを知らされてはいなかったものの、その場の状況や使用している薬品などから、生成しているものがサリンであると察知し、それが近々殺人行為に用いられるであろうとの認識を有していたと認められるから、殺人行為の幇助の意思に欠けるところはない。したがって、被告人は、殺人幇助、殺人未遂幇助の責めを負うべきであって、弁護人の主張は理由がない。

(量刑の理由)
 一    (略)
 二(中略)教団代表者松本智津夫らは、教団内でサリン生成のノウハウが確立していたことを奇貨とし、組織的かつ計画的に地下鉄サリン事件を企て、平日の朝の通勤ラッシュ時に、多数の乗降客が参集する密閉性の高い地下鉄電車内および駅構内をねらって同時多発的にサリンを発散させたのである。この地下鉄サリン事件は、今までに例を見ない衝撃的かつ凶悪な犯行であり、日本国中を極度の恐怖と不安に陥れただけでなく、新しいタイプのテロとして諸外国をも震撼させたのである。その結果、全く落ち度のない多数の善良な一般市民に被害をおよぼして、死者十一名、負傷者三千七百九十六名の多くを数える大惨事を引き起こしたものであって、被害者やその遺族の憤りと悲しみは筆舌に尽くし難い。加えて、地下鉄サリン事件のねらいは、教団に対して別の犯罪の嫌疑に基づく大規模な強制捜査が近いうちに行われると予想されたため、霞ヶ関駅を通勤で利用する警察関係職員を殺傷することによって警察組織に打撃を与えるとともに、首都中心部で大事件を起こすことによって、捜査の矛先をそらすなどするためであったと認められる。教団の維持存続という矮小な目的のために人命の尊ささえも否定し、むしろ大量の被害発生に向けて最も有効な時間、場所、方法を選択し、これを冷酷に組織一体となって遂行しており、もはや人間としての良心のかけらをも失った宗教団体による狂った犯行というほかなく、いささかの酌量の余地もない。このような地下鉄サリン事件は、法秩序に対する重大な挑戦であって、断じて許すことはできない。
 被告人は、地下鉄サリン事件の準備段階で、殺人目的で用いられることを察知しながら、本件サリンの生成に関与したものであるが、教団の教義や教団幹部の指示を絶対視して法規範をふみにじり、地下鉄サリン事件を敢行する上で不可欠な部分にかかわっている。先に述べたような地下鉄サリン事件の目的、態様、結果等の比類のない悪質さに照らすと、被告人は、その幇助犯とはいえ、相当に重い刑事責任を負うといわなければならない。

 

底本:『オウム法廷1下』(1998年、降幡賢一朝日新聞社