京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

メモ003 地下鉄サリン事件(1995年3月20日)における新見智光の”非積極さ”

※以下、特に断りがないかぎり、名字だけで表記することが多くなることをお断りさせていただきます。

 「自治省大臣」新実智光は、多くのオウム信者の中でも、もっとも多くの事件に参加した人物である。「教祖と弟子の相互作用」の当事者、もしくはその場面を見聞きする可能性が非常に高い。
以下に、新実の地裁判決文をしめす。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/817/005817_hanrei.pdf

ここでは、地下鉄サリン事件のみを検討する。判決文P5~7、32~35、41~44、53~54に関連記述がある。これを読むと、ほぼ麻原彰晃松本智津夫)、遠藤誠一の判決文における事実認定と同じであり、「教祖と弟子の相互作用」の、これはと印象に残るような場面がほとんどみあたらない、ということがわかる。新実に関して「教祖と弟子の相互作用」をいうならば、(この判決文にはないが)、サリンの入った袋に「聖教新聞」と「しんぶん赤旗」をわざわざ手に入れに行った場面ぐらいであろうか。
この判決文全体をみるかぎり、新実はたしかに事件に積極的だが、ほぼどの事件でも、最初に犯行について提案するのは麻原(松本)のほうなのである。そしてこれは、遠藤誠一の判決文を読んだ場合にもあてはまる。

私が新実について、特に気になるのは、以下の部分である(P42~43、強調は引用者による)。

第2 I事件における幇助犯の主張について
1 弁護人らの主張
 弁護人らは,I事件において,被告人は,実行役であるO21の送迎を行ったにすぎず,犯行の謀議にも参加していない,すなわち,犯行の立案には関与していないし,計画が具体化する過程も知らない,また,犯行の主要部分である実行日時,サリンの散布方法,実行役の指定及び任務分担,運転手役と実行役との役割の分担等については,W5アジトにおける最終確認以前に決定されていたのであって,最終確認は犯行全体の謀議とはいえない,しかも,運転手役の事件への関与は従属的と評価すべきであるから,被告人には殺人罪又は殺人未遂罪の幇助犯が成立するにすぎない旨主張する。
 2 当裁判所の判断
 そこで,前認定のような犯行に至る経緯及び犯行状況に基づき検討を加えることとする。
 (1) 被告人の果たした役割等
 ア(ア) 被告人は,実行役であるO21の運転手役として本件犯行に加担しているところ,当公判廷において,犯行前日の平成7年3月19日昼ころに,O23から,O1からの指示としてメモを示され,O22及びO23と共に東京に赴いたが,その日の夜に,W5アジトの小部屋でO6から話を聞くまでは,本件犯行については何も知らなかった旨供述している。
 (イ) この点,検察官は,被告人が監視役ないし総合調整役として本件犯行に加担した旨主張し,O17も,被告人の姿を見て,自分たちの監視に来たと思った旨,その他の者も,被告人の存在に違和感を感じたなどと供述している。また,被告人は,本件犯行当時,正悟師長のステージを与えられて,教団内では,A,P3,O1,Aの3女,P4及び011に次ぐ高い地位にあったことが認められる。
 しかしながら,被告人が本件犯行に加わることになったのは,同月19日昼ころ,O1及びO6がAに運転手役について相談した結果,Aが指示したことによるものと認められるのであり,Aが,当初より,被告人を加わらせる意図であったとまでは認められない。また,被告人は,当時,Aから,下積みをやり直す必要があるなどと言われて,専ら支部活動等に携わっていたと述べており,この供述を覆すに足りる証拠は存在しない。
 (ウ) そうすると,上記のような被告人の教団内での高い地位や共犯者らの受けた印象をもってしても,被告人の本件犯行への関与の程度に関する上記供述の信用性を左右するに足りるものとはいえないのであり,被告人が本件犯行において果たした役割は,その供述するとおり,O21の運転手役にとどまり,O22やO23と同様に,何の予備知識もなくW5アジトに赴いたものと認められる。

 イ もっとも,本件犯行では,g地下鉄h駅を通る複数の路線で同時多発的にサリンの散布を実行し,同駅周辺を大混乱に陥れることが目的とされていたところ,決められた時刻に5本の電車内で一斉にサリンを散布するという犯行計画を円滑に実現するためには,実行役を決まった時間までに確実に乗車駅等へ送り届けることが必要不可欠であった。また,犯行後も,地下鉄の駅から出てきた実行役を速やかに現場から逃走させる必要がある上,実行役がサリンに被曝するなどして早急に救護を受けさせることが必要となる事態も十分に想定できたのである。
 したがって,本件犯行計画の遂行に当たり,運転手役も必要不可欠なものとして重要な役割を担っていたことは明らかである。そして,このことは,被告人ら運転手役として選ばれた5名がいずれも古参の信者である上,一定水準以上の運転技術を有していたことからも裏付けられるのである。

ここでいう「下積み」というのは、P32にあるが、麻原(松本)からVX事件での失敗を批判されて、「井上嘉浩の指示に従うように」という指示を受けたことである。

さて、新実の「計画についてよく知らなかった」という証言について、いくつかの可能性を考えてみる。
1、新実は証言でウソをついていて、麻原(松本)か井上から、監視などの重要な指示をうけていた。
――事件から20年以上たった現時点でも、そのような重要な指示を立証するような証言はなされていない。これまで公開されている『オウム「教祖」法廷全記録』(毎日新聞社会部)・『オウム法廷』(降幡賢一)にそのような証言はみあたらない(私の見落としの可能性もあるが……)。第一に考えられる「監視」という可能性だが、他の実行犯多数が、「犯行前に、新実は印象に残るような言動をしている」と証言していない。それは上記判決文に書いてあるとおりである。井上嘉浩をふくめると11ー1=10人が同じ場所にいたのに、全員が見落としていたとは非常に考えくい。つまり、「犯行前に、新実は印象に残るような言動をしていない」とするしかない。
2、裁判の長期化・かく乱のため。
――これはP58に少し書かれているが、新実は2001年ごろから裁判で積極的に証言をはじめている。麻原(松本)や新実自身の量刑にかかわることでも、かなり率直に証言している。これらの証言は長期化・かく乱になっていないし、検察・弁護士両者ともそのように認識していない。
3、井上嘉浩をふくめた実行犯たち10人全員がウソをついている。
――それこそまったく根拠のない説である。まったく採用できない。
4、かなり考えにくい話だが、「計画についてよく知らなかった」という新実の証言はホントウである。

実に奇妙である。
一定以上の判断力のある、組織犯罪の指導者ならば、新実のような立場の人間に対して「監視をしておくように」などの追加指示をするのが合理的のはずである。また、新実の側から「重要なワークですか」「念のため(実行犯たちの)監視をしましょうか?」という積極的な発言がありそうなものである。実際、検察側もそこを指摘した。しかし、上でみたように、この「計画についてよく知らなかった」という証言は採用せざるをえないのである。

森達也氏はよく、アイヒマンのたとえをだす。

『A3』第27章(強調は引用者による)

 ただし「基本的には」だ。例外がなかったわけじゃない。時には信者同士でマハームドラーをかけ合うということはあった。また面会時に早川紀代秀が、「神々がグル麻原にマハームドラーを仕掛けたということは考えられますね。もちろんこれは、グル麻原がそう思っていた、ということですけど」と言ったことがある。これについては後述するが、もしも麻原も神々からのマハームドラーだと考えていたのだとしたら、誰もが(ホロコーストに加担した理由を「命令されたからやった」と法廷で証言した)アイヒマン状態だったということになる。

第31章(強調は引用者による)

 地下鉄サリン事件だけではなく松本サリン事件においても、村井は常に主導的に動いている。多くの信者から「麻原から最も信頼されている信者」と見なされていたし、また実際に麻原も村井を重用した。一九九四年八月十日の説法で麻原は、「マンジュシュリー・ミトラは、わたしが何かをオーダーしたとき、決してそれを否定することがない。(中略)これはまさにボーディサットヴァの智慧の経験の産物なのである」と賞賛している。施設内で廃棄物を処理するためにミニブラックホールを作れないかと麻原が言い出したときも、村井はそのプロジェクトを具体化しようとした。海中に都市を作れないかと麻原が言い出したときは、その手始めとして村井は一人乗りの潜水艇を作ったが、進水と同時に沈没した。プラズマ兵器や地震兵器などの開発にも、村井は大真面目に取り組んでいた。
 指示や命令を全肯定する。これはまさに、ナチスにおけるアドルフ・アイヒマンの役割だ。

しかし、アイヒマンに近いのは新実のほうで、村井秀夫はどちらかというと、マッドサイエンティストの有名人的存在・メンゲレのほうが近いのではないだろうか? ちなみに、森氏は『A3』において、メンゲレについては一回も言及していない。私の見落としかもしれないが、森氏の論理構成から言ってほぼまちがいないと思う。
また、森氏のいうアイヒマン像はある種の俗説の部分が少なくないと私には思われる。

https://ci.nii.ac.jp/naid/120005853298CiNii 論文 -  アイヒマンの悪における「陳腐さ」について



注:本記事は、2019年3月9日に書いた記事を、一部変えたものです。