京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

遠藤誠一・東京地裁判決(要旨・2002年10月11日・服部悟裁判長)

遠藤誠一被告に対する判決の要旨】
〔弁護人の主張に対する判断等〕
 一~三(略)
 四 地下鉄サリン事件について 1 弁護人の主張
 弁護人は、被告人が、犯行に使用されたサリンを生成したこと自体は争わないものの、被告人は、①サリンがどのように使われるのかについて、全く知らずに生成したものであり、地下鉄車両内等にサリンを発散させて乗客等を殺害することを共謀したことはなく、②仮に一定の罪責は免れないとしてもサリンの生成に関与した他の教団信者らが、殺人予備または殺人幇助として起訴されていることと対比しても、殺人の共謀共同正犯としての罪責は負わない旨主張し、被告人も、当公判廷において、これに沿った弁解をしている。
 2 共謀の有無および具体的内容
(一)そこで検討すると、被告人は、松本らから指示されて、地下鉄サリン事件に使用されたサリンを生成しているところ、被告人としても、サリンが極めて致死的効果の高い毒物であることや、半年余り前の松本サリン事件においてサリンが噴霧されたことにより、不特定多数の者が殺害されたことを知悉していたのであるから、サリンを生成すれば、必ず誰かへの攻撃に使用され、死傷という重大な結果を招来することは、十分に認識していたと認められる。また、①被告人は、非常に急がされてサリンを生成していること、②被告人は、生成したサリンを多数のナイロン・ポリエチレン袋に詰めて、村井秀夫に手渡していること、③被告人は、実行犯らが犯行の予行演習に使用した水入りのナイロン・ポリエチレン袋、新聞紙および予防薬を同人らが予行演習等をしていた第七サティアンに届け、同人らの面前で、「二時間前に飲む薬だ」などと発言していること、④被告人は、同所において、サリン入りの多数のナイロン・ポリエチレン袋を実行犯らが東京に持ち帰るための鞄に詰め替えていることなどの事情が認められるのであって、被告人は、まさに地下鉄サリン事件の最終準備作業に関与していたということが出来る。
 これらの事情に照らすと、被告人は、自ら生成して袋詰めにしたサリンが、近いうちに人の殺害のために使用されることは十分に認識していたと認められ、少なくとも右袋詰めのサリンを使用した殺害行為について、松本らとの共謀があったことは明らかというべきである。
(二)そこで、更に進んで、被告人に具体的にどの程度の共謀があったのかについて検討する。
(1)まず、土谷は、捜査段階において、被告人と中川からサリンの分溜方法等について尋ねられた後、被告人が、「東京に行かないよう第二厚生省のメンバーに伝えてくれ」と言い、さらに、後ろ向きの状態で、「国会図書館とか、地下鉄を使うような所とかね」と言った旨供述している。また、被告人も、捜査段階において、アタッシェケース事件後に、誰かが、村井に対し、「東京」とか、「地下鉄」とか言って、「下見をしてきた」と話しているところに出くわしたので、サリンが東京の方で使われるという気持ちがあり、土谷に対し、「東京の方へは行かない方がいい」と言ってやった旨供述している。
 土谷および被告人の右各供述は、十分に信用することが出来る。そして、これらの供述によれば、被告人は、生成したサリンが、東京方面、しかも地下鉄等の閉鎖空間において使用されることについてまで認識していたことが認められる。
(2)また、井上の証言等によれば、地下鉄サリン事件の二日前、松本、村井、井上、青山吉伸、I(法皇官房実質的トップ。匿名にする=筆者注)および被告人の六名が同乗して東京都内から上九一色村に向かうリムジン内で、教団に対する警察の強制捜査を阻止する方法として、地下鉄にサリンを撒くことやその他の方策が話し合われたこと、松本が、「サリンじゃないと駄目だ」と言い、村井に総指揮を命じたこと、松本が、被告人に対し、「サリンをつくれるか」と尋ねたところ、被告人は、「条件が整えば、つくれると思います」と答えたことなどの事実が認められる。もっとも、松本は、リムジンから下車する際に、「瞑想して考える」と言って話を打ち切っており、被告人も、その後、改めて松本からサリンの生成を指示されるまでは、サリンの生成に着手していないことなどに照らすと、右リムジン内の会話によって、犯行の共謀が完全に成立したとまで認めることは困難であるが、右リムジン内の会話は、その後に実行された地下鉄サリン事件の切っ掛けともなり、また、同事件は、その大枠において、リムジン内で話し合われたとおりに実行されたことが認められる。
 この点、被告人は、右リムジン内の会話について、同車に乗り込んで座ろうとした際に、「強制捜査が」という話し声を聞いたが、それ以外は、コスモクリーナーの音や走行音がうるさかったこと、もともと左耳が難聴であること、途中で眠ってしまったことなどから、何も聞き取れなかった、松本から「サリンがつくれるか」と尋ねられた際には、村井から起こされた旨弁解している。しかしながら、被告人の右弁解は信用出来ず、被告人において、少なくともリムジン内で強制捜査を阻止する方法が話し合われ、それに絡めてサリッの使用が議論される中で、松本からサリンの生成の可否を尋ねられたという認識があったことは、十分に認識した上で、これを承諾したと認められる。
(三)以上のとおりであるから、被告人は、生成したサリンが人の殺害に使用されるという漠然とした共謀にとどまらず、警察の強制捜査を阻止するために、東京方面の地下鉄等の閉鎖空間で不特定多数の者を殺害するのに使用されるということまで認識し、かつ、共謀していたことが認められる。
 3 被告人の正犯性
 以上検討したように、被告人は、サリンが人の殺害に利用されるという漠然とした認識にとどまらず、サリンの用途について、より具体的な内容を認識していたこと、不特定多数の者を殺害する犯行に必要不可欠なサリンにつき、松本や村井から直接の指示を受け、状況に応心て生成速度を速めるなどして主体的にその生成に関与したこと、サリンをナイロン・ポリエチレン袋に小分けして、まさに犯行に使用した時の状態にまで準備していることなど、犯行実現のために極めて重要な行為を担っている上、犯行後も、松本から指示された以上に、積極的に証拠隠滅作業を行っていることなどに照らすと、被告人の罪責は、サリンの具体的な用途について一切知らされないままその生成のみに補助的に関与した者たちと同列に論じられないことは多言を要しないところであり、被告人が殺人および殺人未遂の共謀共同正犯の責任を負うことは明らかである。

〔量刑の理由〕
 一 はじめに
 本件は、オウム真理教の第一厚生省大臣という幹部の地位にあった被告人が、教団代表者である松本や他の教団幹部らと共謀するなどして、滝本サリン事件(判示第二、松本サリン事件(判示第二)、○○VX事件(判示第三)、地下鉄サリン事件(判示第四)に共犯者として関与したという事案である。以下、本件各犯行のうち最も犯情の重い地下鉄サリン事件から、量刑の理由を示すこととする。
 二 地下鉄サリン事件について(一般的な犯情を述べている前半部分 略)
 被告人は、右犯行において、殺害の凶器として用いられたサリンを生成し、更には犯行に使用しやすいように、これを小分けにして袋詰めにするなどしているのであり、その果たした役割は極めて重大である。確かに、サリンの生成は、これまで土谷と中川が主導的に行っていたものであり、被告人一人ではその生成をなしえなかったことは事実と認められる。しかしながら、既に検討したとおり、被告人は、土谷や中川の手足としてサリンの生成に関与したものではなく、松本から直接にサリンの生成の指示を受け、その生成中も状況に応じて生成速度を速めるなど、主体的に生成に関与しているのである。また、被告人は、生成するサリンが、東京方面の地下鉄等の閉鎖空間で使用され、不特定多数の者を死に至らせる重大な被害を生じさせることを十分に認識していたにもかかわらず、松本から指示されるまま同人に何ら逆らうことなくサリンを生成したのであるから、その刑事責任はなおさら重大である。
 そして、被告人は、同じくサリンを使用した無差別殺戮事件である松本サリン事件においても、実際にサリンの散布現場に同行して共同正犯として関与しており、その結果、甚大な被害が発生したことを他の誰よりも痛感したはずであるのに、引き続き教団にとどまり、松本から指示されるままに、教団が再びサリンを使用して無差別大量殺戮を行うことを十分に認識しながらサリンを生成したのであって、その責任が極めて重大であることは論を俟たない。サリンが、それを発散させさえすれば、直接に手を下さずとも人を殺傷出来る極めて致死的効果の高い毒物であることをも考慮すると、無差別テロに使用されることを認識しながら、あえてサリンの生成行為を行った被告人の刑事責任は、実際にサリンを発散させた実行犯らの刑事責任と比べ、これに勝るとも劣らないといわざるをえない。
 三 松本サリン事件(同)
 被告人は、右犯行において、松本市内にサリンを撒くことについて当初の謀議から関与し、現場周辺を下見した上、犯行に使用する松本ナンバーのワゴン車を借り入れ、共犯者が被曝した場合に備えて医療役の一員として犯行現場まで同行し、使用したワゴン車が犯行現場で接触事故を起こした関係で犯行後には罪証隠滅工作を行っているのであって、その果たした役割ははなはだ重要である。被告人は、かつて新実がサリン中毒になった現場に立ち会ってその救命に携わったことから、サリンの致死的効果や被害に遭った者がいかにひどい苦しみをするかを知悉していたにもかかわらず、右犯行に関与しているのであって、その刑事責任は極めて重い。
 四 滝本サリン事件および○○VX事件
 以上に加え、被告人は、松本らと共謀の上、オウム真理教被害対策弁護団等に所属して積極的に反教団活動を行っていた三十七歳の弁護士に対し、未必の殺意をもって駐車中の同人の自動車にサリンを滴下し、同人にサリンガスを吸入させるなどしたが、同人を死亡させるに至らなかったという滝本サリン事件を敢行し、さらに、松本らと共謀の上、教団から逃げ出した元信者を匿うなどしていた八十二歳の男性に対し、未必の殺意をもって、極めて殺傷力の高い毒物であるVXをその身体に掛けて体内に浸透させたが、同人を死亡させるに至らなかったという○○VX事件を敢行しているのである。このように、被告人は、事前に入念な謀議と準備を行った上、教団に敵対するとみなされた者に対し、人命を軽視した組織的かつ計画的な違法行為を繰り返しているのであって、被告人の刑事責任は重大である。
 五 被告人に有利な事情
 他方、被告人のために有利に斟酌することが出来る事情も存在する。すなわち、地下鉄サリン事件において、被告人がサリンを生成することになったのは、これまでサリンの生成に従事していた土谷が使用するクシティガルバ棟のドラフトが使用出来ず、ジーヴァカ棟にあるドラフトルームを使用せざるをえないという偶然の事情があったことは否定出来ない。さらに、被告人は、最終的にはサリンを生成しているものの、松本からのサリン生成の指示に対し、その実行を躊躇し、生成役を免れようとしていたことも認められる。
 また、被告人は、捜査段階の当初においては、時には涙を流して土下座をするなどし、被害者や遺族に申し訳ないと謝罪の意思を表明していたことが認められ、当公判廷においても、被害者に対する謝罪の言葉を述べている。そして、被告人は、地下鉄サリン事件および松本サリン事件の一部の被害者の遺族や○○VX事件の被害者に対し、謝罪の手紙を出し、共犯者らの法廷に証人として出廷した際に受け取った日当を積み立てた中から五十万円をサリン事件等共助基金事務局に贖罪寄附している。さらに、被告人は、滝本サリン事件については、共犯者らとともに損害賠償請求の民事訴訟を提起されて敗訴が確定し、青山が右賠償金のうち二千二百三十三万円余りを支払うなどして、一応の被害弁償がなされている。加えて、被告人は、捜査段階の早いうちに、取調官に対し、地下鉄サリン事件ではサリンの生成に関与したことを自ら告げ、更には教団内に既にサリン等は存在しないことを明らかにするなど、捜査に協力したという事情も認められる。
 そのほか、被告人は、飼い犬の死などを契機として獸医師を目指し、勉学の末、免許を取得し、その後、研究者の道を志し、大学院医学研究科において、エイズウイルスの研究に従事するなど、真面目な社会生活を送っていたことが認められる。また、被告人が教団に入信して出家した時点においては、オウム真理教(オウム神仙の会)が違法な行為を行っていたとは認められず、教団に入信して出家したこと自体に責められるべき点は認められない。被告人は、生来、犯罪的傾向を有していた者ではなく、教団に入っていなければ、本件各犯行のような残虐な事件に関与することはなかったであろうということが出来、その意味で、教団独自の考え方の影響を受けていたことは否定出来ない。
 以上のような被告人のために有利な事情が認められる。
 しかしながら、被告人は、教団がその後に違法行為を行うようになり、変質していく過程をまさに肌で感じていたにもかかわらず、これを疑問に思って脱会することもせず、とりわけ、自らも関与した松本サリン事件において重大な被害を発生させた後も、そのことと真摯に向き合おうとせずに教団にとどまり続け、遂には自らサリンを生成して、地下鉄サリン事件を発生するに至らしめたのであり、前記の被告人のために有利な事情を斟酌出来る程度には、おのずから限度がある。
 六 結論
 被告人の関与した本件各犯行、特に地下鉄サリン事件および松本サリン事件は、その犯罪の罪質、動機、態様および結果のいずれをとっても、犯罪史上稀に見る悪質かつ残虐な犯行であり、被告人は、多数の住民を無差別に殺傷した松本サリン事件に関与した者として、同事件であれほど悲惨な結果が発生したことを十二分に認識していたにもかかわらず、松本から指示されるままに、自らサリンを生成して、再び多数の乗客等を無差別に殺傷した重大かつ悲惨な地下鉄サリン事件を引き起こしているのであって、その一点に限ってみても、その刑事責任は、この上なく重大であると言わなければならない。
 そうすると、死刑が、人の生命を奪い去る究極の刑罰であり、真にやむをえないと認められる場合にのみ選択が許されるものであることや、共犯者らとの刑の均衡等を考慮しても、結果の重大性や被告人の関与の程度等を考慮するときは、被告人に対しては、死刑をもって臨むほかはない。
 なお、死刑が、残虐な刑罰に当たらず、憲法三六条に違反しないことは、最高裁判所判例が示すところであり、当裁判所も、これと意見を同じくするものである。
 よって、被告人を死刑に処することとする。
【主文】
 被告人を死刑に処する。
 本件公訴事実中、九五年五月十七日付起訴にかかる犯人蔵匿(訴因変更後のもの)の点については、被告人は無罪。

底本:『オウム法廷12』(2003年、降幡賢一朝日新聞社