京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

『カラマーゾフの兄弟』P420-425   (『ドストエーフスキイ全集』第12巻(1959年、米川正夫による翻訳、河出書房新社))

けて『太陽が昇ったら』、ミーチェンカは、この塀を飛び越すのだ……フェーニャ、お前はどんな塀だかわからないだろう。いや、何でもないんだよ……まあ、どっちでもいい、明日になったら噂を聞いて、なるほどと思うだろう……今日はこれでさようならだ! おれは邪魔なんかしない、道を譲る。おれにだって道を譲ることができるよ。わが悦びよ栄えあれ……たった一ときおれを愛してくれたそうだが、そんならミーチェンカ・カラマーゾフを永久に憶えておってくれ……なあ、おい、おれはおれのことをミーチェンカと言ってたなあ、覚えてるだろう?」
 この言葉とともに、彼はいきなり、台所をぷいと出てしまった。フェーニヤはさきほど彼が駆け込んで自分に飛びかかった時よりも、こうした出方に一そう驚かされたのである。
 ちょうど十分の後、ミーチャはさきほどピストルを質入れした若い官吏、ピョートル・イリッチ・ペルホーチンの家へ入った。それはもう八時半であった。ペルホーチンは茶を飲み終って、料理屋の『都』へ玉突きに行くつもりで、たった今フロックを着直したばかりであった。ミーチャはその出立ちを抑えたのである。こっちはその姿を――血に汚れた顔を見るやいなや、思わず声をつつ抜けさした。
「おやっ! 君はまあ、どうしたんです?」
「あのね」とミーチャは早口に言いだした。「僕はさっきのピストルをもらいに来たんです。金も持って来ました。どうも有難う。僕いそぐんですからね、ピョートル・イリッチ、どうか早くして下さい。」
 ペルホーチンはますます驚きを深くするばかりであった。ミーチャの手に、一束の紙幣《さつ》が握られているのに気がついたのだ。が、何より不思議なのは、彼がこの金を握ったまま入って来たことである。こんなふうに金を握ったまま入って来る人はどこにもない。しかも、その紙幣をみんな右手で一握りにして、さも自慢らしく前のほうへさし出しているではないか。控え室でミーチャを出迎えたこの家のボーイは、彼が金を持ったまま控え室へ入って来た旨を、後になって話したが、これによってみると、彼は往来でもやはり金を握った右手を、前のほうへさし出しながら歩いたものらしい。金はみんな虹色をした百ルーブリ紙幣であった。彼はそれを血みどろの指で挾んでいたのである。ずっと後になって、当路の人たちが、金はどれくらいあったかと訊いた時、ペルホーチンはこう答えた、――あの時は目分量で勘定することはできなかったけれど、二千ルーブリか、ことによったら三千ルーブリ、とにかく大きな『かなり厚みのある』束であった。
 当のミーチャが同様にあとで申し立てたところによると、『あの時はほんとうに正気づいていないらしかったけれども、決して酔ってはいない。ただ何となく有頂天になってしまって、恐ろしくそわそわしていながらも、それと同時に、心が一ところに集注されているようであった。つまり、何やらしきりに考えようとあせっているくせに、どうしても解決することができない、といったようなあんばいであった。非常に心がせかせかしていたから、返事の仕方も奇妙に角立って、どうかすると、悲しい目にあったというようなところは少しもなく、かえって愉快そうに見えたほどである。』
「え、一たい君はどうしたんです、本当に今日はどうしたんです?」ペルホーチンはきょろきょろと客を見廻しながら、ふたたびこう叫んだ。「どうしてそんなに血みどろになったんです。転ぶかどうかしたんですか、まあ、ごらんなさい!」
 彼は相手の肘を掴まえて、鏡の前へ立たした。ミーチャは血で汚れた自分の顔を見ると、ぶるっと身を慄わして、腹立たしげに眉をしかめた。
「ええ、畜生! まだその上にこんな……」と彼はにくにくしげに呟いて、手早く紙幣を右から左の手へ持ちかえると、痙攣的にかくしからハンカチを引っ張り出したが、ハンカチもやはり血みどろで(これは例のグリゴーリイの頭や顔を拭いたハンカチである)、ほとんど一点として白いところはなかった。そして、生乾きどころでなく、もうすっかり一塊に固ってしまい、ひろげようとしても容易にひろがらなかった。
 ミーチャはにくにくしげにそれを床へ叩きつけた。
「ええ、こん畜生! 君、何か切れはありませんか……ちょっと拭きたいんだが……」
「じゃ、君、汚れただけで傷をしたのじゃないんですね! それなら、いっそ洗い落したほうがいいでしょう」とペルホーチンは答えた。「さあ、ここに洗面器があります、これを貸しましょう。」
「洗面器? それはいい……しかし、こいつをどこへおいたもんでしょうね?」何だかひどく奇怪な当惑の色を浮べながら、相談するようにペルホーチンの顔を眺めつつ、ミーチャは例の百ルーブリ札の束を指さした。まるでペルホーチンが彼の金の置き場を決める義務でもあるかのように。
「かくしへお入れなさい。それとも、このテーブルヘのせといてもいいでしょう。なくなりゃしませんよ。」
「かくしへ、そうかくしがいい。これでよしと……いや、何してるんだ、こんなことはつまらんこった!」急にぼんやりした心持からさめて、こう叫んだ。「ねえ、君、まず初めにあのことを、ピストルのことを片づけようじゃありませんか。あれを僕に返して下さいな。これが君の金です……実は非常に、非常に入用なことができてね……それに時間がないんです、本当にこれっからさきもないんです……」
 彼は束の中から一番上の百ルーブリ札を取って、若い官吏にさし出した。
「ところが、僕のところにも釣銭《つり》がないでしょう」とこちらは言った。「君、細かいのを持ってませんか?」
「ありません」とミーチャはもう一ど束をちらと見てこう答えた。そして、自分の言葉に自信がないらしいふうで、指をもって上のほうから二三枚めくって見た。「ありません、みんなこんなのです」とつけたして、彼はもう一ど相談するようにペルホーチンを見やった。
「一たい君はどこでそんな金を儲けたんです?」こっちはこう訊ねた。「お待ちなさい、僕はうちのボーイをプロートニコフの店へやってみます。あそこの家は遅くまで店を開けているから、――ひょっとしたら替えてくれるかもしれません。おい、ミーシャ」と彼は控え室のほうを向いてこう叫んだ。
「プロートニコフの店へ――名案でしたね!」ミーチャはある想念に心を照らされたように叫んだ。「ミーシャ」と彼は入り来る少年に向って、「お前ひとつ、プロートニコフの店へ走って行って、ドミートリイ・カラマーゾフがよろしくって、それから今すぐ自分で出かけるからと、そう言ってくれないか……それから、まだある、いいかい、――僕が行くまでにシャンパンを、そうだなあ、三ダースばかり用意して、いつかモークロエヘ行った時のように、ちゃんと馬車に積み込んでおけってね……僕はあの時あそこの店で四ダース買ってやったんですよ(と彼は急にペルホーチンのほうへ向いてこう言った)。――あそこじゃよく知ってるから、心配することはないよ、ミーシャ」と彼はまたボーイのほうへ振り向いた。「それから、いいかい、チーズに、ストラスブルクのパイに、燻製の石斑魚《シーダ》に、ハムにイクラに……いや、もうみんなみんな、あそこの店にありったけ注文してくれ。そうだな、百ルーブリか百二十ルーブリか、つまり、この前の時と同じくらいあればいいんだ……それから、いいかい、お土産物も忘れないようにな、菓子に、梨に、西瓜を二つか三つか、それとも四つ――いや、西瓜は一つでたくさんだ。それからチョコレートに、氷砂糖に、果物入氷砂糖《モンパンシエ》に、飴に――いや、あの時モークロエヘ積んで行ったものは、すっかりいるんだ。シャンパンを入れて三百ルーブリくらいもあったろう……つまり、今度もあの時と同じにしたらいいのだ。いいか、よく覚えて行くんだぞ、ミーシャ、お前ミーシャといったっけなあ……この子はミーシャというんでしたね?」ふたたび彼はペルホーチンのほうへ振り向いた。
「まあ、お待ちなさい。」不安げに彼の言葉を聞き、彼の様子を眺めていたペルホーチンは、こう遮った。「君いっそ自分で出かけて、自分で注文したほうがいいでしょう。でないと。[#「でないと。」はママ]こいつでたらめを言いますからね。」
「でたらめを言います、まったくでたらめを言いそうです! おい、ミーシャ、おれはお前を使うかわりに、接吻してやろうと思ってたんだがなあ……もしでたらめを言わなかったら、お前に十ルーブリくれてやる、早く駆け出して来い………シャンパンが一ばん大事なんだぞ、シャンパンを積み出すようにな。それから、コニヤクも、赤葡萄酒も、白葡萄酒も、何もかもあの時のとおりだ……あそこの店ではもうちゃんと知ってる、あの時のとおりだ。」
「まあ、僕の言うことをお聞きなさい!」もうじりじりしながら、ペルホーチンは遮った。「こいつには、ただ一走り行って両替させて、まだ店を閉めずにおけと言わしたらいいでしょう。それから、君が出かけて、自分で言いつけるんです……その紙幣をお貸しなさい。さあ、ミーシャ、進めっ、おいちに!」
 ペルホーチンはわざと急いで、ミーシャを追い出したらしい。というのは、ボーイは客の前に出て来ると、血みどろの顔や、慄える指に紙幣《さつ》束を握っている真っ赤な両手を、目を皿のようにして眺めながら、驚きと恐れのために口をぽかんと開け、棒のように立ちすくんだまま、ミーチャの言いつけなどろくろく耳に入れていない様子だったからである。
「さあ、これから顔を洗いに行きましょう」とペルホーチンはきびしい調子で言った。「金はテーブルの上におくか、かくしへ入れるかおしなさい……そうそう、じゃ出かけましょう。しかし、フロックは脱いだほうがいいでしょう。」
 彼は自分でも手伝って、フロックを脱がせにかかったが、ふいにまた叫び声を上げた。
「ごらんなさい、フロックまで血になっていますよ!」
「これは……これはフロックじゃありませんよ。ただちょっと袖のところが……ああ、これはハンカチのはいったところです。かくしの中から滲み出したんですよ。僕はフェーニャのところで、ハンカチを下に敷いて坐ったもんだから、それで血が滲み出したんですよ。」何だか不思議なくらい呑気な調子で、ミーチャはすぐにこう説明した。
 ペルホーチンは眉をしかめながら聞いていた。
「とんでもないことをしたもんですね、きっと誰かと喧嘩したんでしょう」と彼は呟いた。
 やがて手水《ちょうず》にかかった。ペルホーチンは水差しをもって、水をそそぎ始めた。ミーチャはせかせかしていたので、手にろくろく石鹸をつけなかった(彼の手がぶるぶる慄えていたことを、ペルホーチンはあとで思い起した)。ペルホーチンはすぐに、もっとたくさん石鹸をつけて、もっと強くこするように命令した。このとき彼はミーチャに対して、一種の権力を握っているような工合で、それが先へ行くにしたがって、だんだんはっきりと認められた。ついでに言っておくが、この若い官吏はなかなか胆の据った男であった。
「ごらんなさい、まだ爪の下がよく洗えてないじゃありませんか。さあ今度は顔をおこすりなさい。それ、そこですよ、こめかみの上、耳のそば……一たいあなたはそのシャツを着て出かけるんですか? そして、どこへ行くんです? ごらんなさい、右袖の折り返しがすっかり血だらけになってますよ。」
「ええ、血だらけになっています。」シャツの袖の折り返しをと見こう見しながら、ミーチャは答えた。
「じゃ、シャツを替えませんか。」
「暇がないんですよ、僕はね、ほら、こうして……」もうタオルで顔と両手を拭き終って、フロックを着ながら、例の呑気らしい調子でミーチャは語をついだ。「袖を折り込んどきますよ。そうしたら、フロックの下になって見えやしないでしょう……ね?」
「今度は一つ、どこでそんなことをしたのか聞かせて下さい。誰かと喧嘩でもしたんですか? またいつかのようにあの料理屋じゃないんですか? またあの時と同じ二等大尉が相手じゃありませんか、あの男を擲ったり、引き摺ったりしたんじゃありませんか?」何となく咎めるような口振りで、ペルホーチンはこないだのことを言いだした。「一たいまた誰を殴りつけたんです……それとも殺したんじゃありませんか?」
「つまらんこってすよ!」とミーチャは言った。
「どうつまらんのです?」
「よしときましょうよ」と言って、突然ミーチャはにたりと笑った。「これはね、たったいま広場で一人の婆さんを押し潰したんです。」
「押し潰した? 婆さんを?」
「爺さんです!」とミーチャは相手の顔をひたと見つめて笑みをふくみながら、聾にでもものを言うように大声で呶鳴った。
「ええ、ばかばかしい、爺さんだの婆さんだの……一たい誰か殺したんですか?」
「仲直りしましたよ。はじめ突っかかったけれど、すぐ仲直りしました、あるところでね。別れる時には、親友のようになりましたよ。ある馬鹿者ですがね……その男が僕を赦してくれましたよ……今頃はきっと赦してくれたに相違ありません……しかし、もし足が立ったら、赦してくれたに相違ありません。」ふいにミーチャはぽちり[#「ぽちり」はママ]と瞬きした。「しかし、どうだっていいんですよ。ピョートル・イリッチ、どうだっていいんですよ。必要のないことですよ! いま話すのが厭なんです!」きっぱりと断ち切るようにミーチャはこう言った。
「いや、僕がこんなことを言いだしたのは、あんまり誰かれの見さかいなしにかかり合うのは、感心した話でないと思ったからです……あの時の二等大尉事件みたいな、つまらないことのためにね……しかし、喧嘩をしておいて、もうさっそく騒ぎに行こうなんて、――君の性格がそっくり出ていますよ! シャンパン三ダースなんて、何だってそんなにいるんです。」
「ブラーヴォ! さあ、今度はピストルを下さい。まったく時間がないですから。実際、君とは少し話がしたいんだけれども、時間がなくってね。それに、そんな必要は少しもない。もう話をするのは遅いよ。あっ! 金はどこにあるかしら、どこへおいたろう?」と叫んで、彼はほうぼうのかくしへ両手を突っ込みはじめた。
「テーブルの上へおいたじゃありませんか……君が自分で……そら、あすこにありますよ、忘れたんですか? まったく君にとっては金も塵あくたか湯水同然ですね。さあ、君のピストルを上げましょう。しかし、さっき五時すぎにはこれを十ルーブリで質入れしながら、今はそのとおり何千という金が君の手にある、どうも不思議ですね。二千、三千ありましょう?」
「たぶん三千ぐらいありましょう」とミーチャはズボンのかくしに金を押し込みながら、そう言って笑った。 
「そんなことをしたら落しますよ。ほんとに君は金鉱でも持ってるんですか?」
「金鉱? 鉱山?」とミーチャはカーぱいに喚いて、急にからからと笑った。「ピョートル・イリッチ、君は鉱山ゆきがお望みですか。この町のある一人の婦人がね、ただどうかして君に金鉱へ行ってもらいたさが一ぱいで、すぐに三千ルーブリ投げ出してくれますよ。僕にも投げ出してくれたんですがね。恐ろしい鉱山の好きな婦人ですよ! ホフラコーヴァ夫人を知ってますか?」
「知合いじゃありませんが、噂を聞いたことも見たこともあります。一たいあの人が君に三千ルーブリくれたんですか? 本当に投げ出したんですか?」とペルホーチンは不審げな目つきで相手を眺めた。
「じゃ君、あす太陽が昇った時、永久に若々しいアポロが神を讃美しながらさし昇った時、あのひとのところへ、ホフラコーヴァ夫人のところへ行って、僕に三千ルーブリ投げ出したかどうか、訊いてごらんなさい。一つ調査してごらんなさいよ。」
「僕は君がたの関係を知りませんから……君がそうきっぱり言いきるところを見ると、本当にくれたんでしょう……ところで、君はそんなに金を鷲掴みにして、シベリヤへ行くかわりに、どこかへどろんをきめこむんですか……しかし、本当にこれからどこへ行くんです、え?」
「モークロエヘ。」
「モークロエヘ? だって、もう夜ですよ!」
「もとは何不自由ないマストリュークだったが、今は無一物のマストリュークになっちゃった!」だしぬけにミーチャがこう言った。
「どうして無一物です? そんなに幾千という金を持って、それでも無一物ですか?」
「僕が言うのは金のことじゃありません! 金なんかどうともなれだ! 僕は女心を言ってるんですよ。

  変りやすいは女気よ
  まことがのうて自堕落で

 僕はユリシーズに同感ですね、これはウリスの言ったことですよ。」
「僕には君の言うことがわかりません。」
「酔っ払ってでもいますかね?」
「酔っ払ってはいませんが、それよりなお悪いですよ。」
「僕は精神的に酔っ払ってるんですよ、ピョートル・イリッチ、精神的に……いや、もうたくさんたくさん。」
「君どうしたんです、ピストルなんか装填して?」
「ええ、ピストルを装填するんです。」
 ミーチャは本当にピストルの入った函を開けて、火薬入れの筒の蓋をとり、一生懸命に、それを装填しているのであった。やがて彼は弾丸《たま》を取り出したが、それを填める前に二本の指でつまんで、目の前の蝋燭の火にすかして見た。
「何だって君は、そんなに弾丸を見てるんです?」ペルホーチンは不安げな好奇心をもって見まもっていた。
「なに、ちょっと。考えてるんですよ。もし君がこの弾丸を自分の脳天へ打ち込もうと考えたとする、そうすればピストルを装填する時に、その弾丸を見ますか見ませんか?」
「何のために見るんです?」
「僕の脳天へ入って行く弾丸がどんな恰好をしているか、ちょっと見てみると面白いじゃありませんか……しかし、くだらんことだ、ちょっと頭に浮んだつまらん話だ。さあ、これでおしまいだ。」彼は弾丸を装填し終って、麻屑でつめをしながらこうつけたした。「ペルホーチン君、つまらん話だよ、何もかもつまらん話だよ。本当にどれくらいつまらん話かってことが、君にわかったならばなあ! ところで、今度は紙切れを少しくれたまえな。」
「さあ、紙切れ。」
「いや、すべっこい綺麗なのを、字を書くんだから、それそれ。」
 ミーチャはテーブルからペンを取って、その紙にさらさらと二行ばかり何やらしたためると、四つに折ってチョッキのかくしへ押し込んだ。二挺のピストルは函に納めて鍵をかけ、両手に取り上げた。それから、ペルホーチンを見やって、引き伸ばしたようなもの思わしげな微笑を浮べた。
「さあ、出かけよう」と彼は言った。
「どこへ出かけるんです? いや、まあ、お待ちなさい……君はひょっとしたら、自分の脳天へそいつを打ち込むんじゃありませんか、その弾丸を……」とペルホーチンは不安げに言った。
「弾丸なんかつまらんことです! 僕は生きたいのだ、僕は生を愛するのだ! 君これを承知してくれたまえ、僕は金髪のアポロとその熱い光線を愛するのだ……ねえ、ペルホーチン君、君はよけることができるかい?」
「よけるとは?」
「道を譲ることなんだ。可愛い人間と憎い人間に道を譲ることなんだ。そして、その憎い人間も可愛くなるように、――道を