京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

『人妻と寝台の下の夫』2(『ドストエーフスキイ全集2 スチェパンチコヴォ村とその住人』P289―P315、1970年、米川正夫による翻訳、筑摩書房)

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 その翌晩、イタリア劇場の出し物は何かのオペラであった。イヴァン・アンドレーイチは、まるで爆弾のように客席へ飛び込んだ。彼が音楽に対してこれほどのfurore 即ち情熱を示したことは、いまだかつてその例がないのであった。少なくとも、イヴァン・アンドレーイチがイタリア歌劇へ来ると、一時間か二時間、鼾をかいて眠るのが大のお好きということは、一同に知れ渡っていた。それどころか、観劇中の居眠りはとろけるようにいい気持ちだと、一度ならず明言したくらいである。「何しろ、プリマドンナが白い牝猫のような啼き声を立てて、子守唄を歌ってくれるんだからなあ」と友だちにいいいいした。しかし、こんなことをいっていたのはもうずっと前、去年のシーズンのことであって、今は、悲しいかな! イヴァン・アンドレーイチはわが家にいてさえ、夜もおちおち眠れないのだ。にもかかわらず彼はびっしり詰まった客席へ、爆弾のごとく飛び込んだのである。観客係さえ思わずぎくっとして、たちまちうさん臭そうな目つきになり、これは万一の場合のため脇ポケットに匕首《あいくち》でも隠しているに相違ないと、じろりと流し目をつかったほどである。お断わりしておくが、その頃オペラ狂が二派に分かれて、それぞれ自分のひいきのプリマドンナを声援していた。一方は**ジストといい、いま一方は**ニストと称していた。両派とも極端な音楽の愛好者で、とどのつまり、二人のプリマドンナに集中されたいっさいの美しく高遠なるものに対する愛が、何かひどく突拍子もない表現を見せはしないかと、劇場の観客係たちを冷々させるまでに立ちいたった。かような次第で、胡麻塩頭の老人が、――といっても、胡麻塩頭というのは当たらない、年の頃はまあ五十恰好の禿げ頭で、見たところ貫禄のある人物であった、――このように若々しい情熱を示しているのを見て、観客係はわれともなしに、デンマークの王子ハムレットの荘重な、

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老人でさえこれほど恐ろしい堕落振りじゃもの
まして血気さかんな若ものが、云々……
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というせりふを思い出さざるを得なかった。で、前にも述べたように、これはてっきり匕首の柄でも覗かしているに違いないと、燕尾服の脇ポケットに流し目をくれたのである。しかし、そこには紙入れのほか何もなかった。
 観客席へ飛び込むと、イヴァン・アンドレーイチはさっそく二階桟敷をぐるりと見廻した、と、――ああ、なんという恐ろしいことか! 彼の心臓は鼓動を止めた。彼女はここにいるのだ! 彼女は桟敷に坐っているではないか! そこにはポロヴィーツイン将軍夫妻と、夫人の妹もいっしょなのだ。そこにはまた将軍の副官で、並々ならぬ敏腕家の青年も、傍に侍っている。なおもう一人、だれかしら文官服の男も見える……イヴァン・アンドレーイチはありたけの注意を集中し、ありたけの視力を緊張させたが、しかし、おお、なんという恐ろしいことか! 文官服の男は卑怯千万にも副官のうしろに隠れて、未知の闇の中に沈んでいるのだ。
 彼女はここにいる。そのくせ、自分の口からは、まるっきり違うところへ行くようにいったのである! さき頃からグラフィーラ・ペトローヴナの一挙一動に現われはじめたこの矛盾撞着こそ、イヴァン・アンドレーイチの悩みの原因であった。で、この文官服を着た青年は、ついに彼を完全に絶望の淵へ突き落としたのである。彼は烈しい一撃を受けたように、へたへたと椅子へ腰を落とした。はた目には、いったいどうしたことかと思われるかもしれないが、事情はきわめて簡単なので……
 断わっておかなければならないが、イヴァン・アンドレーイチの椅子は、ちょうど特等桟敷のそばになっており、おまけに癇にさわる二階の桟敷は彼の席の真上に当たっているので、いまいましいことに、頭の上で何をしているか、さっぱり見当がつかないのであった。その代わり、ご当人のほうは|湯沸し《サモワール》のように熱くなって、ぷりぷりしていた。第一幕はまるで気のつかないうちにすんでしまった。というのは、ただのひと節だって耳に入らなかったのである。通説に従えば、音楽というものは、楽器の与える印象をどんな人の感じにでも一致させる力があって、そこがいいところだ、とのことである。よろこびをいだいている人は楽音のうちに歓喜を見いだすし、悲しんでいる人は悲しみを発見する。ところで、イヴァン・アンドレーイチの耳の中では、大嵐が吹きまくってた。しかも、彼のいまいましがりようがまだ足りぬとでもいうように、うしろでも、前でも、わきのほうでも、みんな物凄い声でわめき立てるので、イヴァン・アンドレーイチは心臓が張り裂けるかと思うほどであった。やっとのことで第一幕が終わった。しかし、幕の下りたその瞬間、わが主人公の身の上に筆舌に尽くしがたい事件が起こった。
 芝居の中では時として、二階三階の桟敷から番付がひらひらと舞い落ちることがある。出しものが退屈で、見物があくびをしているような時には、それが一個の大事件になる。ことにこの薄っぺらな紙きれが一等うえの席から落ちて来るような時には、だれもがかくべつの興味をいだき、番付がジグザグを描きながら、空中旅行を終えて平土間へ辿りつき、だれかの頭の上へ寝耳に水とばかりのっかるのを見届けて、それを座興にするものである。また事実、その頭の持主がどぎまぎするのを眺めるのは、はなはだ興味津々たるものがある(なぜなら、その頭の持主は必ずどぎまぎするからで)。筆者《わたし》なども、桟敷のふちに婦人用のオペラグラスがのっているのを見ると、いつも心配でたまらないのだ。今にも、そんなこととは夢にも知らぬだれかの頭の上へ、つぶてのように落ちて行きそうな気がしてしようがない。しかし、考えて見ると、筆者《わたし》は場所柄にも似合わない悲劇的な感想を述べたものである。こんなものは詐欺や、裏切りや、油虫などの予防にこれ努めている新聞の雑録欄へ送るとしよう。ただし、最後の件は、もし諸君の家に油虫がいた時の話で、そういう場合には、単にロシヤばかりでなく、世界中のありとあらゆる油虫、たとえば、プルサーク([#割り注]翻訳することのできない洒落。プルサークは、ロシヤ語で油虫の異名であるとともに、プロシヤ人をも意味する。プリンチペ氏は殺虫剤の発明者[#割り注終わり])などにとって恐るべき仇敵である、かの高名なプリンチペ氏が推薦されるのが常である。
 ところで、イヴァン・アンドレーイチのほうに起こった事件というのは、これまでどこにも描かれたことがないようなものであった。彼の頭、――すでに述べたごとく、かなり禿げた頭の上に落ちて来たのは、番付ではなかった。白状するが、筆者《わたし》は彼の頭の上へ落ちて来たのがなんであったかを、あけすけにいうのがはばかられる。なぜなら、嫉妬のあまり瞋恚のほむらを燃やしている尊敬すべきイヴァン・アンドレーイチの、むき出しになった、ある程度毛のなくなった頭の上へ落ちたのが、はなはだぶしつけ千万なしろもの、いい換えれば、香水の匂いのぷんぷんする恋文であるなどとは、気がさして堂々と発表できないではないか。少なくとも、哀れなイヴァン・アンドレーイチは、こんな思いがけないぶしつけな出来事に対して、まったく心がまえができていなかっただけに、まるで自分の頭の上で二十日鼠か、それともほかの獣でも捕まえたように、思わずぴくっとした。
 その手紙が色文であることは、疑いをさしはさむわけにはいかなかった。それは小説の中に書いてあるのとそっくり同じように、香水を滲ました紙にしたためてあったし、おまけに卑怯千万にも小さく小さくたたまれて、貴婦人の手袋の中にもかくせるようにしてあった。これが落ちたのはほんのはずみで、おそらく手から手へ渡そうとした時であろう。たとえば、ちょっと番付を貸してくださいという、その時もうこの手紙は番付の中に手早く挾み込んであったので、まさに男の手へ渡ろうとした瞬間、おそらく副官が何心なくちょっと触った拍子に、副官はいとも鮮やかな態度で謝ったけれども、手紙は心の乱れに慄える華奢な手からすべり抜けてしまう。そして、あせりながら手を差し伸べていた文官服の青年は、意外にも手紙の代わりにただの番付を受け取って、それをなんと始末していいかとほうに暮れる、といった次第であろう。面白からぬ奇怪な出来事、それはまさにそのとおりだが、察しても見てもらいたい、イヴァン・アンドレーイチにとってなおさら面白からぬ話である。
「〔Predestine'〕(これは前世の約束事だ)」総身に冷汗を滲ませ、手紙を掌に握りしめながら彼はこうつぶやいた。「〔Predestine'〕! 弾丸《たま》はひとりで罪人を見つける、というやつだ!」といったふうな考えが彼の頭に閃いた。「いや、見当ちがいをいってるぞ! おれがどうして罪人なんだ? あっ、そうだ、まだ諺がある、泣きっ面になんとかか」
 しかし、こうした思いがけない出来事に面くらった彼の頭に、どんな突拍子もない考えが浮かぼうと不思議はない! イヴァン・アンドレーイチは、いわゆる生きた心地もなく、石のように固くなって自分の席にじっとしていた。ちょうどこのとき見物席はごった返しの騒ぎで、みんな歌姫を呼び出すのに夢中であったにもかかわらず、彼は四方八方の人に見られてしまったと思い込んでいた。恐ろしく照れて、真っ赤になって、目を上げる気力もなく坐っているところは、まるで何か意想外な不快事が降って湧いたか、それとも大勢の人が集まった華やかなサロンに破綻でも起こったか、とでもいったようなあんばい式であった。ついに彼は思い切って目を上げて見た。
「気持ちのいい歌でしたな!」と彼は左手に腰かけている伊達男に話しかけた。
 感激の絶頂に達して、夢中で手を叩いていた、というよりおもに足をばたばたいわせていた伊達男は、落ちつかぬ目つきで、ちらとイヴァン・アンドレーイチを見たばかりで、すぐに両手を口に当ててラッパをつくり、声がよく届くようにしながら、歌姫の名を叫ぶのであった。今までこんなもの凄い声を聞いたことのないイヴァン・アンドレーイチは、うちょうてんになってしまった。『さてはなんにも気がつかなかったな!』と考えて、今度はうしろを振り向いた。けれど、彼のうしろに坐っていた肥った紳士は、あべこべに彼のほうへ背を向けて、しきりにオペラグラスで桟敷を物色していた。『これもよしと!』とイヴァン・アンドレーイチは考えた。前の席の人たちがなんにも見なかったのはもちろんである。彼は初めから安堵の念をいだきながら、自分の席に近い特等桟敷を横目に見たが、とたんにいやあな気持ちで身慄いした。そこには、あでやかな貴婦人が坐っていたが、ハンカチで口を隠しながら、椅子の背に倒れかかったまま、気ちがいのように笑っているのであった。
「いやはや、この女というものは!」とイヴァン・アンドレーイチはつぶやくと、人の足を踏んづけ踏んづけ、出口のほうへ走って行った。はたしてこの瞬間、彼の推察は当たっていたのだろうか? ご承知のとおり、大きな劇場は四階までが桟敷で、五階は大入場になっている。では、なぜこの手紙がほかならぬ例のあの桟敷から落ちたものに相違ないと、想像する必要があるのか? 早い話が、五階からと考えるわけにいかないのか? 五階にだって婦人がいるではないか? しかし、感情は絶対的なものであり、中でも嫉妬はこの世で最も絶対的な感情である。
 イヴァン・アンドレーイチはロビーへ飛び出して、灯のそばに立ち停まり、封を切って読み下した。
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『今夜、芝居がすんでからすぐ、G街**横町の角にある、Kの持ち家の三階で、階段から右手のアパルトマン。入口は正面玄関から。そこへおいでください、san faute,(間違いなく)後生です』
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 イヴァン・アンドレーイチは筆蹟こそはっきり見分けられなかったが、疑いもなく、これは密会の指定である。『こいつは引っつかまえて、事前に悪事を中断しなけりゃならんわい』これがまず最初イヴァン・アンドレーイチの頭に浮かんだ分別であった。今すぐこの場で面の皮をひんむいてやろうか、と考えたが、さてそれにはどうしたらいいのだろう? イヴァン・アンドレーイチは二階へ駆け昇ってまで見たが、賢くもあとへ引っ返した。いったいどこへ飛んで行ったのやら、てんで考えがつかなかった。なんともしようがないので、反対側へ廻って、開け放しになった他人の桟敷の戸口から、向こうを見渡した。はたしてそうだ、はたしてそうだ! 垂直に重なった四つの桟敷と五階の大入場には、どこにも若い男や女がずらりと並んでいた。というわけで、手紙はこの五段になった見物席のどこから落ちたか知れはしない。で、イヴァン・アンドレーイチは五段の見物席が、自分に対して陰謀を企んでいるような気がした。しかし、彼は何をもって来ても、どんなに明白な証拠をもってしても、性根を直すような人間ではなかった。二幕目はずっと初めからしまいまで、廊下という廊下を駆けずり廻って、どこにもこころの落ちつきを見いだすことができなかった。彼は切符売場へ押しかけて、四階全部の桟敷を買った人たちの名を調べようかと思ったが、切符売場はもう閉まっていた。やがていよいよもの凄い拍手喝采がひびき渡った。芝居ははねたのである。プリマドンナの呼び出しが始まったが、二つの党派のリーダーらしい二人の声が、とくべつ大きく、雷霆のごとく、てっぺんの大入場からとどろくのであった。しかし、イヴァン・アンドレーイチはそれどころではなかった。彼の頭には早くもこれからの行動計画が閃いたのである。彼は毛皮外套を着込んで、G街へ飛ばした。今度こそ現場を襲って、尻尾を押え、つらの皮を引んむいてやろう、概して昨日よりいささか果敢な行動に出よう、とこう思ったのである。彼は間もなくその家を見つけて、もう車寄せへ乗り込もうとした瞬間、不意に彼の袖の下をくぐらんばかりにして、ハイカラな外套姿の男が彼を追い越し、三階めがけて、階段を昇りはじめた。イヴァン・アンドレーイチは、先刻もあの伊達男の顔を見分けることができなかったくせに、これこそあの当人だ、というような気がした。彼の心臓は鼓動を止めた。伊達男はもう階段二つ分もさきを越してしまった。ついに三階で戸の開く音が聞こえた。しかも、呼鈴なしに開いたのである、この来客を待ち受けてでもいたように。[#「ように。」はママ]青年は住居の中へ素早く入って行った。イヴァン・アンドレーイチがようやく三階へ辿りついた時には、この戸はまだ閉まっていなかった。彼はしばらく戸の前に立って、自分の行動方針についてとくと分別をめぐらし、いくらかびくびくした後に、何かしら断固たる処置に出ようと思った。けれど、ちょうどこの時、一台の箱馬車が車寄せに轟然と乗りつけ、騒々しく戸が開いた。そして、だれか重々しい足音を立てながら、呻きと咳ばらいとともに、上のほうへ昇りはじめた。イヴァン・アンドレーイチは我慢しきれないで、戸を開けると、辱しめられた夫の威厳を遺憾なく示しながら、そのアパルトマン中の人となった。その物音を聞いて、小間使がひどく興奮のていで飛んで来、つづいて従僕があらわれた。しかし、イヴァン・アンドレーイチを押し留めることは、断じて不可能であった。さながら、爆弾のごとく、彼は奥のほうへ突進して行った。暗い部屋を二つ通りぬけると、不意に妙齢の美人の寝室に入った。彼女は恐ろしさに全身をわなわなと慄わして、身も世もあらぬ様で、イヴァン・アンドレーイチを見つめていた。それはまるで自分の周囲に何事が起こったのか、合点がいかぬといったふうであった。その瞬間、重々しい足音が隣りの部屋に聞こえて、まっすぐに寝室へ向かって来る。それはかの階段を昇って来たのと同じ足音である。
「ああ、どうしよう! あれは旦那様だわ!」と婦人は両手をはたと鳴らしてこう叫び、着ている化粧着よりも更に真っ青になった。
 イヴァン・アンドレーイチはお門違いをやったなと感じた。馬鹿げた子供のようなへまをやってしまった、これは自分の行動方針をよく考えなかったからだ、階段の上でもっと十分にびくつかなかったせいだ、とこう思ったけれど、もはや如何ともしようがなかった。もう境の戸が開いて、重々しい旦那様が(その重々しい足音から判断すれば)、部屋の中へ入って来る……この瞬間、イヴァン・アンドレーイチが自分をなんと心得たのか、筆者《わたし》には気が知れない! いさぎよく主人の前へ出て行ってついとんだ窮地に陥ってしまい、われともなしに不作法きわまる所行をしたと自白した上、あっさり詫びをいって姿を消したらよさそうなものを。なぜそうしなかったのか、筆者《わたし》はふつふつ合点がゆかない。――もちろん、それは大して褒めた話ではない、名誉の凱旋というわけにはいかないけれど、少なくとも正々堂々たる退却であるには違いない。しかるに、イヴァン・アンドレーイチはその反対に、子供じみた真似をやってのけたのである、まるで自分をドン・ファンかロヴェラスと自惚れでもしたかのように! はじめ彼は寝台のそばの帷《とばり》に隠れていたが、そのうちにすっかり勇気を失ってしまったような気がして、いきなり床の上に腹這いになり、なんの意味もなく寝台の下へ這い込んだ。恐怖のほうが分別よりも強かったわけである。で、イヴァン・アンドレーイチは侮辱された夫であるくせに、少なくともさようなものと自認しているくせに、もう一人の夫と顔を合わせるだけの気力がなかった、自分の存在が相手を侮辱しはせぬかと恐れたので。それはともかくとして、自分でもどうしてこんなことになったか、さっぱり合点のいかないままに、いつか寝台の下へ潜り込んでいたのである。が、何よりも驚くべきことには、婦人はそれに対して何一つ対抗策を講じなかった。奇々怪々な中老紳士が自分の寝台に避難所を物色しているのを見ながら、叫び声一つ立てなかったのである。見うけたところ、彼女はあまりの驚きに声も出なかったらしい。
 主人は唸ったり咳をしたりしながら入って来て、いかにも年寄りらしい歌うような調子で細君に挨拶すると、まるで重い薪の束でもかかえて来たように、どしんと肘掛けいすに腰をおろした。鈍い咳の声が長々とつづいた。今まで猛り狂った虎のようであったイヴァン・アンドレーイチは、たちまち小羊のごとく慴えておとなしくなってしまった。彼は猫の前に出た二十日鼠よろしく、恐ろしさにつく息さえはばかるほどであった。そのくせ経験によって、侮辱を感じた世の夫たちが、だれでもかれでも咬みつくものでないということは、ちゃんと承知していたのである。しかし、かんがえが十分にそこまで廻らなかったか、それともほかに原因があったか知らないが、まるっきりそういうことを思いつかなかったのだ。そっと、用心ぶかく、手探りで彼はなんとか居心地のいいようにと、寝台の下で体の具合をなおしにかかった。と、彼の驚きはどうだったろう、探り廻している彼の手がふとあるものに触ったが、そのあるものは驚き入ったことに、もぞもぞと動いて、かえって向こうから彼の手をつかむではないか! 寝台の下にはもう一人だれかいるのだ……
「だれだね?」とイヴァン・アンドレーイチはささやいた。
「へえ、わたしが何者かってことを、今すぐいえっていうんですか!」と不思議な見知らぬ人はささやき返した。「自分で罠に引っかかった以上、じっとねて、黙っていらっしゃい」
「それにしても!………」
「黙って!」
 そういって余計者は(なぜなら、寝台の下は一人でも狭いほどだったからで)、余計者は自分の掌にイヴァン・アンドレーイチの手をぎゅっと握りしめたので、こちらは痛さのあまり危く叫び声を立てないばかりであった。
「きみ……」
「しっ!」
「そんなに握らないでくれたまえ、さもないと大きな声を立てるよ」
「ふん、じゃ、大きな声を立ててごらんなさい! さあ、やってごらんなさい!」
 イヴァン・アンドレーイチは、恥ずかしさに真っ赤になった。見知らぬ男はなかなかきびしくて、怒りっぽかった。ことによったらこれは一再ならず運命の迫害を経験し、一再ならずこうした窮屈な状態に置かれたことがあるのかもしれない。しかし、イヴァン・アンドレーイチは新米《しんまい》なので、狭苦しくて息がつまりそうであった。血がずきんずきんと頭へ上って来た。とはいうものの、なんともしようがない、うつ伏しにねていなければならなかった。イヴァン・アンドレーイチは諦めて、口をつぐんだ。
「わしはな、お前」と主人は話し出した。「わしはな、お前、パーヴェル・イヴァーヌイチのとこへ行ったんだよ。テーブルをかこんでカルタを始めたところ、その、ごほん、ごほん、ごほん! (と咳がはじまった)その……ごほん! その、背中が……ごほん! ええ、くそっ……ごほん、ごほん、ごほん!」
 老人はすっかり咳き入ってしまった。
「背中が……」と彼はようやく目に涙を滲ませながら口を切った。「背中がめきめきいうほど痛んでな……それにいまいましい痔のやつが! 立ってもいてもおられんのだ……いても立っても! ああ、ごほん、ごほん、ごほん!………」
 またもや込み上げて来た咳は、この咳のあるじである老人より、遙かに長命する運命を担っていそうに思われた。老人はその合間合間に何やらぼそぼそいっていたが、なんのことかまるっきり見当がつかなかった。
「きみ、お願いだから、もちっと寄ってくれたまえな!」と不運なイヴァン・アンドレーイチはささやいた。
「どっちへ寄れというんです? そんな場所なんかありゃしない」
「しかし、察してもくれたまえ、こんなふうじゃやりきれやしない。こんなひどい立場に置かれたのは初めてなんで」
「ぼくはこんないやなご近所づきあいは初めてだ」
「それにしても、お若いの……」
「黙って!」
「黙って? どうも、お若いの、きみの態度はじつに不作法千万ですよ……もしわたしの考え違いでなければ、きみはまだ非常にお年若のようだが。わたしのほうが少々年長ですぞ」
「黙って!」
「きみ! きみは前後を忘れていますな、きみは相手がだれかってことをごぞんじないと見える!」
「知っていますよ、寝台の下で腹這いになっている紳士でさあ……」
「いや、わたしがここへ入り込んだのは思いがけない偶然なんで……間違いなんで。ところがきみは、もしわたしの考え違いでないとすれば、不身持ちのためでしょう」
「ところが、それこそあなたの考え違いですよ」
「きみ! わたしはきみより年長ですぞ、さきほどからいうとおり……」
「あなた! いったいあなたはごぞんじなんですか、ここではわれわれは対等ですよ、同じ寝台の下にいるんですからね。お願いだから、ぼくの顔をつかまないでください!」
「きみ! わたしは何がなんだかわからん。堪忍してくれたまえ、しかし窮屈で窮屈で」
「じゃ、なんだってそんなに肥ったんです?」
「やれやれ! わたしは今までついぞ一度もこんな低劣な立場に置かれたことがない!」
「さよう、これより低くなるわけにゃ行きませんな」
「お若いの! お若いの! わたしはきみがだれか知らないが、どうしてこんなことになったのやら、とんと合点がいかない。しかしわたしがここにいるのは間違いがもとなんで、きみの思っておられるようなのとわけが違います……」
「もしあなたが押したり突いたりしなけりゃ、ぼくはまるでなんにも思やしませんよ。さあ、お黙んなさい!」
「お若いの! もしきみが少し寄ってくれなかったら、わたしは卒中の発作を起こしてしまう。きみはわたしの頓死の原因になりますぞ。まったくのところ……わたしもれっきとした紳士で、一家のあるじですからな。わたしはこんな状態にいるわけにいかん!………」
「自分でこんな状態へ飛び込んだのじゃありませんか。さあ。少しお寄んなさい! さ、譲って上げましたよ、これ以上は駄目です!」
「いや、きみは高潔な青年だ! お若いの! わたしはきみという人を思い違いしていたようです」と場所を譲られた感謝の念にうちょうてんになって、痺れた手足を揉みほぐしながら、イヴァン・アンドレーイチはこういった。「きみの窮屈なことは察しますが、どうもしようがありませんて。どうやら、きみはわたしのことを悪く思っておられるようですが、一つわたしに対する評価をし直してもらいたいもんですな。あえていいますが、わたしは身分のある人間で、ここへ来たのも本意じゃなかったんですよ、まったく。わたしはきみの想像されるような用件で来たんじゃありません……ああ、わたしは実に実に心配でたまらん」
「ええ、いったいあなたはいつになったら黙るんです? われわれの声を聞きつけられたら、大変なことになるのが、あなたにはわからないんですか? しっ……奴さん、何かいってる」
 なるほど、老人の咳はどうやら収まりかけたらしい。
「そこでな、お前」と彼はひどく哀れっぽい、歌うような調子で、しゃがれ声を絞った。「そこでな、お前、ごほん、ごほん! やれやれ! なんたる因果なことか! フェドセイ・イヴァーヌイチがいうのに、あんた試しに千葉草《せんばそう》を飲んでごらんなさい、とな。え、聞いているかい?」
「聞いていますわ、あなた」
「でな、そういうのだよ、あんた試しに千葉草を飲んでごらんなさい、わしは、いや、蛭をつけておるよ、といったんだが、先生、相変わらず、いや、アレクサンドル・デミヤーヌイチ、あえて申し上げますが、千葉草のほうがよろしい、のどを開いてくれますよ、とこういうのだ……ごほん、ごほん! やれやれ、なんちゅうことだ! お前、なんと思う?ごほん、ごほん! ああ、因果なことだよ! ごほん、ごほん!………ところで、千葉草のほうがいいだろうか?………ごほん、ごほん、ごほん! ああ! ごほん! 云々」
「そのお薬をためして見るのも悪くないとぞんじますわ」と奥さんは答えた。
「そうだ、悪くはない! 先生、いうのには、ひょっとしたら、あなたは肺病かもしれません、だと、ごほん、ごほん! で、わしは、なに、足《そく》痛風だよ、そして胃の中が荒れているのだ、とそういってやったらな、先生、また、いや、やっぱり肺病かもしれませんよ、というのだ。お前、なんと思う?ごほん、ごほん! え、お前どう思う、肺病だろうか?」
「あら、まあ、なんてことをおっしゃるんでしょう?」
「そうだ、肺病らしいよ! だが、お前もう着物を着換えて、寝たらどうだな? ごほん、ごほん! ところで、わしは、ごほん! きょう鼻風邪をひいたよ」
「ええっ!」とイヴァン・アンドレーイチは身動きした。
「後生だから、少し片寄ってくれたまえ!」
「これはもうあきれかえった、いったいどうしたんです? え、じっと静かにねていることができないのですか?………」
「お若いの、きみはどうもわたしに向かっ腹を立てておられるようですな、ひとにいやがらせばかりいって。よくわかっている。きみはたぶんあの奥さんの情夫でしょうな?」
「黙って!」
「わたしは黙りません! きみなんかに命令させやせんから! え、きみはきっと情夫でしょう? よしんば、われわれが見つかったにせよ、わたしは青天白日の身で、何一つ知らんのだから」
「あなたがどうしても黙らないのなら」と青年は歯がみしながらいった。「ぼくはあなたに巻き込まれたんだといいますよ。あなたはぼくの叔父さんで、身代を叩き上げた道楽者だといいますよ。そうすれば、少なくとも、ぼくがここの奥さんの情夫だとは考えますまいよ」
「きみ! きみはひとを嘲笑しておられる。これでは堪忍袋の緒が切れてしまう」
「しっ! さもないと、無理にでも黙らせますよ! あなたはぼくの不幸のもとになるに相違ない! ねえ、一つ伺いますが、あなたはなんのためにここにいるんです? あなたという人がなかったら、ぼくもなんとかして朝までここにじっとねていて、ご亭主が出たら逃げ出したんだがなあ」
「しかし、わたしは朝までこんなとこにねていることなんかできん、わたしは分別のある人間だから、いうまでもなく、有力なひきがいろいろあって……きみどう思います。あの先生ここで泊るでしょうか?」
「だれがです?」
「いや、あの老人ですよ……」
「もちろん、泊りますとも。世間のご亭主はだれもかれもあなたみたいじゃないから、自分の家にだって寝ますよ」
「お若いの、お若いの!」とイヴァン・アンドレーイチは驚きのあまりぞっとしながら叫んだ。「誓っていいますがね、わたしだって自分の家で寝ますよ、今夜これが初めてなんで。だが、しまった、どうも見うけたところ、きみはわたしをごぞんじのようだな。きみはいったいだれです、お若いの? さあ、今すぐいってくれたまえ、お願いだから、馴染みがいに正直なところをいってくれたまえ、いったいきみはなにものです?
「気をおつけなさい! ぼくは腕力に訴えますぞ……」
「しかし、お若いの、お願いです、お願いです、わたしがこの不快な事件を一部始終お話しするから、一つ聞いてください……」
「どんな話も聞きやしない、なんにも知りたくありません。さあ、黙りませんか、さもないと……」
「しかし、わたしはどうしても……」
 寝台の下でちょっとした喧嘩が始まった。イヴァン・アンドレーイチはやっと口をつぐんだ。
「なあ、お前、この部屋でなんだか猫が二匹ひそひそいっとるようじゃないか?」
「まあ、猫ですって? あなたはなんてことを考え出しなさるんでしょう?」
 察するところ、奥さんは自分の主人とどんな話をしたらいいかわからないらしかった。彼女はすっかり面くらって、いまだに正気に返れないのであった。けれども、今度はぴくっと身慄いして、聞き耳を立てた。
「猫ってなんですの?」
「猫って猫さ、お前。この間もわしが帰って来ると、猫のヴァシカが書斎に坐り込んで、ごろごろと独りごとをいうとる。こら、ヴァシカ、貴様なにをいうとるか、ときくと、やつめまた、ごろごろごろごろとやりおる! それがいかにものべつ独りごとをいうとるようなのだ。そこで、わしは思った、やっ、南無三! ひょっとわしの死ぬ時が近いのを教えとるのじゃあるまいか、とな」
「今日はなんて馬鹿なことばかりおっしゃるんでしょう! 恥ずかしいじゃありませんか、本当に」
「いや、なんでもないよ、腹を立てなさんな、お前。して見ると、お前はわしの死ぬのがいやなんだな、まあ、腹をお立てでない。わしはただいってみただけなんだから。それより、お前、着換えをして寝たらどうだな、そしてお前が寝るまで、わしはここに腰かけとるよ」
「後生ですから、よしてくださいよ、また今度……」
「ま、怒りなさんな、怒りなさんな。しかし、真面目な話が、ここにはなんだか鼠がおるらしいぞ」
「まあ、あれですもの、猫がいるだの、鼠がいるだのって! まったくのところ、あなたはいったいどうなすったのか、わけがわかりませんわ」
「なに、どうもしやせんよ、わしは別に………ごほん! わしは別に、ごほん、ごほん、ごほん、ごほん! ああ、やれやれ! ごほん!」
「そらごらんなさい、あなたがあまりごそごそするもんだから、先生、聞きつけたじゃありませんか」と青年はささやいた。
「しかし、わたしがどんな有様でいるか、きみに見せたいくらいですぞ。鼻血が出ておるような始末で」
「勝手に出させてお置きなさい。黙ってらっしゃい、あの先生が出て行くのを待ってればいいんですよ」
「お若いの、まあ、わたしの身にもなって見てくれたまえ。なにぶんにも、わたしはだれと並んでねているのか、それさえ知らないんだから」
「そんなこと知ったからって、そのために楽になるとでもいうんですか? ぼくだってあなたの苗字を知りたがりゃしないじゃありませんか。いったいあなたの苗字はなんというのです?」
「いや、苗字なんか聞いて何になさる……わたしがいおうと思ったのはただ、どんな無意味な偶然で……」
「しっ……先生、また何かいってますよ……」
「本当に、お前、だれかひそひそいうとるよ」
「いえ、そんなことありません、それはあなたの耳の中のつめ綿が変てこになってるからですわ」
「ああ、綿といえば、なあ、このすぐ階上《うえ》で……ごほん、ごほん! この階上《うえ》で、ごほん、ごほん、ごほん! 云々」
「階上《うえ》で!」と青年はささやいた。「ああ、こん畜生! ぼくはこれが一番上かと思った。じゃ、ここは二階なんだろうか?」
「お若いの」とイヴァン・アンドレーイチは、思わずぎくっとしてささやいた。「なんとおっしゃる? お願いだから聞かせてくれたまえ、どうしてきみはそんなことを気にするんです? わたしもこれが一番上かと思ったのに。いったいこの上にまだもう一階あるんですか?………」
「本当にだれかごそごそしとる」やっとのことで咳のとまった老人はこういった……
「しっ! 気をおつけなさい!」イヴァン・アンドレーイチの両手を抑えつけて、青年がこうささやいた。
「きみ、きみ、暴力で私《ひと》の手をつかみなさる。放してくれたまえ」
 またちょっと喧嘩が始まったが、その後は再び沈黙に返った。
「そこでな、一人別嬪さんに出会って……」と老人は話し出した。
「え、別嬪さんですって?」と奥さんはさえぎった。
「ああ、そうなんだよ……わしはもう前に綺麗な奥さんと階段の上で出会った話をしなかったかな、それともいい忘れたかしらん? なにしろわしはもの覚えが悪くってなあ。こりゃ硫金草を……ごほん!」
「なんですって?」
「硫金草を飲まなけりゃならんて。ききめがあるちゅう話だ……ごほん、ごほん、ごほん! ききめがあるちゅうことだ!」
「これはあなたが老人の話の腰を折ったんですよ」と青年はまたもや歯がみしながらいった。
「今日あなた、だれかしら綺麗なひとにお会いになったんですって?」
「え?」
「綺麗なかたにお会いになったそうですね?」
「だれが?」
「あら、あなたがですよ」
「わしが? いつ? ああ、そうそう!………」
「やっとのことで! ええ、このミイラ野郎め! さあ」心の中で忘れっぽい老人の尻っぺたを引っぱたきながら、青年はささやいた。
「きみ! わたしは恐ろしくて身慄いがする。ああ! なんてことを聞かされることやら? これはちょうど、きのうと同じことだ。昨日とそっくりそのままだ!………」
「しっ!」
「そう、そう、そう! 思い出した、なかなか油断のならんような女でな! こんなふうにウィンクするんだよ……空色の帽子をかぶって……」
「空色の帽子だと! ああ、ああ!」
「あれだ! あれは空色の帽子をかぶっている。なんてこった!」とイヴァン・アンドレーイチは叫んだ。
「あれですって? だれです、あれというのは?」と青年はイヴァン・アンドレーイチの手をぐいと握ってささやいた。
「しっ!」と今度はイヴァン・アンドレーイチが叱《しっ》した。「先生、話してるじゃありませんか」
「ああ、なんてことだ! なんてことだ!」
「うん、でも、だれだって空色の帽子はかぶるから……さあ!」
「いかにも油断のならんような女でな!」と老人はつづけた。
「だれか知らん、この階上《うえ》の知り人のとこを訪ねて来たんだ。のべつウィンクばかりしてな。その知り人のとこへもいろんな知り人が訪ねて来るんだ……」
「まあ、いや、なんてくどいんでしょう」と奥さんはさえぎった。「冗談じゃありませんわ、何が面白いんでしょう?」
「いや、よろしい、まあ、まあ! そう怒りなさんな!」と老人は歌うような調子で答えた。
「いいよ、いいよ、お前いやなら、もう話をせんから、お前は今日どうやら機嫌がわるそうだな……」
「いったいあなたはどうしてここへ入り込んだんです?」と青年がいい出した……
「そうら、ごらんなさい、そら、ごらんなさい! 今度はきみも好奇心が起きたじゃありませんか、前は耳を貸そうともしなかったのに!」
「なあに、ぼくはどうだって同じことでさあ! 話したくなきゃ話さないでください! ちぇっ、いまいましい、なんてことだ!」
「きみ、腹を立てないでくれたまえ。わたしは自分でも何をしゃべっておるのかわからんのです。ただなんということなしにちょっと。わたしがいいたかったのはね、きっとこれはただじゃない、きみも何か関係があるに相違ない……と、ただこれだけのことなんで。しかし、それにしてもお若いの、きみはだれです? 面識のない人だということはわかっておるが、しかしいったいだれです、いい加減にいったらいいでしょうが! ああ! わたしは自分でも何をしゃべってるかわからん!」
「ええ! いっておしまいなさい、さっさと!」と青年は何やら思案している様子でこうさえぎった。
「じゃ、何もかもすっかりお話ししましょう、何もかも。あるいはきみは、わたしがきみに腹を立てて、話をせんとでも思っておられるかも知れないが、大違い! その証拠に、さあ、握手しましょう! わたしはただ意気銷沈しておる、ただそれきりです。しかし、お願いだから、どうしてきみ自身ここへ来たのか、最初から残らず聞かせてくれたまえ。いったいどういう事情で? わたし一個に関しては、わたしはけっして腹を立てません、誓って腹を立てません、さあ、握手。ただここは埃がひどいので、少々手が汚れていますがね。しかし、そんなことは高尚な感情を表白するなんの妨げにもなりません」
「ええ、そんな手なんか引っ込めてください! ここじゃ体の向きを変える場所さえないのに、先生、握手だなんて!」
「ちょっと、お若いの! きみのわたしに対する態度といったら、まるで、そのう、いって見れば、古い靴の裏皮あつかいですぞ」とイヴァン・アンドレーイチは、この上もなくつつましい絶望の発作に駆られて、こう口走ったが、その声音には何か哀願の響きがあった。「わたしに対してはもっと慇懃な態度を取ってもらいたいですな、せめてほんのぽっちりでも慇懃な。そうすれば、何もかも話して聞かせますよ! われわれはお互いに愛し合うようになるでしょうよ。わたしはきみを食事に招待してもいいぐらいに思っておるのですぞ。しかし、こうして二人いっしょにねているわけにはいかん、それは歯に衣《きぬ》着せずいいますがね。お若いの、きみは思い違いをしておられる! きみはごぞんじないだろうが……」
「先生、いったいいつ彼女に出くわしたんだろう?」いかにも興奮の極に達したらしい声で、青年はつぶやいた。「今頃はぼくを待っているかもしれないのに……ぼくは断然ここから出て行く!」
「彼女? 彼女ってだれです? ああ! きみは全体だれのことをいっておるんです? お若いの、あれはこの階上《うえ》に……いると思うんですか? ああ! 情けない! なんのためにわたしはこういう罰を受けなけりゃならんのだろう?」
 イヴァン・アンドレーイチは絶望のしるしに、仰向けにねようとして見た。
「その女がだれだなんて、それを知って何にするんです? ええ、畜生! ええ、どうなろうとままよ、ぼくは出て行く!……」
「きみ! きみは何をするんです? わたしは、わたしはいったいどうなるんです?」絶望の発作に駆られて隣人の上着の裾をつかまえながら、イヴァン・アンドレーイチはささやいた。
「ぼくの知ったことですか? まあ、勝手に一人で残ってらっしゃい。それがおいやなら、ぼくの叔父さんだといって上げましょうよ、身代を叩き上げた道楽者だとね。ぼくがここの奥さんの情夫だなんて、お爺さんに邪推されないように」
「だが、お若いの、そんなことはできません。叔父さんだなどと、それは不自然だ。だれも本当にしやしない。そんなことは、こんな小っぽけな子供だって本当にしやしない」とイヴァン・アンドレーイチは絶望の調子でささやいた。
「さあ、それならおしゃべりをしないで、おとなしくぺちゃんとねてらっしゃい! まあ、きっとここで一晩すごしたら、明日はなんとか這い出せるでしょうよ! だれにも見つからないようにね。一人さきに這い出したら、もう一人ここに残ってるなんてまさかだれも考えないでしょうよ。まさか一ダースも隠れてやしないからなあ。もっとも、あなた一人だけでも一ダース分の値打ちはあるけれど。少し片寄ってください、でなければ、ぼく出て行きますよ!」
「きみはわたしに毒づくんですな、お若いの……もしわたしが咳でもしたら、どうします? そういう場合も考えておかなければね!」
「しっ!……」
「あれはなんだろう? なんだかまた階上《うえ》でごたごたやっとるような音が聞こえるが」今までうとうとしていたらしい老人がこういった。
「階上で?」
「そら見たまえ、きみ、わたしは出て行きますぞ」
「ぼくはちゃんと見てますよ!」
「ああ! わたしは出て行きますぞ、お若いの」
「じゃ、ぼくは出ません! ぼくはもうどうでもいいんだから! もうことがぶっ毀れてしまった以上、どうなったってかまやしない! ねえ、ぼくが何を考えてるかわかりますか? ぼくはね、あなたがどこかのだまされたご亭主じゃないかと考えてるんですよ、――そうなんですよ!………」
「ああ! なんという厚顔無恥だ!………いったいきみはそんなことを考えておるんですか? しかし、なんだってぜひ亭主でなけりゃならんのです……わたしは独身者ですぞ」
「独身者ですって? 法螺もいい加減にしなさい!」
「わたし自身が情夫かもしれないじゃありませんか!」
「へん、けっこうな情夫があればあるもんだ!」
「きみ、そりゃ、きみ! じゃ、よろしい、何もかも話してしまいましょう。まあ、わたしの絶望を察していただきたいもんで。それはわたしじゃありません。わたしには家内がないんですから。わたしもきみとご同様に独身者なのでね。それはわたしの親友なんです、竹馬の友なんで……そして、わたしは情夫なのです……その男がいうのには、『おれは不幸な人間だ、おれは苦杯を飲まされている、実は家内が臭いのでな』『しかし』とわたしは分別のある意見を述べてやりました。『なんだってきみは奥さんを疑うのだ?』……おや、きみはわたしの話を聞いていませんな。聞いてください、聞いてください! 『やきもちなんて滑稽なものだよ、嫉妬は人間の悪徳だよ!』というと、『いや、おれは不幸な人間だ! おれは、その……苦杯を飲まされている、つまり、疑わずにいられないんだ』『きみは懐かしい少年時代からの友だちだ、われわれは二人いっしょに快楽の花を摘んだ仲だ、共に歓楽の床に埋もった仲じゃないか』いやはや、わたしは自分でも何をいっているのかわかりません。きみは笑ってばかりおりますな、お若いの、きみはわたしを気ちがいにしてしまうんですか」
「なあに、あなたは今だって気ちがいですよ!……」
「それ、それ、わたしは気ちがいという言葉を口に出した時、きっときみがそういうだろうと思っておったよ……笑いなさい、お若いの、笑いなさい! わたしも昔はそんなふうにわが世の春を謳歌したもんですよ、ご同様さかんに女性を悩ましたもんですよ。ああ! わたしは脳膜炎が起こりそうだ!」
「なんだろうね、お前、ここでだれかくしゃみをしとるようだが?」と老人は歌うような調子でいった。「あれはお前がくしゃみをしたのかえ?」
「まあ、とんでもありません!」と奥さんは答えた。
「しっ!」という声が寝台の下で聞こえた。
「あれはきっと階上《うえ》で何か音をさせたんですわ」と奥さんはびくびくものでいった。まったく寝台の下が騒々しくなって来たのである。
「そう、階上でな!」と主人はいった。「階上でな! わしはお前に話したかしらん、どこかの洒落ものに……ごほん、ごほん! ちょびひげを生やした洒落者に……ごほん、ごほん! ああ、どうも背中が!………ちょびひげを生やした洒落者にさっき出会ったよ!」
「ちょびひげを生やした! やっ、これはきっときみだ」とイヴァン・アンドレーイチはささやいた。
「ああ、情ない、なんて人だろう! だって、ぼくはここにいるじゃありませんか、ここにきみといっしょに臥《ね》てるじゃありませんか! どうしてあの先生がぼくに出会うわけがあるんです? ああ、そんなにぼくの顔をつかまないでください」
「あっ、わたしは今にも気絶しそうだ」
 この時ほんとうに階上《うえ》で騒々しい物音が聞こえた。
「あれはいったいなんだろう?」と青年はささやいた。
「きみ! わたしは心配でたまらん、恐ろしい! 助けてくれたまえ」
「しっ!」
「お前、本当に騒々しいよ。何か大騒動を持ち上げよった。しかも、お前の寝台の真上で。一つわけをきかせにやろうか?」
「まあ、あんなことを! なんてことを考え出しなさるんでしょう?」
「じゃ、もういわんよ。どうもお前は今日馬鹿に怒りっぽいじゃないか!………」
「ああ、やれやれ! あなた行ってお休みになったらいいのに」
「リーザ! お前はとんとわしに愛情がないなあ」
「ああ、ありますわよ! 後生ですから黙っててくださいな、わたしとても疲れてるんですもの」
「よし、よし、わしは行くよ!」
「ああ、いけません、いけません、行かないでくださいな!」と奥さんは叫んだ。「でも、いいわ、行ってちょうだい、行ってちょうだい!」
「いや、これは本当になんとしたことだ! 行ってくれというかと思えば、また行かんでくれといったり! ごほん、ごほん! それとも、本当に寝るとするかな……ごほん、ごほん! パナフィージンの娘がな……ごほん、ごほん! 娘が……ごほん! ニュールンベルク製の人形を持っとったよ、ごほん、ごほん!………」
「まあ、今度は人形だなんて!」
「ごほん、ごほん! いい人形だったよ、ごほん、ごほん!」
「先生、別れの挨拶をしてるぞ」と青年はいった。「出て行くぞ、そしてわれわれもすぐに出られる。え、聞こえるでしょう! お喜びなさい!」
「おお、どうかそうなりますように、そうなりますように!」
「まあ、いい教訓でしたよ……」
「お若いの! 教訓とはなんのことです? なるほど、わたしもそれは感じておるけれども……しかし、きみはまだ若いのだから、わたしにお説教なんかする資格はありません」
「それでも、やはりお説教します……いいですか?」
「ああ、どうしよう! わたしはくしゃみが出そうになった!」
「しっ! もしそんなことをなすったら」
「しかし、わたしにどうしようがあります? ここは恐ろしく鼠くさくって、とてもやり切れません。後生だから、わたしのポケットからハンカチを出してください。まるで身うごきもできやしない……ああ、神様、神様! なんのためにわたしはこんな罰を受けるんでしょう?」
「さあ、ハンカチ! なんのために罰を受けたのか、これからぼくが話して上げましょう。つまり、あなたがやきもち焼きだからです。何かわけのわからないことを根にもって、気ちがいみたいに駆けずり廻り、人の家へ闖入して乱暴を働き……」
「お若いの! わたしは乱暴なんぞ働きやしませんぞ」
「黙って!」
「お若いの、きみがわたしに向かって道徳を説教できるわけがない。きみよりわたしのほうが身持ちはいいんですからな」
「黙って!」
「ああ、神様! 神様!」
「乱暴を働き、若い臆病な婦人を脅やかしたのです。そのためにあの奥さんは、身の置き場もわからないほどおどしつけられて、悪くしたら病気になるかもしれませんよ。その上、何よりもまず第一に安静の必要な、痔疾に悩まされている尊敬すべき老人を騒がしなすった、――それもこれもなんのためかというと、あなたが何かしらん下らない妄想を起こしたからです。その妄想をかかえて横町という横町を走り廻ってるからです! わかりましたか、あなたは自分が今どんな穢らわしい状態にいるかわかりましたか? それを感じていますか?」
「よろしい、きみ、わかりました! しかし、きみにそんなことをいう権利はありませんぞ……」
「黙って! 今さら権利も何もあるもんですか。これはひょっとすると、悲劇的な結果を引き起こすかもしれないってことが、わかってますか? 老人はあの奥さんがかわいくってたまらないんだから、あなたが寝台の下から這い出すところを見たら、気が狂ってしまうかもしれない、それがあなたにわかってますか? しかし、そんなことはない、あなたは悲劇なんか惹き起こす力はありゃしない! あなたがここから這い出す姿を見たら、だれだって腹をかかえて笑うに違いないと思う。ぼくも蝋燭の灯りであなたの姿を拝見したいものだ。さぞかし滑稽なことでしょうよ」
「じゃ、きみは? きみだってこの有様じゃ、ご同様に滑稽なもんですぞ。わたしだってきみを見たら、やっぱり笑いますよ」
「どうして、あなたなんかに!」
「お若いの、きみの額にはきっと背徳の烙印が捺してあるに相違ない」
「へえ! あなたは道徳を云々なさるんですね! いったいあなたはごぞんじなんですか、ぼくが何しにここにいるかってことを? ぼくは間違ってここにいるんですよ、ぼくは一階間違ったんです。全体なんだってぼくをこの家へ通したのか、わけがわかりゃしない! きっとここの奥さんも、だれかを待っていたに違いない(もちろん、あなたじゃありませんがね)。ぼくはね、あなたの間の抜けた足音を聞きつけ、奥さんのびっくりした様子を見て、寝台の下へ隠れたんですよ。おまけに、暗さは暗し。だが、なんだってぼくはあなたなんかに、言いわけめいたことをいってるんだろう? あなたはね、滑稽なやきもちやきの老人ですよ。ぜんたいぼくはなぜここを出て行かないんだと思います? あなたはもしかしたら、ぼくが出るのを怖がってる、とでも思っていられるかしれませんね? いいえ、ぼくはとくの昔に出て行ったはずなんだけれど、ただあなたに対する同情のためにこうしているんですよ。ねえ、ぼくがいなくなったら、あなたはだれを頼りにここに残っています? きっとあなたは木偶《でく》の坊みたいに、主人夫婦の前に突っ立ってることでしょう、なんといったらいいか言葉も出ないでしょうよ……」
「いや、どうして木偶の坊みたいなんです? どうしてそんなしろものを引き合いに出すんです? お若いの、いったいきみは何かほかのものと比較することはできなかったんですか? どうして言葉が出ないんです? いや、出ますとも」
「ああ、たまらない、なんてよく吠える狆だろう!」
「しっ! やっ、本当に……それはきみがのべつしゃべってばかりいるからですよ。見てごらんなさい、犬っころの目をさまさせてしまったから。さあ、困ったことになるぞ」
 なるほど、今までずっと片隅のクッションの上に寝ていた奥さんの狆が、ふと目をさまして、馴染みのない人間の匂いを嗅ぎつけると、声高に吠えながら、寝台の下へ飛び込んだのである。
「おお、なんたることだ! 馬鹿な小犬めが!」とイヴァン・アンドレーイチはささやいた。「こいつ、われわれのいることを知らせてしまう。何もかもすっかり明るみへ出してしまう。まだおまけにこんな天罰が下るとは!」
「ふん、そうですよ、あなたがそう臆病風を吹かしたら、本当にそうならんとも限らない」
「アミ、アミ、こっちへおいで!」と奥さんは叫んだ。「ici, ici.(こっち、こっち)」
 けれども、狆はいうことを聞かないで、真っ直ぐにイヴァン・アンドレーイチを目がけて行った。
「いったいなんだってアミーシカはのべつ吠えてばかりおるんだろう?」と老人はいった。「きっとあそこに鼠か、それとも猫のヴァシカでもおるのだろう。道理でさっきから、しきりにくしゃみばかりしとると思った、のべつくしゃみをな……ヴァシカのやつ、今日は鼻風邪をひいとるもんだから」
「おとなしくねてらっしゃい!」と青年はささやいた。「そうごそごそ動かないで! ひょっとしたら、このままあっちへ行ってしまうかもしれないから」
「きみ、きみ! 手を放してくれたまえ! なんだって手をつかまえるんです?」
「しっ! 黙って!」
「しかし、お若いの、考えても見てくれたまえ、こいつわたしの鼻を囓んどるじゃありませんか! きみはわたしが鼻をなくするのがお望みなんですか?」
 揉み合いが始まった。イヴァン・アンドレーイチは自分の手を振り放した。狆はここをせんどと[#「せんどと」はママ]吠え立てた。突然、吠え声がやんで、狆は哀れっぽい啼き声を立てはじめた。
「あらっ!」と奥さんは叫んだ。
「悪党! 何をするんです」と青年はささやいた。「あなたはわれわれ二人を破滅させるつもりですか! なんだって狆を引っつかまえるんです? あっ、この男は狆を絞め殺してる! 絞めちゃいけません! 放しておやんなさい! 悪党! そんなことをするのを見ると、あなたは女心というものを知らないんだ! その狆を絞め殺したら、あの奥さんはぼくたちを容赦しませんぞ」
 しかし、イヴァン・アンドレーイチはもう何一つ耳に入らなかった。彼はうまく狆を引っ捕まえたので、自衛の本能に駆られて、その喉を絞めつけた。狆は一声あわれっぽい声を立てて、そのまま息を引き取った。
「もうわれわれはおしまいだ!」と青年はささやいた。
「アミーシカ! アミーシカ!」と、奥さんは叫んだ。「ああ、あの人たちはわたしのアミーシカをどうしてるんでしょう? アミーシカ! アミーシカ! ici! おお、悪党! 野蛮人! ああ、気分がわるくなって来た!」
「なんだって? なんだって?」と老人は肘掛けいすから躍りあがって叫んだ。「お前どうしたのだ、え? アミーシカ、こっちへ来い! アミーシカ、アミーシカ、アミーシカ!」と老人は指や舌を鳴らして、アミーシカを寝台の下から呼び出そうとしながら、こう叫びつづけた。「アミーシカ! ici! ici! 猫のヴァシカが食い殺すなんて、そんなはずはない。ヴァシカのやつ、一つ折檻してやらなけりゃならん。なあ、お前。あの悪戯野郎を、鬲うまるひと月も折檻してやらなかったからなあ。お前どう思う? 明日プラスコーヴィヤ・ザハーロヴナと相談して見よう。やっ、大変、お前どうしたのだ? 真っ青な顔をして、おお、おお! だれかおらんか! おうい!」
 老人は部屋の中をうろうろ走り廻った。
「わるもの! 悪党!」と奥さんはクッションに身を投げてこう叫んだ。
「だれだ? だれだ? だれのことだ?」と老人はたずねた。
「そこに人がいるんですの、よその人が!………そこに、寝台の下に! ああ、どうしよう! アミーシカ! アミーシカ! お前はなんという目に遭ったんだろうねえ?」
「えっ、とんでもない? どんな人が? アミーシカ……こりゃいかん、だれかおらんか、おうい、ここへ来るんだ! だれがそこにおるんだと? だれがいったい?」老人は蝋燭を取って、寝台の下へかがみながらわめいた。「何者だ? おうい、だれかおらんか!………」
 イヴァン・アンドレーイチは、息の絶えたアミーシカの亡骸《なきがら》のそばで、生きた心地もなく横たわっていた。しかし、青年は老人の一挙一動を見まもっていた。不意に老人は反対側の壁のほうへ廻って、身をこごめた。一瞬、青年は寝台の下から這い出して、老人が婚姻の床の向こう側で招かれざる客をさがしている暇に、さっさと逃げ出した。
「あらっ!」青年の顔にじっと見入った奥さんは、おもわずこうささやいた。「あなたは、いったいどなたですの? わたしはまた……」
「悪党はそこに残っています」と青年はささやき返した。「そいつがアミーシカの下手人です!」
「ああっ!」と奥さんは叫んだ。
 しかし、青年はもう部屋の中から姿を消していた。
「やっ! ここにだれかおるぞ。ここにだれかの靴がある!」と主人はイヴァン・アンドレーイチの片脚をつかまえて、こうどなった。
「人殺し! 人殺し!」奥さんは金切声を立てた。「おお、アミ! アミ!」
「出ろ、出ろ!」と老人は絨毯の上でじだんだを踏みながらわめいた。「出ろ、貴様は何ものだ? どこの何者か白状しろ! やあっ、なんて妙な男だ!」
「それは強盗ですわ!………」
「お願いです。お願いです!」とイヴァン・アンドレーイチは外へ這い出しながら叫んだ。「閣下、お願いですから、人を呼ばないでください! それはまったくご無用です。わたしを突き出すなんてことはできませんよ!………わたしはそんな扱いを受けるような人間じゃありません! わたしは独立独歩の人間ですから……閣下、これは間違いから起こったことです! 今に詳しくお話しします、閣下」とイヴァン・アンドレーイチは啜り上げて泣きながら、言葉をつづけた。「それというのもみんな妻《さい》が、といって、わたしの妻ではなく、人妻なのです、――わたしは妻帯しておりませんので、わたしはただ……わたしの親友であり、竹馬の友である男が……」
「竹馬の友というてなんのことかね!」と、老人は足を踏み鳴らしながらわめいた。「貴様は泥棒で、盗みに入ったんだ……竹馬の友なぞじゃありゃせんわい……」
「いや、泥棒じゃありません、閣下、わたしはまったく竹馬の友でありまして……ただほんのはずみで間違えたばかりなので。別の入口から入ってしまいましたので」
「いや、わしはちゃんと見たよ、貴様がどんな入口から這い出したか」
「閣下! わたしはそういうものではありません。それはお考え違いでございます。あえて申し上げますが、閣下は大変な誤解をしていらっしゃいます。まあ、わたしを見てください、よくごらんになってください、若干のしるしや兆候で、わたしが泥棒なんかであるはずがないことを、お認めになるでございましょう。閣下! 閣下!」と叫んで、イヴァン・アンドレーイチは両手を合わせながら、若い奥さんのほうへ振り向いた。「奥さん、あなたお察しください……なるほど、アミーシカを殺したのはわたしですが……しかし、わたしに罪はありません……誓ってわたしに罪はありません……これは何もかも妻《さい》の罪です。わたしは不幸な夫で、苦杯を飲まされているのです!」
「いや、冗談じゃない、あんたが苦杯とやらを飲まされたからというて、それがわしになんの関係がある? おそらくあんたが飲んだのは、一杯や二杯じゃあるまい、――あんたの今の状態から判断しても、ちゃんと見え透いておるわ。しかし、それにしても、どうしてここへ入り込んだんだね、え※[#疑問符感嘆符、1-8-77]」と老人は興奮のあまり全身を慄わせながら叫んだが、しかし実際のところは若干のしるしと兆候によって、イヴァン・アンドレーイチが泥棒であるはずがないのを、ひそかに確信したのであった。「どうしてここへ入り込んだのかと、たずねておるのですぞ。あんたはまるで強盗のように……」
「強盗ではありません、閣下。わたしはただ入口を間違えただけなので、まったく強盗じゃありません! これというのも畢竟、わたしが嫉妬ぶかいからでございます。閣下、何もかもお話しします、生みの父親と思って、うち明けたお話をいたします。というのは、あなたが老齢でいらっしゃいますから、親身の父とぞんじ上げてもよろしいくらいで」
「え、老齢だって?」
「閣下、もしかしたらお気に障ることを申し上げたかもしれません、まったく、そういう若い奥様をお持ちで……それにあなたのお年……拝見しても気持ちのよいことでございます。閣下、こういう花の盛りのご夫婦はまったく、はたで拝見してさえ気持ちのよいもので……けれども、召使をお呼びにならないでくださいまし……後生ですから、お呼びにならないで……召使の人たちに笑われるばかりでございます……わたしはやつらをよく知っております……つまり、わたしがいおうと思ったのは、ある召使どもを知っているということなので、――わたしのうちにも召使がおりますが、閣下、やつらは始終わらってばかりおりますので……畜生めら! ご前……確かわたしの考え違いではないと思いますが、あなたは公爵でいらっしゃるのでしょう……」
「いや、あんた、わしは公爵じゃありません、わしは独立独歩の人間じゃ……どうか、ご前だの公爵だのといって、お土砂をかけてもらいますまい。あんたはいったいどうしてここへ入り込んだのです? どうして?」
「ご前、いや、閣下……失礼しました、わたしはあなたが、公爵でいらっしゃると思ったものですから。わたしはついお見それして……考え違いをしたのです、よくあるやつでして。あなたはコロトコウーホフ公爵に実によく似ていらっしゃる、この仁《じん》には知人のプズィリョフ氏のとこでお目にかかる光栄を有したのでございます……さような次第で、わたしも公爵がたにお知り合いがあります、知人のところで公爵に拝顔の栄を得ることもございます。ですから、先刻あなたのお考えになったような人間と、お取り違えになるはずはございません。わたしは泥棒ではありません。閣下、どうか召使をお呼びにならないでください。いや、呼んでください、それしきのことがなんでしょう?」
「でも、どうしてここへ入ってらしたんですの※[#疑問符感嘆符、1-8-77]」と奥さんは叫んだ。「いったいあなたはどういう方ですの?」
「そうだ、いったいあんたはどういう仁《じん》ですな?」と主人が引き取った。「わしはな、お前、猫のヴァシカが寝台の下に坐って、くしゃみをしておるのだとばかり思っておったのに、それがこの男だった。ええ、このいやらしい男め!………全体あんたは何者だね? 早くいいなさい!」
 こういって、老人はまた絨毯をどんどん踏み鳴らした。
「それは申し上げるわけにまいりません。閣下。わたしは閣下のお話が終わるのを待っております……閣下の気の利いた洒落を謹聴しておりますので。わたしのほうといたしましては、閣下、じつに滑稽ないきさつでして、すっかりお話いたします。しかし、それでなくとも自然とおわかりになります。つまり、わたしが申し上げたいのは、閣下、召使をお呼びにならないでくださいまし、ということなので! どうか高潔な態度をおとりくださいまし……わたしが寝台の下にねておりましたのは、なんでもありません……そんなことで品格など落としはいたしません。閣下、これは実に喜劇じみた経緯《いきさつ》でございます!」と、イヴァン・アンドレーイチは祈るような顔つきで、奥さんのほうへ向きながらこう叫んだ。「閣下、とくにあなたはお笑いになることでしょう! いま舞台の上でごらんになっているのは、角を生やした亭主でございます。ごらんのとおり、わたしは恥をさらしております、みずからすすんでさらしております。もちろん、わたしはアミーシカを殺しました、が、しかし……ああ、わたしはわれながら何をしゃべっておるのかわかりません!」
「しかし、どうして、どうしてここへ入り込んだのです?」
「夜の闇に乗じたのでございます、閣下、この闇を利用して……いや、失礼! どうかおゆるしを願います、閣下! 身を低うしておゆるしを願います! わたしはただ顔に泥を塗られた夫なので、それだけのものでございます! どうか、閣下、わたしが情夫だなどとお考えにならないで! わたしは情夫ではございません! 奥様は貞淑な夫人でいらっしゃいます、失礼な申し分ではございますが、奥様は清浄潔白、純潔でいらっしゃいます!」
「なん? なんですと? なんという失敬なことをいうのじゃ!」と老人は再びじだんだを踏みながらどなりつけた。「あんたはいったい気でも狂ったのか? よくもわしの家内のことなど口に出しなさったな!」
「アミーシカを殺した悪党が」と、奥さんはさめざめと泣きながら絶叫した。「おまけに、まだあんな失礼なことを!」
「閣下、閣下! わたしはただちょっといい間違いをしただけでございます」とイヴァン・アンドレーイチは思わず怯《ひる》んでこう叫んだ。「いい間違い、ただそれきりでございます! どうかわたしは正気でないとお考えくださいまし……お願いですから、正気でないとお考えを……誓って申しますが、そうしてくだされば、生涯ご恩に着ます。わたしはこの手を差し伸ばしたいのですが、そんな失礼はいたしません……わたしは一人きりではなかったのでございます、わたしは叔父でして……いや、わたしが申し上げたいのは、わたしなどを情夫と間違えるわけにいかぬと申すことで……やっ! またわたしは馬鹿なことを……閣下、どうぞお腹立ちのないように!」とイヴァン・アンドレーイチは奥さんのほうを向いて叫んだ。「あなたはご婦人ですから、愛がどういうものかごぞんじでいらっしゃいましょう、――それはきわめてデリケートな感情でございまして……しかし、わたしは何をいってるんでしょう? また馬鹿なことをいい出して! つまり、わたしが申したいのは、自分が老人だということ――いや、老人ではない、中年の男だということでございます。つまり、あなたの情夫ではあり得ません、情夫というものはリチャードソンとか、ロヴェラスとか……ほい[#「ほい」はママ]、また馬鹿なことをいってしまった。しかし、閣下、わたしが学識のある人間で、文学も知っておるということは、おわかりくだすったことと思います。閣下、お笑いくださいますか、愉快でございます、うまく閣下を笑わせて[#「笑わせて」に傍点]愉快にぞんじます。ああ、閣下を笑わせる[#「笑わせる」に傍点]なんて、実に嬉しいことで!」
「ああ! なんておかしな人でしょう!」と奥さんは腹の皮をよじりながら叫んだ。
「そうだ、おかしな男だ、それにあの汚れておること」奥さんが笑い出したのが嬉しくて、老人はこういった。「お前、これは泥棒じゃないよ。しかし、どうしてここへ入り込んだのかなあ?」
「まったく不思議でございます、閣下、まったく不思議で、小説みたいでございます! なんということでしょう、真夜中に、首都の真ん中で、男が寝台の下にいるなんて? 滑稽で、しかし、不思議なことでございます! 多少リナルド・リナルディーニめいておるではありませんか。しかし、そんなことはなんでもありません、閣下、そんなことはいっさいなんでもありません。わたしが何もかも残らずお話いたします……ところで、奥さま、あなたには別の狆を手に入れて差し上げます……素晴らしい狆を! こんなに長い毛をして、脚が短くって、二足と歩けない。ちょっと走ったかと思うと、自分の毛に絡んで倒れるのでございます。餌はただ砂糖に限りますので。持ってまいります、閣下、必ず持参いたします」
「ははははは!」と奥さんは長いすの上で転げ廻りながら笑った。「ああ、わたしヒステリーが起こりそうだ! ああ、なんておかしな人だろう!」
「うん、そうだよ! ははは! ごほん、ごほん! 滑稽な男だ、そして埃だらけでな、ごほん、ごほん、ごほん!」
「閣下、閣下、わたしは今ほんとに幸福でございます! この手を閣下に差し伸ばしたいのですが、そんな僣越はできかねます。わたしはどうやら迷いに落ちていたような気がいたします。今こそ目が開きました。わたしは家内が純潔でなんの罪もないことを信じます! あれを疑ったのは間違ったことでした」
「家内、この人の家内だって!」あまり笑って目に涙を滲ませながら、奥さんは叫んだ。
「この男に細君があるって! ヘーえ! こいつは夢にも考えなんだわい!」と老人が引き取った。
「閣下、家内がございます、何もかもこれが悪いので、いや、つまり、わたしが悪いのでございます。わたしが家内を疑いまして、ここで、この一階うえで逢びきがあるのを突き留めました。手紙を横取りしたのでございます。ところが一階まちがえて、寝台の下へ潜り込んだような次第で……」
「へへへへ!」
「はははは!」
「はははは!」とイヴァン・アンドレーイチもとうとうわらい出した。「ああ、わたしはじつに幸福です! ああ、われわれがだれもかれもわだかまりがなくて幸福だということをこの目で見るのは、なんと涙ぐましいほど嬉しいことでしょう! それに、家内もまったく清浄潔白です! わたしはほとんどそれを信じます。ねえ、きっとそれに違いございますまい、閣下!」
「ははは! ごほん、ごほん! なあ、お前それはだれか知っておるかな?」やっと笑いを収めながら、老人はこういい出した。
「だれですの? ははは! だれですの?」
「そら、例のしきりにウィンクする別嬪さ、伊達男といっしょの、な。きっとあれだよ。わしは賭けでもするが、あれはこの男の細君だよ!」
「いえ、閣下、それは違います、わたしには確信があります、だんぜん確信があります!」
「でも、大変だわ! あなた、時間を無駄にしてらっしゃるわ」と奥さんは笑いやめて叫んだ。「早く駆け出して、三階へいらっしゃい。もしかしたら二人を押えることがおできになってよ……」
「本当にそうですな、奥さん、駆け出して行きましょう。しかし、だれも見つけはしないでしょう、奥さん。それは家内じゃありません、前からちゃんとわかっております。あれは今うちにおりますよ! 何もかもみんなわたしです! ただわたしがやきもち焼きなのです、それだけのことなので……だが、だが、あなたなんとお考えになります、奥さん、あすこへ行けば押えられるでしょうか?」
「ははは!」
「ひひひ! ごほん、ごほん!」
「いらっしゃい、いらっしゃい、そしてね、帰りしなに寄って、話して聞かせてくださいな!」と奥さんは叫んだ。「いえ、それより、明日の朝いらしてくださいな、そして奥さんもお連れになって。わたしお近づきになりたいわ」
「さようなら、奥様、さようなら! 必ずつれてまいります。お近づきになれて実に愉快でございます。何もかもが思いがけなく片づいて、円満に解決したので、じつに幸福です。嬉しゅうございます」
「そして、狆もね! お忘れになっちゃいけませんよ。何よりもまず狆を持って来てくださいな!」
「持ってまいりますとも、奥様、きっと持ってまいります」とイヴァン・アンドレーイチは、また部屋へ引っ返しながら、こう引き取った。というのは、もう会釈をすまして、外へ出ていたからである。「きっと持ってまいります。しかも、素敵にかわいらしいのを! まるで、お菓子屋が砂糖でこしらえたようなのをね。ちょっと歩きかけると、自分の毛に絡まって倒れるようなのをね。本当にそのとおりなのでございます! わたしはよく家内にそう申したもので。『なあ、お前、これはのべつ倒れてばかりおるのだよ』すると、『まあ、なんてかわいいんでしょう!』と申します。奥様、まったく砂糖でこしらえたようでございます。さようなら、閣下、御知己を得まして、実に実に光栄にぞんじます!」
 イヴァン・アンドレーイチは一揖《いちゆう》して出て行った。
「ああ、もし! あんた! ちょっと待って、また引っ返してくださらんか!」と老人は出て行くイヴァン・アンドレーイチのうしろからどなった。
 イヴァン・アンドレーイチはこれで三度あと返りした。
「わしは、その、どうしても猫のヴァシカが見つからんのだが、ひょっと寝台の下でやつめに出会いはなさらんじゃったか?」
「いえ、出会いませんでした、閣下。しかし、もしそのヴァシカさんとお近づきになれたら、たいへん愉快でございます。大いに光栄にぞんじ……」
「やつはいま鼻風邪をひいておってな、始終くさめばかりしておる、始終くさめばかり! 一つ折檻してやらにゃならんて」
「さようでございます、閣下、家畜に対しては懲らしめのための処罰はぜひ必要でございますから」
「なんですと?」
「いえ、閣下、家畜類に服従の精神を植えつけるには、懲らしめの罰が必要だと申しましたので」
「ああ!………いや、さようなら、さようなら、わしはただちょっとそのことでな」
 おもてへ出ると、イヴァン・アンドレーイチは、まるで卒中の発作でもやって来るのを待ち受けてでもいるような恰好で、長いこと往来に立っていた。彼は帽子を脱いで、額から冷たい汗を拭き、目を細めて、しばらく何やら考えていたが、やがてわが家へ急いだ。 家へ帰ったイヴァン・アンドレーイチの驚きはどうであったか、――グラフィーラ・ペトローヴナは、もうとうの昔に劇場から帰宅されて、大分まえから歯がお痛みになり、医者を迎いにやったり、蛭を買ったりしたあげく、今は寝台の中でお休みになって、旦那様のお帰りを待っていらっしゃる、とのことであった。
 イヴァン・アンドレーイチはまずぽんと額を叩いて、それから湯殿で体を洗う用意をさせ、すっかり綺麗になってから、とうとうおもい切って妻の寝台へ行った。
「まあ、あなた、こんなに遅くまでどこにいらしったんですの? まあ、ごらんなさい、なんて恰好でしょう、その顔色ったらないじゃありませんか! どこをうろうろしていらっしゃいましたの? 本当に冗談じゃありませんよ、家内は死にかかっているのに、町じゅうどこをさがしてもわからないなんて。いったいどこにいらしたの? ひょっとまたわたしを捕まえに飛び廻っていらしたんじゃありませんか、逢びきをぶち毀そうと思って、――もっとも、わたしは自分でもだれと約束したのか知りませんけれどね。あなた、恥ずかしいじゃありませんか、なんて旦那様でしょう! 今に人からうしろ指さされるようになってよ」
「グラフィーラ!」とイヴァン・アンドレーイチは答えた。
 しかし、そのとき彼はすっかりどぎまぎしてしまって、ハンカチを取り出しにポケットへ手を突っ込み、会話を中断せざるを得ない羽目になった。なにぶん、話をつづけようにも、言葉はもとより、分別も、勇気も持ち合わせがなかったからである……ところが、ポケットの中からハンカチといっしょに、アミーシカの死骸が転がり落ちた時の、彼の驚きと恐怖はどんなであったか! イヴァン・アンドレーイチは寝台の下から這い出さねばならぬ羽目となって、絶望のあまり、わけのわからぬ恐怖の発作にかられて、アミーシカをポケットへ突っ込んだのに気がつかなかった。それは自分の犯跡をくらまし、証拠を湮滅して、当然うくべき罰をのがれようという、漠然たる希望のためでもあった。
「これなんですの?」と妻は叫んだ。「死んだ犬ころじゃありませんか! まあ! どこから持ってらしたの? これはあなたどうなすったの?……いったいどこへ行ってらしたの? さあ、すぐにいってちょうだい、どこへ行ってらしたのよう?」
「グラフィーラ!」とイヴァン・アンドレーイチは、アミーシカ以上に死相を表わしながら答えた。「グラフィーラ!………」
 しかし、われわれはここでわが主人公を、――この次の折まで見棄てることとしよう。なぜなら、これからぜんぜん特殊な、新しい事件が始まるからである。読者よ、またいつか運命のこうした追究や災厄を語り終える心づもりである。しかし、諸君もご異存ないことと思うが、嫉妬はゆるすべからざる感情であるのみならず、なおそのうえ不幸でさえあるのだ!………



底本:「ドストエーフスキイ全集2」河出書房新社
   1970(昭和45)年8月25日初版
入力:いとうおちゃ
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