京都アニメーション放火殺人事件(京都市伏見区放火殺人事件、2019年07月18日)の資料収集の会

(元・オウム真理教事件・資料収集および独立検証の会、できるかぎり同時進行)

MおよびS・東京地裁判決(要旨・1996年7月16日・山田利夫裁判長)

【M・S両被告に対する判決要旨から抜粋】
(量刑の理由)
 一 本件は、教団に所属していた被告人両名が教団幹部らと共謀の上サリン溶液約三十キログラムを生成して殺人の予備をした事案と、被告人Mが教団幹部らと共謀して覚醒剤二百二十グラム余りを製造した事案である。
 二1 まず、被告人両名の犯した殺人予備についてみると、教団ではかねてから代表者である松本智津夫の独自の教義に従って武装化を図り、その一環として、九三年春ころにサリン生成の研究を開始し、必要な薬品類や器具等を教団のダミー会社を通じて購入した上、周到な実験を重ねてサリン生成のノウハウを確立し、本件に至ったのであって、犯行の態様は計画的かつ組織的である。サリンは、生物の神経系を冒す化学兵器として開発された物質であり、大気中に一立方メートル当たり百ミリグラムも存在すれば一分間で半数の人が死亡するとされるほど殺傷能力の極めて高いものである。このようなサリンの大量におよぶ生成は、容易に無差別殺人を可能にし、この上なく危険である。このことは、九四年六月に松本市内で本件サリン溶液が噴霧され、無差別に多数の死傷者を出したという事実からも明らかである。こうした類を見ない計画性、危険性等に照らすと、本件殺人予備は国民の心胆を寒からしめる凶悪な犯行といわざるを得ない。
 2    (略)
 三1 ところで、被告人Mは、八七年に当時夫であった村井秀夫とともに教団に入信し、間もなく教団施設に居住する出家信者となり、九三年十月ころ松本から指示され、化学の分野に高度の専門的知識を有する土谷正実らの指導の下、ためらうことなく本件各犯行におよんでおり、その経緯に特に同情すべき点はない。いずれの犯行も違法性を十分認識しながら、教団の教義や松本らの指示に従うことのみを絶対視した上でのものであり、全く独善的で法を遵守しようとする態度の欠如が著しい。本件殺人予備においては、サリン生成に必要な工程のうち最終工程以外を担当してサリンの中間生成物を生成し、覚醒剤製造では、その最終工程を担当して覚醒剤を完成させたほか、他の信者が最終工程を実行する際にはそれらの者を指導するなどしている。このように被告人Mは、本件各犯行の不可欠で重要な部分に関与しており、その果たした役割は大きい。さらに、上九一色村の教団施設に対して捜査機関による強制捜査が実施されるとの情報が教団内に流れると、生成した本件サリン溶液等を犯行の発覚を免れるために処分したりしており、犯行後の情状も芳しくない。以上に加え、自己の犯行の重大さの自覚が必ずしも十分ではないことを考慮すると、被告人Mの刑事責任は相当に重い。
 他方、教団幹部に指示されるまま各犯行に関与したのであって、従属的な立場にあったこと、サリン生成や覚醒剤製造の核心的ノウハウの考案にはかかわっていないこと、本件各犯行の背景となった教団に脱会届を出していること、一応反省の態度を示していること前科前歴がないことなどの酌むべき事情も認められる。
 2 被告人Sは、八八年四月ころ、当時の恋人である中川智正に勧められて教団に入信し、八九年八月ころから教団施設で居住する出家信者になり、九三年十月ころ、中川から土谷の手伝いをするよう指示され、本件殺人予備に至ったものである。犯行に至る経緯に特段酌量すべき点は見当たらず、被告人Mについて述べたのと同様に、独善的で法律無視の態度が顕著である。本件殺人予備においては、サリン生成に必要な工程のうち最終工程以外を被告人Mとともに実際に担当し、果たした役割は大きい。そうすると、被告人Sの刑事責任を軽視することはできない。

 

底本:『オウム法廷1下』(1998年、降幡賢一朝日新聞社